女の道
石舟斎の山荘へ戻る道すがら、お通は沢庵にいろいろと問い詰められ、その間、彼女は自分のこれまでの歩みや今回の旅路のことを、彼に対しては隠し立てなく、すべてを話し、相談したであろうことは想像に難くない。
「む……む……」
沢庵は、妹の泣き言を聞くような態度で、面倒な顔もせずに何度も頷きながら言った。
「なるほど、女というものは、男にはできない生涯を選ぶものだな。――それで、お通さんが今考えているのは、これからどちらの道を進むか、岐路の相談か?」
「いいえ……」
「じゃあ、何を?」
「もう、迷っているわけではありません」
お通はうつむいたままだったが、その力のない横顔には深い陰が漂っていた。それでも、その言葉には強い意志が宿っていた。沢庵は驚き、彼女を見直した。
「諦めるべきか、それとも進むべきか――そんな迷いをしているなら、私は七宝寺から出てなど参りません。もう道は決まっています。ただ、それが武蔵様のためにならないのであれば、私は自分をどうにかしなければならないのです」
「どうにかするって……?」
「今はまだ言えません」
「お通さん、気をつけな」
「何をですか?」
「お前の黒髪を引っ張っているよ、この明るい陽の下で、死神が」
「私には、何も感じません」
「そうだろうな、死神が味方しているんじゃもの。――けれど、死ぬほど愚かではないよ。それも片想いでな。ハハハハハ」
まるで他人事のように聞き流され、お通は腹立たしく思った。恋を知らぬ者に、この気持ちが分かるわけがない。沢庵の説く禅が人生の真理だというなら、恋の中にも必死な人生がある。女性にとって、これは命懸けの大事なのだ。
(――もう話さない)
そう決めたお通は黙り込んだ。しかし、沢庵も急に真面目な顔になって言った。
「お通さん、なぜお前は男に生まれなかったんだ? これほど強い意志があるなら、一国のために役立つ人物になれたかもしれないのに」
「こんな女があってはいけないんですか? これが武蔵様の不幸になるんですか?」
「そうひがむな、そう言ったわけではない。――だが、武蔵はお前がどれほど愛しても、結局逃げてしまうんじゃないか? 追っても、掴まえることはできまい」
「面白がってこんな苦しみをしているのではありません」
「少し見ないうちに、お前も世間並みの女の理屈を言うようになったの」
「でも……もういいです。沢庵さんのような名僧には、女の気持ちなんて分かりませんから」
「そうかもしれないな、わしも女の気持ちは苦手でね、返事に困る」
お通はふっと立ち去ろうとし、足を向けた。
「――城太さん、行きましょう」
そう言い残し、彼女は城太郎を連れて、沢庵を置き去りにして別の道へ歩き出した。
沢庵は立ち止まり、眉を動かして少し嘆くような表情を浮かべたが、どうにもならないことだと悟ったらしく、問いかけた。
「お通さん、じゃあもう石舟斎様にお別れもせず、自分の行きたい道を進むつもりか?」
「ええ。お別れは、ここから心の中でいたします。そもそも、あの草庵に長くお世話になるつもりはありませんでしたから」
「考え直す気はないのか?」
「どのようにですか?」
「美作の七宝寺も良かったが、この柳生の地も悪くない。平和で純朴な場所だ。お通さんのような美しい女性は、血生臭い世俗の世界に出ることなく、この山河にそっと住むべきだと思う。まるで、そこらで鳴いている鶯のようにね」
「ホホホ、ありがとうございます、沢庵さん」
「だめだな……」
沢庵は溜息をついた。自分の言葉では、盲目的に思いのまま進もうとするこの青春の乙女を止める力はないことを悟った。
「だが、お通さん、その道は無明の道だぞ」
「無明……」
「おまえも寺で育ったのだから、無明煩悩という言葉の意味はわかるだろう? その道がどれほど果てのない苦しみで、救いがたいものか、知っているだろう」
「でも、私には、生まれながらに有明の道はなかったんです」
「いや、ある!」
沢庵は、一縷の望みにかけて情熱を込め、お通に寄り添い、その手を取った。
「わしが石舟斎様にお願いしよう。おまえの身の振り方、生涯の安定を――この小柳生城に留まって、良い夫を見つけ、良い子を産んで、女性としての役割を果たしてくれれば、それだけでこの土地も強くなるし、お前もどれほど幸福か知れない」
「沢庵さんのご親切はわかりますが……」
「そうしなさい」
思わず手を引っ張ると、城太郎にも向かって言った。
「小僧、お前も来い」
城太郎は首を振って言った。
「いやだ。お師匠様の後を追いかけて行くんだ」
「行くにしても、一度、山荘に戻って、石舟斎様にご挨拶してからにしなさい」
「そうだな、御城の中に大事な仮面を置いてきたんだ。あれを取りに行かないと」
城太郎は駆け出した。その足元には、有明も無明も存在しないようだった。
しかし、お通は二つの岐路の前に立ったまま動けずにいた。沢庵が彼女に昔の友人のように、親切に女性の幸せと、進もうとしている道の危険を説いていたが、彼女の心を動かすには足りなかった。
「見つけた! 見つけた!」
城太郎は仮面を被り、山荘の坂道を駆け降りてきた。沢庵はその仮面を見て、ふと恐れおののいた。――それは、彼方の無明の先で、お通がいつか出会うことになるかもしれない姿を、今見せられたかのように感じた。
「では、沢庵さま」
お通は一歩後ずさった。城太郎は彼女の袂にすがりつき、
「さあ、行こう。早く行こう」
沢庵は昼の空に視線をあげ、己の無力さを嘆くように言った。
「やれやれ……釈尊も女人は救いがたいと言ったものだが」
「さようなら。石舟斎様には、ここから心でお別れします。沢庵さんも……どうかお伝えください」
「はあ、坊主というのも馬鹿に見えてくるな……どこへ行っても、地獄行きの落人にばかり出会う。……お通さん、もし六道三途で溺れそうになったら、いつでもわしの名を呼ぶのだぞ。沢庵を思い出して呼ぶんだ。……さあ、行けるところまで行ってみなさい」




