ひまわり畑で待ってる
僕のおばあちゃんの家の近くには夏になると一面に広がるひまわり畑がある。
その中心に、ぽつんと一本だけ、少し背の低いひまわりが咲いていた。
「この子、咲くのがちょっと遅かったんだって。でもね、いちばん長く咲いてるの。ちょっと、すごいよね」
そう言って笑ったのは、隣町から来たという女の子、千景だった。
僕がその夏、田舎のおばあちゃんの家に預けられたのは、両親の仕事の都合で一人になってしまったからだった。
慣れない静かな町。誰もいない縁側。友だちとも遊べない。
ひとりでゲームや動画を楽しんでいたが、ずっとそればかりでは飽きてしまった。
退屈を持て余していた僕は、ひとりで自転車を漕いで、あのひまわり畑にたどり着いた。
そして、そこで千景と出会った。
「毎日、ここに来てるの?」
「うん。家の近くじゃ、ひまわりなんて見られないから。ここ、好きなんだ」
にっこり笑った千景は太陽みたいに眩しかった。
千景は、いつも日焼け止めの香りと麦茶の匂いがした。
笑うと、ちょっとだけ前歯が出て、髪の毛は風に踊っていた。
僕らは言葉を交わしながら、少しずつ距離を縮めた。
宿題を持ち寄って、ひまわりの影で勉強した日。
アイスを半分こして、舌が紫色になって笑った日。
雨が降って、同じビニール傘にぎゅうぎゅうに入った日。
ゲーム機を持ってきたのに充電できてなくて、結局かくれんぼをして遊んだ日。
気づけば、彼女と過ごす時間が、僕の夏の全部になっていた。
でも、夏は永遠には続かない。
「ねえ、来週おばあちゃんの家から帰るの」
「……」
千景がそう言ったのは、曇った夕方のことだった。
「うち、引っ越すことになってね。おばあちゃんの家からすごい遠く。だから、ここに来られるの、たぶんこれが最後」
言葉が喉の奥でつかえた。
嫌だ。
行かないで。
もっと一緒にいたい。
もっと一緒に遊びたい。
もっと一緒に笑いたい。
言いたいことはたくさんあった。
だけど、何も言えなかった。
ただ、風に揺れるひまわりの音だけが、やけに耳に残った。
「……あのひまわり、見て。ほら、まだ咲いてるよ」
そう言って、千景は笑った。
「私、あの子みたいになれたらいいな。遅れてもいいから、ちゃんと咲いて、ちゃんと覚えていてもらえるような」
僕は泣かないように我慢しながら頷くことしか出来なかった。
千景が帰ったあとも、僕は毎日ひまわり畑に通った。
真ん中にぽつんと咲いていた、あの小さなひまわりの前で、彼女の残した言葉を思い出していた。
夏が終わる頃、そのひまわりも静かにうつむき始めた。
だけど僕の胸の中には、彼女の笑顔と声が、今もまだ咲き続けている。
きっと、千景もどこかであの夏を思い出してくれている。
僕の初恋は、ひまわりの花みたいに、そっとそこに咲いている。