しにがみの、おしごと
「…ん?」
エスが感じたのは僅かな異変。
人の気配…それも沢山…
「…?」
エトが少し心配そうな顔でこちらを見上げている。
「…ぁぁ、いや、怒ってるわけじゃないぞ」
「よかった」
そんな厳しそうな顔してたかな…
とにかくこの気配は人間の気配だ。
植物園とは違う方向になるが、
もしかしたら、と言う事もある。
エスはハンドルを切って、
違和感のある気配のある場所へと
進路を変えて、行ってみる事にした。
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「エトは一応、車に居てくれ」
「なんで…置いてかないで…?」
「大丈夫だ。様子だけ見たらすぐ戻る」
心配そうなエトを車に残して、
エスは目的地の建物を見上げる。
少し形は違うが、
この前に寄ったショッピングモールのような
複合商業施設に見える。
ここに来るまでの道中、
かなり大量の車輌の残骸があった。
(やっぱりだ…この気配、【生きてない】な。)
苦痛、怨嗟…あるいは祈り。
この場所にはそれらの思念が渦巻いている。
それも夥しい程の人数だ。
正直、エトにどんな影響があるか分からない。
でも置いていくのもどうにも気が引ける。
「…はぁ、でも放っておく訳にもいかねぇからな…」
二重の意味でそう呟くと、
エスは踵を返して車へと戻った。
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「これ、全部ねるところ?」
「…そうだな」
エスは内部に足を踏み入れて、
思わず険しい顔になる。
…野戦病院。
エントランスから始まり、
見渡す限り奥までずっと。
簡易ベッドや寝台が大量に敷き詰められている。
すえたような異臭が鼻につき、
点滴やチューブ、薬の容器、
そしてその他の医療機器が足の踏み場もないほど
辺りを埋め尽くしていた。
「エス…ここ、怖い」
「…車にいるか?」
エトはふるふると頭を振る。
「良いかエト。無理はするなよ。…これから俺は死神としての仕事をするから、急に帰りたいって言われても車に戻してやる事が出来ないからな」
「…うん、分かった」
外の街の建物を見た限りでは、
砲撃や銃撃戦のような跡はあんまり無かった。
と言う事はつまり、
感染性の死病が流行って、
やむを得ず大量の患者をここに収容したのだろう。
見る限り、かなりの量の人骨がある。
どこかから日が差しているのだろうか、
まるで供えるように、どの遺体も
頭部から花が生えていた。
(妙だな。気のせいか…?)
エトは震えながらエスにしがみついている。
彼女の目には、この光景がどう映っているのか。
遺体の乗った寝台を慎重に避けながら、
この空間を探索する。
…保存状態がどの遺体も良いな。
こう言う場合、誰かがやってきて
金目の物が無いか家探しに入るのが一般的で、
だとするならもう少し荒れていても
おかしくは無いのだが…
これでは、つい先日放棄されたばかりのような。
「地下は工事中…な訳ないよな」
工事中の看板を避けて階段を降りていく。
「……沢山いるよ」
「…やっぱりか」
フラッシュライトで照らすと、
地下は乱雑に掘られ拡張された
死体安置所になっていた。
もはや数えたくない量のボロボロの死体袋からは
同じく植物が巻き付いたような遺体が
数多くはみ出している。
「…エト」
「はい」
「足の踏み場を作る。手伝えるか?」
「…頑張る」
「無理ならそこで見てろ。無茶する事はない」
死神は精神生命体という特異な存在のため、
感覚を任意に研ぎ澄ませたり鈍らせたり出来る。
…しかし普通の生命体であるエトには
この異臭と大量に押し寄せてくるハエ、
漂う濃厚な死の気配に晒されるのは
とてもキツイだろうな。
こういう風に死体を動かして整える作業は
第二次聖戦の終戦後に活動してた時以来か。
「エト、ちゃんと丁寧に運んでくれ。その人も俺達と同じ、ちゃんと生きていたヒトだから」
「う、うん」
「良い子だ。疲れてきたら言えよ」
それにしてもエトは飲み込みが早いな。
運搬方法を一通り教えてやって、
後は細かい指示だけ飛ばせば
何でもそつなくこなす事が出来る。
日が沈み始めた頃、
ようやく乱雑に積み重ねられた遺体達は
整然と並べられ、
一階部分に安置されていた遺体達の移動も終わる。
「…お疲れ様、エト。続きは明日やろう」
「うん」
車に戻り、貯水タンクの水で手を洗う。
(…せめて使える水道があれば、風呂に入れてやれるんだけどな…)
少し汚れてしまったエトを見てエスは思う。
(いや、日和ってるなよ俺。ちゃんと面倒見てやらないとどんな病気になるかわからねぇ)
エスの視線に気づいたエトは、
こちらを見上げて首を傾げる。
「よし、エト」
「はい」
「体もきれいにするぞ」
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それから数時間後、
建物前に焚いた焚き火の前では疲労困憊のエスが
燃料をつついていた。
「つやつや!つるつる!ぴかぴか!ねぇ!エス!」
「…そりゃあ良かったな」
素面だったぶん理性がさよならバイバイする事は
無かったが、
それでも身体をドライシャンプー類を使って
綺麗に清拭してやるのは色々と大変だった。
…出来る事なら次からは全部自分でやって欲しいのだが
それを伝えると、
「でもエト、これきれいにつけるのできないよ」
と着替えの事についてそう言われてしまった。
「着替え…そんなに覚えられないか?複雑なことか?」
「うん」
いや、装飾多めのドレスは
俺が作った物だ。確かに着づらいかもしれない。
だからと言って最初に身につけていたような
ワンピース一枚にすると…
色々と自分の美学に反すると言うか、
他にもし同業者や生存者に会った時に
そんな格好のエトを見せる訳にはいかないと言うか。
仕方ない。せめて身体を泡で拭くのだけは
自分でやってもらおう。
覚えの良いエトの事だ。
ちゃんと出来るはずだ。
出来る…はずだよな…?
え、ちょっと待て。
着替えも教えているはずだ。毎回。
エトの覚えならちゃんと着るための順序ぐらい
ちゃんと頭に入ってるはずじゃないか…?
…何で毎回俺に着せさせるんだ?
「エスー、食事ー」
「あぁはいはい、ちょっと待ってろ」
エスはそれ以上考えるのをやめた。




