公共の福祉
〈精神の瓦礫を生きよ敗戰祭 涙次〉
作者より:このお話には、下敷きとなつてゐるエピソオドがあります。当該シリーズ第15話、がそれです。必ず、そちらお讀みになつてから、当エピソオドにお進み下さい。
【ⅰ】
比良賀杜司は、田咲光流に愛猫チャムを預けてゐた。彼は身寄りのない人向けのグループホームに入つてゐて、そこでは猫は飼へない。每週末、會ひに行く約束をして、光流の家で飼つて貰つてゐた。フリースクールでは二人は特に仲良しつて事はなかつたけれど、大事にしてくれさうな家と云つたら、田咲家しかなかつた。それで、二人は親友となつたのである。
【ⅱ】
土曜日、杜司は田咲の家で、チャムを抱き上げ、「チャム、チャム、元氣にしてた? おうちの人に迷惑掛けなかつた?」と頬擦りする。その模様を光流ばかりでなく、光流の父・志彦、母・節は微笑ましげに見てゐた。その儘、日曜日まで田咲家に泊り、まるで光流の他にもう一人息子が出來たやうだ、と、父母、喜んでゐた。その際、かつて非行少年すれすれのところまで墜ちてゐた杜司の前歴など、彼らは忘れてゐた。
【ⅲ】
日曜夜、決まつてお別れの時が來る。光流とは學校で會ふけれど、チャムには會へない。學校からグループホーム直帰は、決まり事だつたからだ。光流とバイバイする時に、必ず「チャムを宜しくね」と頼む杜司には、かつての淋しげで仄暗いイメージはなかつた。
で、每晩見る夢には、チャムが出て來る。そこではチャムは、人の言葉で話す。「杜司、杜司、今日は學校で何を勉強したの? 給食は何だつた?」‐以前見たカンテラ事務所の猫ちやん、テオちやんつて云つたつけ? 彼みたいにチャムが、人語を理解し、話すのが、どれ程杜司にとつて慰めとなるだらう... だが、或る晩、チャムはかう云つた。「いゝ子にしてゐるのは何故? あのコンビニに復讐しなくちや」‐「チャムが云ふなら、また万引きしてやらうかな?」
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〈襟汚れハンガー錆びてたんだろと云へる貴方は患者卒業 平手みき〉
【ⅳ】
だが、週末田咲家で見るチャムは、以前の通り普通の猫で、人間の言葉で話し掛けたりしない。そのギャップが、「夢は夢」と杜司を落胆させるのだつた。結局、出入り禁止になつてゐるコンビニ、杜司は怖氣づいた譯ではなかつたけれど、近くに行くだけで、敷地内には、彼は入らなかつた。
さうすると夢で、「僕がお願ひしても駄目かい? コンビニに復讐するんだ、杜司!」と云ふチャム。これは可笑しい。と杜司は氣付く。
さうだ、カンテラさんに相談してみやう! 杜司は、週末のチャムとの逢瀬は休み、カンテラ事務所に行つた。
【ⅴ】
「相談室」で話を聞いたカンテラ、「事の次第は分かつたよ。だうやら【魔】の仕業らしい」。カンテラは、じろさんに事に当たつて貰ふ事にした。じろさんには、どこか嚴父、教育者の面影がある。* あの平凡の一件、「自由學園」でじろさんがぶつた演説は堂々たるものだつた。
すると、ぴゆうちやんが「相談室」のドアをノックした。「僕ガ案内スルヨ」‐ぴゆうちやんは、每夜杜司が見る夢を、テレパシーでキャッチしてゐたのだ。ぴゆうちやんには、魔界に当てがあるらしい。で、じろさん、ぴゆうちやん連れ立つて、魔界を探索する事になつた。ぴゆうちやん、** 自慢のヴェスト、悦美に編んで貰つたチョッキを脱いで、じろさんを先導した。
* 前シリーズ第173話參照。
** 当該シリーズ第33話參照。
【ⅵ】
じろさんとぴゆうちやんは魔界へ通ずる、「思念上」のトンネルを下つた。魔界にて:「ア、アイツダヨ」とぴゆうちやんが指差したのは、「出鱈目放送局」の「出鱈目ディスクジョッキー」。怪情報を、人間界で見られる夢に挿入して、人間を誤つた方向へと向かはせる、そんな危険な【魔】だ。
【ⅶ】
じろさん、「貴様か? 杜司と云ふ一人の少年の今後を破滅へと差し向けてゐるのは」。「こ、此井!」‐「俺の事知つてゐる... だうせ惡事に役立てる為に、だろ?」。じろさん、「出鱈目ディスクジョッキー」の襟首を摑んで、投げ飛ばし、足の拇で急處を突いた。「出鱈目ディスクジョッキー」は命果てた。
【ⅷ】
それつきり、チャムが夢で人の言葉を語る事はなくなつた。杜司、少し淋しかつたけれど、現實のチャムの方が、よつぽど可愛い。と思ひ直した。
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〈初めての愛も蟲鳴きやそれまでよ 涙次〉
特に手持ちのカネのない杜司。しかし、依頼料は田咲志彦が支払つた。彼は、福祉作業所の所長を勤めてゐる。福祉の手の届かぬところを、カンテラ一味が解決してくれたのを、幾分恩に着てゐたし、杜司に非行を思ひ留まらせた事、大いに買つてゐた譯。
と、云ふ事で、杜司とチャム、いつまでも仲良く!! と作者、願ふ譯です。はい。ぢやまた。