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1話

 

 シルヴァリスの街を見下ろす丘の上に、ローレンス家の屋敷は威厳を放っていた。白亜の石壁に囲まれた邸宅は、まるで小さな城塞のようだ。馬車から降りたアルメンタとエリエは、衛兵に導かれ、広大な庭園を抜けて玄関ホールへ進む。

 エリエは落ち着いた足取りで、貴族の礼儀を思わせる優雅さで歩く。一方、アルメンタは小さな体で周囲をきょろきょろ見回し、白銀の髪を揺らしながら「わぁ、大きい…!」と呟く。エリエが「アルメンタ、はぐれないでね」と笑いながら手を握ると、アルメンタは少し頬を赤らめ、「う、うん」と頷いた。

 ホールでは、ローレンス家の当主、セルゲイ・ローレンスが待っていた。50代半ばの壮健な男性で、鋭い灰色の瞳と厳格な表情が印象的だ。黒い毛織のローブに身を包み、背筋を伸ばした姿は、帝都でも有数の権力者であることを物語る。傍らには、19歳の娘アリアが控えていた。

 黒髪を長く伸ばし、知的な美貌を持つアリアは、静かな微笑みを浮かべながら二人を迎えた。アルメンタの幼い容姿に一瞬驚いたようだが、すぐに柔らかな表情に戻る。

 

「ようこそ、アルメンタ様、エリエ様。遠路はるばるお越しいただき、感謝します。私はローレンス家の当主、セルゲイ。これが私の娘、アリアです」

 

 セルゲイの声は低く、威厳に満ちていた。

 エリエが一歩前に出て、優雅に一礼する。「お招きいただき光栄です、セルゲイ様。アリア様、はじめまして。私はエリエ、こちらはアルメンタ。冒険者として、貴家の依頼を全うする所存です」

 アルメンタはエリエの後ろから小さく頭を下げ

 

「あ、う、よろしく…お願いします」と呟く。

 人見知りが顔を覗かせ、セルゲイの眼光に少し縮こまる様子に、アリアがくすっと笑う。

 

「アルメンタさん、可愛らしいですね。よろしくね」

 と声をかけると、アルメンタは「うぅ、ありがと…」と顔を赤らめた。エリエが「ほら、アルメンタ、ちゃんと挨拶して」とからかうと、場に軽やかな笑いが広がり、ほのぼのとした空気が流れた。

 

「さ、打ち合わせを始めましょう。こちらへ」セルゲイは二人を応接室へ案内した。重厚な木製のテーブルを囲み、セルゲイとアリアが上座に、エリエとアルメンタが対面に座る。壁にはローレンス家の家紋が刻まれたタペストリーが掲げられ、窓からはシルヴァリスの街並みが一望できた。

 

 エリエが切り出す。

「セルゲイ様、早速ですが、依頼の詳細をお聞かせください。護衛対象はアリア様お一人でしょうか? それとも、セルゲイ様も含まれるのですか? また、想定される脅威についても、可能な限り詳しくお教えいただきたい」

 

 セルゲイは頷き、書類を広げながら話し始めた。

 

「護衛対象は、第一に私の娘、アリアです。彼女は来年、20歳の成人と同時にローレンス家の当主を継ぎます。この1年間は引き継ぎ期間として、帝都での外交や領内の視察など、重要な役割を担います。だが、最近、脅迫状が届いており、彼女の安全が脅かされている」

 

「脅迫状?」エリエが眉を寄せ、鋭い視線を向ける。アルメンタも小さな体を乗り出し、真剣な表情で耳を傾ける。

 

「はい。内容は、『アリアが当主になる前に排除する』というもの。差出人は不明だが、筆跡や紙の質から、帝都の貴族階級、あるいはそれに近い勢力の関与が疑われます」

 セルゲイの声には怒りが滲む。

 

「脅威の程度は、単なる脅迫に留まらない可能性があります。すでに、領内の視察中に不審な影が目撃されたり、馬車の部品が細工された痕跡が見つかったりしています。最悪、暗殺の危険もあります」

 

 アルメンタが小さく息を呑む。「暗殺…? そんな、ひどい…」その純粋な反応に、アリアが微笑み、「大丈夫、アルメンタさん。あなたたちがいてくれるから」と優しく言う。アルメンタは少し照れながら「う、うん、守るよ!」

 と頷く。エリエが

 

「ふふ、アルメンタ、気合い入ってるね」

 と笑い、場の緊張を和らげる。

 

「私自身の護衛は不要です」

 セルゲイが続ける。

「私は長年、帝都の政争を生き抜いてきた。この程度の脅威には慣れています。だが、アリアはまだ若く、経験が浅い。彼女を最優先で守ってほしい」

 

 エリエが頷き、書類に目を落とす。

 

「了解しました。アリア様の護衛が主目的ですね。脅威の具体例として、脅迫状や不審者の目撃以外に、具体的な襲撃や魔法攻撃の痕跡は?」

「今のところ、直接的な襲撃は起きていません。だが、領内の森で魔物が不自然に増えているという報告があり、誰かが意図的に操っている可能性も否定できません。また、帝都の貴族会合では、ライバル家の不穏な動きが噂されています。特に、クラウス家とヴェルナー家が、わが家の勢力拡大を快く思っていない」

「クラウス家とヴェルナー家…」

 エリエが呟き、頭の中で情報を整理する。

 

「政治的な敵対関係ですね。暗殺者が雇われる場合、どのような手口が予想されますか? 物理的な攻撃、毒、魔法?」

 

 セルゲイは一瞬考え込み、答えた。

 

「全ての可能性があります。クラウス家は暗殺に長けた傭兵を雇うことで知られ、ヴェルナー家は魔法使いを擁しています。毒や呪術も考えられる。危害の程度は、恐らく命を奪うことを躊躇わないでしょう。アリアを排除すれば、ローレンス家の継承が混乱し、彼らの影響力が増すからです」

 

 アルメンタが小さな拳を握り、「そんなの、許さない…!」と呟く。

 彼女の純粋な怒りに、アリアが「ありがとう、アルメンタ」と穏やかに微笑む。

 エリエは冷静に「敵の戦力規模や頻度については、どの程度の情報を? 単発の襲撃か、組織的な攻撃か」と追及する。

 

「現時点では単発的な動きが多いが、組織的な陰謀の可能性も高い。帝都の情報網から、複数の貴族が裏で手を組んでいる兆候があります。護衛期間は1年間、アリアが当主として完全に独立するまでです。その間、帝都への移動、領内視察、貴族会合への参加が主な任務となります」

 

 エリエが頷き、メモを取りながら提案する。

 

「では、警備計画を以下のように進めましょう。まず、アリア様の日常行動を把握し、移動ルートとスケジュールを事前に共有いただきます。帝都や領内視察では、アルメンタと私が常時帯同。戦闘が発生した場合、アルメンタが近接戦で敵を牽制し、私が魔法と槍で援護します」

 

 アルメンタが少し緊張した声で補足する。

 

「う、はい? 私の…クリスタル・ノブも、使えるよ。煙幕で隠れたり、爆弾で敵をやっつけたり…でも、なるべく使わないで済むように、頑張る」

 

 彼女の控えめな口調に、セルゲイが興味深そうに目を細める。

 

「クリスタル・ノブ? それはどのような?」

 

 エリエが代わりに説明する。

 

「アルメンタの特殊な魔法具です。爆発や煙幕を生成でき、戦闘での攪乱や一掃に有効です。ただし、彼女は近接戦闘を好むので、補助的に使うことが多いです。私自身の魔法は、攻撃と防御の両方に適しており、アリア様の安全を最優先にカバーします」

 

 セルゲイが頷き、「なるほど。冒険者ギルドから、あなた方の評判は聞いていました。14歳で魔法学園を首席卒業したエリエ殿と、幼いながらも類まれな戦闘力を持つアルメンタ殿。女性冒険者であることも、アリアの護衛に適していると考えました。彼女が男性に囲まれるのは、気分的にも負担でしょう」

 

「父さん、ちょっと…!」

 

 とアリアが顔を赤らめながら恥ずかしそうに言う。

 アルメンタが「え、そ、そうかな? アリアさん、優しいから、誰でも大丈夫そうだけど…」と純粋に呟くと、エリエが「アルメンタ、天然すぎますよ」と笑い、場が和む。

 エリエが話を戻す。

 

「具体的な警備体制として、以下の点を提案します。1つ、屋敷内外の巡回を強化し、不審者の侵入を防ぐ。2つ、移動時は事前にルートを複数用意し、敵の待ち伏せを回避。3つ、魔法探知の結界を私が設置し、呪術や感知魔法を牽制。4つ、緊急時にはアルメンタの爆発系の魔法で即座に敵を無力化。いかがでしょうか?」

 

 セルゲイは満足そうに頷く。

 

「非常に合理的だ。結界の設置には、わが家の魔法使いも協力させよう。報酬は、契約書に記載の通り、月額で金貨500枚、任務完了時に追加で1000枚。危険手当も別途支給する。異論は?」

 

 エリエが書類を確認し

「問題ありません。ただし、敵の規模や魔法攻撃の強度によっては、追加の装備や人員の支援を依頼する場合があります。その際は、事前に相談させていただきます」

「了解した。全てアリアの安全のためだ。遠慮なく申し出てくれ」

 セルゲイが力強く答える。

 

 

 打ち合わせの最後、セルゲイが契約書を差し出す。エリエが慎重に内容を確認し、ペンを手に署名する。アルメンタも小さな手でぎこちなく署名し、「これで、正式にアリアさんを守るんだね」と呟く。

 その純粋な言葉に、アリアが立ち上がり、「二人とも、ありがとう。本当に頼りにしてる」と手を握る。アルメンタは照れながら「う、うん、がんばるよ!」と答え、エリエが「任せてください、アリア様」と微笑む。

 

「さて、今日は長旅の後でしょう。部屋を用意させました。夕食まで休んでください」

 

 セルゲイが立ち上がり、執事に案内を指示する。

 部屋へ向かう途中、アリアがアルメンタに「ねえ、アルメンタさん、甘いもの好き? うちのシェフ、すごいケーキ作るのよ」と話しかける。アルメンタの目がキラキラ輝き、「ほ、ほんと? 食べたい!」と即答。

 エリエが「ほら、アルメンタ、またお腹空いた顔してる」とからかうと、アリアも笑い、ほのぼのとした空気が流れる。

 屋敷の廊下を歩きながら、エリエは内心で考える。脅迫、暗殺、貴族の陰謀…簡単な仕事じゃない。でも、アルメンタと一緒なら、どんな敵でも乗り越えられる。 アルメンタはアリアの手を握りながら、純粋な笑顔で「アリアさん、絶対守るからね」と呟く。

 その小さな背中に、エリエは姉のような誇らしさを感じた。

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