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現代語訳 宮本武蔵  作者: AI Gen Lab
水の巻
25/165

芍薬の使者

 まるで鶴のような風貌を持つ老人がいた。その人は、もう80歳を迎えようとしていたが、年齢とともに積み重なった品格と風格が漂い、まさに高潔な人物だった。歯もまだ健全で、目もよく見えている。彼はしばしば自慢げにこう言う。


「わしは百歳まで生きるつもりだ」


 その理由は、柳生家が代々長寿の家系であるという信念からだ。


「柳生家の者は、戦場で命を落とした者を除けば、畳の上で50や60で死ぬ者などいない。皆、70代や80代まで長生きするのが普通じゃ」


 そんな風に、この老人――柳生石舟斎せきしゅうさいは信じていた。たとえ遺伝的な要因がなかったとしても、彼のように慎重で穏やかな生活を心がければ、百歳まで生きることは当たり前のように思えるほどだ。


 彼は、享禄、天文、弘治、永禄、元亀、天正、文禄、慶長といった乱世を生き抜いてきた。特に、彼が47歳になるまでの壮年期は、三好党の乱、足利家の没落、松永久秀や織田信長の興亡といった大きな歴史の波に翻弄されながらも、弓矢を手放す暇もなく、戦いの日々だった。しかし、彼はよく生き延びたと語る。


「不思議と、わしは死ななかった」


 47歳を過ぎた頃から、彼は何を思ったのか、突然弓矢を手放し、どんな誘いにも乗らなくなった。足利将軍・義昭よしあきが彼を誘い、信長が頻繁に彼を招いたとしても、また豊臣秀吉がその覇権を広げたときも、彼は京都や大坂のすぐ近くにいながらも、それらを完全に無視し続けた。


「わしは耳が聞こえぬ、口もきけぬ者だ」


 まるでそう言いたげに、彼は世間から自らを隠し、この柳生谷の3,000石の土地をひたすら守り続けた。


 後に彼はこう語った。


「この小さな城を、激しい治乱興亡の時代に無傷で守り抜けたのは、戦国時代の奇跡じゃ」


 本当にそうだった。彼の達見に、多くの人々が感服した。足利義昭に従っていれば信長に討たれ、信長に従っていれば秀吉との関係がどうなったかは不明だ。さらに、秀吉に恩顧を受けていれば、後の関ヶ原の戦いで徳川家康に討たれていただろう。


 こうした厳しい時代を生き抜くためには、誇りや節操を捨て、時には味方を裏切り、家族や友人にすら手をかけるような無慈悲な強さが必要だったが、石舟斎はそれができなかった。


「わしには、それはできん」


 彼の言葉には、深い誠実さがあった。


 彼の居間には一首の和歌が掛けられていた。


 世をわたるわざのなきゆゑ

 兵法を隠れ家とのみ

 たのむ身なれや

 つまり、世渡りの術もない自分は、ただ兵法を隠れ家と頼んで生きるしかない、という意味だ。


 そんな隠遁的な生活を送っていた彼だったが、徳川家康が厚意をもって招くと、彼はついに道場から出て京都の鷹ヶ峰にある家康の陣屋に赴いた。


 そのとき、彼が連れて行ったのは五男の宗矩むねのりと、孫の利厳としとしだった。宗矩は24歳、利厳はまだ前髪を結った16歳の少年だった。


 家康に謁した際、石舟斎は旧領3,000石の安堵を受け、「徳川家の兵法師範として仕えるように」と言われた。しかし彼は、


「どうか、この息子の宗矩をお使いください」


 と宗矩を推薦し、自分は再び柳生谷の隠れ家へと退いた。以後、宗矩は将軍家の指南役として江戸へ出ることになり、石舟斎が授けたのは単なる剣術の技ではなく、より高尚な「世を治める兵法」であった。



 石舟斎が説く「世を治める兵法」は、同時に「自身を磨く兵法」でもあった。彼は常々、この考えを「すべては師の恩徳のおかげ」として、上泉伊勢守信綱かみいずみいせのかみのぶつなの教えを絶対に忘れなかった。彼は口癖のようにこう言う。


「伊勢殿こそ柳生家の守り神ぞや」


 石舟斎の居間には、伊勢守から授かった新陰流の印可状と、四巻の古目録ふるもくろくが大切に保管されており、師の命日には膳を供え、その徳を祀っていた。この四巻の古目録、別名「絵目録」と呼ばれ、伊勢守が自らの手で、新陰流の秘剣を絵と文章で記したものである。時折、石舟斎はその目録を広げ、師を偲ぶこともあった。


「絵もまた見事なものじゃ」


 彼はその絵に毎回驚かされる。天文時代の風俗をまとった人物たちが、颯爽と白刃を交える姿は、まるで目の前で繰り広げられているように生々しく、見ていると山荘の軒先に霧が立ちこめてくるような感覚に陥る。


 上泉伊勢守がこの小柳生城を訪れたのは、石舟斎がまだ兵馬に野心を抱いていた37歳か38歳の頃だった。当時、伊勢守は甥の疋田文五郎ひきだぶんごろうや弟子の鈴木意伯いはくと共に諸国を巡り、兵法家を訪ねていた。ある時、伊勢の太夫である北畠具教きたばたけとものりの紹介で、宝蔵院に訪問し、そこで宝蔵院の覚禅房胤栄いんえいが小柳生城に出入りしていた縁から、石舟斎――当時はまだ柳生宗厳むねよし――にその話が伝わった。


 この出会いが、二人の試合のきっかけとなった。


 最初の試合の日、上泉伊勢守は「ここを打つ」と明言し、その通りに打ち込んだ。翌日も同じく、宗厳は敗北した。3日目、宗厳は自尊心を刺激され、工夫を凝らして体勢を変えて挑んだが、伊勢守は「それではこう取る」と言い、またもや太刀を当てた。


 宗厳はその時、自己の執着心を捨て、「初めて兵法の真髄を見た」と悟った。そして半年間、強く願い伊勢守を小柳生城に留め、一心にその教えを学び続けた。


 別れ際、伊勢守はこう言った。


「私の兵法など、まだ未完成なものです。あなたは若い、私の未完成を完成させてみなさい」


 さらに、彼は一つの公案こうあん――「無刀の太刀如何いかん?」という難題を宗厳に与えて去った。それから数年間、宗厳はこの無刀の理法について考え続け、寝食を忘れて研鑽を重ねた。


 再び伊勢守が訪れた時、宗厳の顔は輝いていた。彼が試合を申し込むと、伊勢守は一目でこう言った。


「もうあなたと太刀打ちは無駄だ。あなたは真理を掴んだ」


 そう言って、印可状と四巻の絵目録を授け、去っていった。ここに柳生流は誕生し、また石舟斎宗厳の隠遁生活も、この兵法から生まれた一つの処世術であったのだ。



 石舟斎が今暮らしている山荘は、もちろん小柳生城の敷地内にあるものの、戦国時代の砦のような頑丈な建物は、彼の心境にはそぐわない。そこで、彼は別に草庵を建て、その草庵を自分の隠れ家とし、山中での静かな暮らしを楽しんでいた。


「お通、どうじゃ? わしが挿けた芍薬は生きておろう?」


 彼は伊賀の壺に一輪の芍薬を挿し、その出来栄えにうっとりと見惚れていた。


「ほんとうに……」

 お通は、彼の背後からその花を見つめていた。


「大殿様は、相当茶道や花を習われていたのでしょうか?」

「冗談を申すな。わしは公卿くげでもないし、挿花や香道を正式に学んだことなどないわ。」

「でも、本当にそう見えますもの。」


「何、挿花も剣道の一環じゃよ。」

「え? 剣道で花を挿けるなんて、そんなことができるのですか?」

「できるとも。花を挿けるにも、気が大事なのじゃ。指で強引に曲げたり、花の首を縛るようなことはせん。野に咲くままの姿を保ち、気を込めて水に投げ入れる。それでこうやって、花は生きているのだ。」


 石舟斎のそばで暮らすようになってから、お通はさまざまなことを教えられていると感じていた。道ばたで知り合った縁で、柳生家の用人である庄田喜左衛門に紹介され、大殿に笛の一曲を披露することになったのがきっかけだった。


 その笛の音が石舟斎の心に深く響いたのか、あるいは彼の山荘にお通のような若い女性の柔らかさが必要だと思ったのか、何度か「お暇を頂きます」と申し出ても、石舟斎は、


「もう少しおれ」とか、「わしが茶を教えてやろう」などと言い、手放そうとしなかった。さらには、「和歌をやってみるか? わしにも少し古今調を教えてくれ。万葉集も良いが、この草庵の主としては、やはり『山家集』のような静かなものがしっくりくる」などと言って、お通を気に入っていた。


 お通もまた、大殿のために心を込めた小物を作り、細やかなお世話をしていた。彼がかぶる頭巾を縫ってプレゼントすると、石舟斎はとても喜び、


「ほう、これはよい」と頭巾をかぶり、お通をとても可愛がった。


 月夜には、お通の笛の音が山荘から小柳生城の表門まで響き渡り、庄田喜左衛門もその様子を聞きながら「大殿様はずいぶんとお気に召しておられる」と嬉しそうに思っていた。


 今、その庄田喜左衛門が、城下から帰ってきたところである。古い砦の林を抜け、静かな山荘にそっと近づくと、お通に声をかけた。


「お通殿。」

「はい。」

「ちょっと大殿様にお取次ぎを。庄田喜左衛門、ただ今お使いから戻りました、と。」



「ホホホ、庄田様、それはおかしな話ですわね」とお通は笑った。


「なぜだ?」と庄田喜左衛門が不思議そうに尋ねた。


「私は外から来たただの笛吹きの女で、庄田様は柳生家のご用人様でしょう?」


「なるほどな」喜左衛門も納得し、笑いながら「だが、ここは大殿様のお住まいだ。お前は特別な扱いじゃ。だから、とにかくお取次ぎを頼む」と言った。


「はい、すぐに」とお通は奥へ向かい、すぐ戻ってきて「どうぞ」と喜左衛門を迎え入れた。


 石舟斎はお通が縫った頭巾をかぶり、茶室で静かに座っていた。


「戻ったか」と石舟斎が尋ねた。


「はい、仰せの通りにして参りました。丁重にお言葉を伝え、お表からお菓子を持参いたしました」と庄田は報告した。


「もう帰ったのか?」


「いえ、戻ったところすぐに、旅籠はたごの綿屋から書面を持たせてよこしまして。彼らはどうしても小柳生城の道場を拝見したいと強く願っておりまして、明日ぜひお伺いしたいと言っております。また、石舟斎様にも直接ご挨拶したいとのことです。」


「小せがれめ」と、石舟斎は舌打ちし、不機嫌そうな顔をした。「うるさいのう。」


宗矩むねのりは江戸、利厳としとしは熊本、他の者も不在としっかり伝えたのか?」と念を押す。


「はい、しっかりと申しました。」


「こちらから丁寧に断りの使者を送ったにもかかわらず、強引に訪ねて来るとは、嫌な奴だ」と、石舟斎は眉をひそめる。


「なんとも……」


「噂通り、吉岡のせがれはあまり出来が良くないようだな」と石舟斎は続けた。


「綿屋で会いましたが、その伝七郎でんしちろうという者、人品がどうにも芳しくございません。」


「やはりか。吉岡家の先代、つまり彼の父親は相当な人物だったが、息子たちはどうにもならんようだな。先代とは、伊勢殿ともに二、三度会い、酒も酌み交わしたことがある。だが、近頃は家が零落れいらくしたと聞く。その息子ごときに柳生家が試合を挑まれても、相手にしても意味がないだろう。」


「伝七郎は自信満々の様子です。来る気満々なので、私が代わりにあしらいましょうか?」


「いや、やめておけ。名家の子というものは、自尊心が強く、ひがみやすい。叩き返したら、ろくな噂を広めないだろう。わしは気にせんが、宗矩や利厳のためにも良くない。」


「では、どういたしましょうか?」


「やはり、柔らかくあしらって帰すに限る。男どもが使者だと角が立つ……」


 石舟斎はお通の方を振り返り、にやりと笑った。「使いに行くのは、そなたがいい。女が相手なら、問題なく丸く収まるじゃろう。」


「はい、行って参ります」とお通は即答した。


「いや、すぐにではなく、明朝でよい。これを持って行きなさい」と、石舟斎はさらさらと手紙を書き、先ほど壺に挿けた芍薬しゃくやくの残りの一枝に手紙を結びつけた。


「これを持って、石舟斎が少し風邪気味のため、代わりに私が参りましたと伝え、小せがれの挨拶を受けてきなさい。」



 翌朝、石舟斎からの使いの言葉を受け、お通は「それでは、行って参ります」と言い、被衣かずぎを身にまとって山荘を出発した。


 外曲輪そとぐるわうまやを覗き込んで、「あの……お馬を一頭お借りして参ります」と頼むと、厩方うまやかたの小者が掃除をしながら振り返って言った。「おや、お通さん。どちらまで?」


「お城下の綿屋という旅籠はたごまで、大殿のお使いで参ります。」


「では、お供いたしましょうか?」


「それには及びませぬ。」お通は微笑みながら答えた。「馬は好きです。田舎にいた頃から、野馬にも慣れていますから。」


 お通の被衣は、褪紅色たいこうしょくで、彼女が馬に乗る姿はとても自然だった。被衣は都会では既に廃れた服装だったが、地方ではまだ人気があり、特に土豪や中流の女性たちの間で好まれていた。


 白芍薬しろしゃくやくの一枝には、石舟斎の手紙が結びつけられていた。お通は片手で軽やかに手綱をさばきながら、その枝をしっかりと握っていた。


 道中、畑仕事をしていた人々が彼女の姿を見て、「お通様が通る」と口々に囁き合った。


 お通の名がこれほど早く畑の人々にも広まったのは、彼女が石舟斎と親しいことが影響していた。石舟斎と領民たちは、単なる主従関係に留まらず、深い信頼と親しみを持っていたのだ。石舟斎に仕える彼女が、自然と人々から尊敬を集めていたのは、その証でもあった。


 半里ほど進んだところで、お通は馬の上から農家の女房に声をかけた。「綿屋という旅籠はどちらですか?」


 子供を背負いながら鍋を洗っていた女房はすぐに答えた。「綿屋へ行かれるのですか? 私がご案内いたします。」


 お通は恐縮しつつも、「お口で教えてくださるだけで大丈夫ですのに」と言ったが、女房は「すぐそこだがな」と笑顔で案内を続けた。


 その「すぐそこ」は十町じっちょうほどの距離だった。


「ここだよ、綿屋さんは」と女房が示した家を見て、お通は「ありがとう」と礼を言い、馬を軒先の木につなげた。


 すると、小茶こちゃちゃんが店から出てきて、「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」と聞いた。


「いいえ、こちらに泊まっている吉岡伝七郎様にお会いしに来ました。石舟斎様の使者です。」


 小茶ちゃんは驚いた様子で駆け込み、やがて戻ってきて、「どうぞ、お上がりください」と丁寧に案内した。


 ちょうどその時、宿を発とうとしていた旅人たちが草鞋わらじを履きながら騒々しくしており、彼女の姿を見て「どこの家の人だ?」とか「誰のお客だ?」と囁き合った。お通の美しさと気品に、旅人たちは感心していた。


 昨夜遅くまで酒を飲んでいた吉岡伝七郎とその連れたちは、小柳生城からの使者と聞いて、あの熊のような髭を持つ男がまた来たかと思っていた。だが、思いがけず美しい女性が現れ、しかもその手には白芍薬の枝が添えられていた。


「や、これは……こんな取り散らかった所へ来られてしまい、恐縮でございます。」伝七郎は顔を赤らめ、部屋の散らかりように気を使い始め、自分たちの乱れた服装や膝を急いで整えた。


「どうぞ、こちらへ、こちらへ」と、彼はお通を招き入れた。



小柳生やぎゅうの大殿からのお使いで参りました」とお通は言いながら、芍薬しゃくやくの一枝を吉岡伝七郎の前に差し出した。「こちらをお開きくださいませ。」


「ほう……これは。」

 伝七郎は紙を解いて、中を確認した。手紙は一尺(約30cm)にも満たない短いもので、さらさらと淡い墨で書かれていた。


 手紙の内容はこうだった:


 御会釈、度々、痛み入り候。老生、あいにく先頃より風邪気味、年寄りの水鼻よりは、清純一枝の芍薬こそ、諸君子の旅情を慰め申すに足るべく、被存ぜられ候まま、花に花持たせて、お詫びに使わし候。 老い籠りの身は世の外に深く沈みて、顔浮かび出すも、もの憂うや。御愍笑ごびんしょう御愍笑。

 石舟斎 伝七郎どの ほか諸大雅へ


「ふむ……」

 伝七郎は鼻を鳴らし、手紙を巻き戻しながら言った。「これだけか?」


「それから――大殿のお言葉を申し上げます。せめて粗茶の一服でも差し上げたいのですが、家中の者は皆、武骨者ばかりでして、心を利かせられる者はおりませぬ。折悪く、子息宗矩むねのりも江戸表へ出府しており、粗略あっては都の方々に笑われることにもなりましょうから、いずれまたの機会にお越しくださいませ、と。」


「ははあ……」

 伝七郎は不審そうな顔をして、少し苛立ちながら言った。「どうやら、石舟斎殿は、我々が茶事のお手前でも所望したように思われているようだが、我々は武門の者であり、茶事などは理解しておらぬ。望んだのは、石舟斎殿の健在を確認し、ついでに御指南を賜ろうと思ったまでであるが。」


「おっしゃる通りでございます。しかし、近頃は風月を友にされ、余生を楽しんでおられるお体でございますので、何かにつけ茶事に託してお話しされる癖がついているのです。」


「仕方ないな。」

 伝七郎は苛立たしげに言った。「では、いずれまた再訪の際には、必ずお目にかかるとお伝えください。」

 彼は、芍薬の枝を突き返した。お通はすかさず応じて言った。「あの……これは、大殿様からの言葉でございますが、道中のお慰みにどうぞお持ち帰りくださいませ、と。馬に挿してお持ちいただければ、と。」


「何だと? これを土産にしろと?」

 伝七郎は顔を赤くし、まるで侮辱されたかのように言い放った。「ば、ばかばかしい! 芍薬など、京にもいくらでも咲いていると言ってくれ!」


 お通は伝七郎の態度に腹を立てることもなく、ただ丁寧に頭を下げ、「では、そのように大殿にお伝えいたします」とだけ言い、芍薬を手にして、廊下へ静かに出た。


 伝七郎の態度がよほど不快だったのか、誰も送り出してくれる者はいなかった。お通はその冷たい空気を背に感じながら、くすりと笑った。


 ちょうどその時、同じ廊下の先にある一室に、十日余り滞在していた武蔵が泊まっていた。お通が廊下を通り過ぎようとすると、ふいに武蔵の部屋の扉が開き、誰かが廊下に出てきた。



「もうお帰りですか?」

 ばたばたと小走りに追いかけてきたのは、小茶ちゃんだった。お通が振り返ると、宿に来たとき案内をしてくれたあの少女だ。


「ええ、用事が済みましたから。」

「早いんですね。」

 小茶ちゃんはそう言いながら、お通が手にしている芍薬しゃくやくを見つめた。


「この芍薬、白い花が咲くんですか?」

「そうです。お城の白芍薬ですけど、欲しいならあげましょうか?」

「ください!」

 小茶ちゃんは手を差し出した。


 お通は芍薬をその手に乗せ、「さようなら」と言って、ひらりと駒に乗り、被衣かずぎに身を包んだ。


「またいらっしゃいませ!」

 小茶ちゃんはお通を見送った後、旅籠はたごの雇人たちに芍薬を見せびらかしたが、誰もその花を称賛することなく、少し落胆しながら武蔵の部屋へ持って行った。


「旦那様、花はお好き?」

 武蔵は窓辺で頬杖をつき、小柳生城の方をじっと見つめていた。彼の心は、次々に湧き出る思案に囚われていた。


(――どうすればあの大物に接近できるのか?どうすれば石舟斎に会えるのか?そして、どうすれば剣聖と呼ばれるあの老龍に一撃を与えることができるのか?)


「……ほう、良い花だな。」

「好き?」

「ああ、好きだ。」

「これは芍薬ですって。――白い芍薬。」

「ちょうど良い、そこに壺があるだろう。そこに挿してくれ。」

「私には挿せないよ。旦那様が挿して。」

「いや、お前がやるのがいいんだ。無心の方がむしろいい。」

「じゃあ、水を入れてくるね。」

 小茶ちゃんは壺を持って出て行った。


 その間、武蔵はふと目を止めた。そこに置かれた芍薬の枝の切り口をじっと見つめる。彼の注意を引いた何かがあったのだ。花を見るのではなく、枝の切り口をじっと観察していた。


「……あら、あら、あら!」

 戻ってきた小茶ちゃんは、壺の水をこぼしながら、声をあげた。壺を床の間に置き、無造作に芍薬を入れてみたが、どこかおかしいと感じた。


「だめだあ、旦那様。」

 子ども心にもその不自然さを訴えた。


「なるほど、枝が長すぎるな。よし、持ってきなさい。ちょうど良く切ってあげよう。」

 小茶ちゃんが芍薬を抜いてくると、武蔵は言った。「壺に立てて、そうそう、地面に咲いているみたいに、ちゃんと持っておいで。」


 言われた通りに持っていた小茶ちゃんだったが、突然「きゃっ!」と叫び、芍薬を放り投げた。そして、驚いて泣き出してしまった。


 無理もないことだった。武蔵が花の枝を切るやり方はあまりにも豪快だったのだ。目には見えないほど素早かったが、彼が前差しの小刀しょうとうに手をかけ、鋭い「ヤッ」という声とともに刀を鞘に収めた瞬間、白い光が小茶ちゃんの手と手の間をすり抜けたのだ。あまりの速さに、彼女はびっくりしてしまい、泣き出してしまった。


 しかし、武蔵は彼女を宥めようともせず、切り取った新しい切り口と元々の切り口を両手に持ち、じっと見比べていた。


「ウーム……」

 武蔵は切り口に目を凝らし、何か深く考え込んでいるようだった。



 ややあって、武蔵は小茶ちゃんに言った。

「ア、済まない、済まない。」

 泣きじゃくっている小茶ちゃんの頭を撫でながら、優しく謝り、機嫌を取った。

「この花、誰が切って持ってきたのか知らないか?」

「もらったの。」

「誰に?」

「お城の人に。」

「小柳生城の家中の者か?」

「いいえ、女の人。」

「ふうむ……じゃあ、城内に咲いていた花か。」

「そうだろうね。」

「悪かったな。後でお菓子でも買ってやるよ。今度はちょうどいい長さに切ったから、壺に挿してみな。」

「こう?」

「そうそう、それでいい。」


 小茶ちゃんは武蔵に慣れていたが、先ほどの刀の光を見てから急に彼を怖がるようになったらしい。それが済むとすぐに、彼女は部屋から姿を消した。


 武蔵は、床に微笑むように生けられた芍薬の花を見つめるというより、その膝の前に落ちている切れ端――七寸ほどの枝の切り口に心を奪われていた。


 その切り口は、はさみで切ったものでもなく、小刀こづかでもないようだ。幹は柔らかい芍薬のものだが、それでもかなりの腕前で切られていることが武蔵にはわかった。


 それも、生半可な技ではなかった。わずかな木口にも、切った人物の非凡な技量が光っていたのだ。武蔵は試しに、自分もその手法を真似て腰の刀で切ってみた。しかし、切り口を見比べてみると、その違いは明らかだった。どこがどう違うのかはっきり言えないが、自分の切り口は、その人物のものと比べて遥かに劣っていると感じざるを得なかった。――まるで名工と凡工が同じのみを使っても、彫る仏像に明らかな差が出るように。


「はてな?」

 武蔵は独り思った。

「城内の庭番ですら、これほどの腕前を持つ者がいるとしたら、柳生家の実力は世間の評判以上かもしれない。」


 そう考えると、自然と謙虚な気持ちが湧き上がってきた。

「やはり、自分などはまだ所詮――」

 しかし、その謙虚さを超えた思いが浮かんできた。

「だが、相手にとって不足はない。もし敗れたなら、その時は潔く彼の足元に降伏するまでだ。――だが、何があろうとも、死を覚悟して挑むからには。」


 若い武蔵の中で、功名心が脈打ち、全身に熱が満ちてきた。彼の心の奥深くにある闘志が再び燃え上がったのだ。


 ――だが、問題は手段だ。

 所詮、武者修行の者には、石舟斎様はお会いなさらないだろう。誰に紹介してもらおうとも、面会の機会は与えられない――それはこの旅宿の主も言っていた言葉である。


 宗矩むねのりは不在、孫の兵庫利厳としとしも遠国にいる。――どうしても柳生家に挑むには、石舟斎を目がけるほかに道はない。


「何か良い方法はないものか……?」

 再び思案に沈んだ彼の心の中で、野性と征服欲がやや落ち着きを取り戻し、目は床の間にある清純な白い芍薬に移った。


「…………」

 何気なく花を見ているうちに、彼はふと、ある女性の面影を思い出した。

 ――お通。


 久しぶりに彼女のやさしい顔が、彼の荒々しい神経と粗野な生活の中にふわりと浮かんできたのだった。



 お通が軽やかに駒のひづめを返し、小柳生城へ戻る途中、雑木の茂る崖の下から声がかかった。

「やあ――い!」


 それは子どもの声だとすぐにわかったが、この土地の子どもが、若い女をからかうほどの勇気があるとは思えない。お通は駒を止めた。

「笛吹きのお姉さん、まだいるの?」


 声の主は真っ裸の男の子だった。濡れた髪をして、着物は丸めて小脇に抱えている。へそもあらわに、崖から飛び上がって来たその子は、馬に乗ったお通を軽蔑するような目で見上げた。

「あら」

 お通には不意打ちだった。

「誰かと思ったら、お前はいつか大和街道で泣いていた城太郎って子だったね。」

「泣いてた? ――嘘ばっかり言って!おら、あの時だって泣いてなんかいなかったぜ。」

「それはともかく、いつここへ来たの?」

「この間だよ。」

「誰と?」

「お師匠様とさ。」

「そうそう、お前は剣術使いのお弟子さんだったね。――それが今日はどうしたの、裸になって。」

「この下の渓流で泳いできたんだ。」

「まあ……まだ水が冷たいのに泳ぐなんて、笑われるよ。」

「行水だよ。お師匠様が、汗くさいって言うから風呂の代わりに入ってきたのさ。」

「ホホホ。宿は?」

「綿屋だよ。」

「綿屋なら、さっき私も行ってきたところだわ。」

「そうかい。じゃあ、おらの部屋に来て遊んでいけばよかったのに、戻らないか?」

「お使いで来たんだから。」

「じゃあ、あばよ!」


 お通は振り返って笑った。

「城太郎さん、お城に遊びにおいで。」

「行ってもいいのか?」

 思わず口にした言葉に、少し困りつつも、お通は答えた。

「いいけど、そんな格好じゃダメよ。」

「じゃあ嫌だ!そんな窮屈なところ、行ってやるもんか。」


 お通は助かったような気がして微笑み、城内へ戻った。馬を厩に戻し、石舟斎の草庵へ帰ると、使い先の様子を報告した。

「そうか、怒ったか。」

 石舟斎は笑いながら言った。

「それでいい。怒っても、彼らはつかまえる術がないだろうから、それでいい。」


 しばらくして、石舟斎は何か別の話の折に思い出したかのように訊いた。

「芍薬は、捨ててきたか?」

 お通が、旅宿の小女にあげたと答えると、石舟斎はその処置にもうなずいた。そして、

「だが、吉岡のせがれ、伝七郎とかいう者、あの芍薬を手に取って見たろうな?」

「はい、お文を解く時に。」

「そして?」

「そのまま突き戻しました。」

「枝の切り口は見なかったか?」

「特に何も……。」

「そこに何も言わなかったか?」

「何も申しませんでした。」


 石舟斎は壁に向かって独り言のように呟いた。

「やはり会わなくてよかった。会って見るまでもない人物だ。吉岡も、拳法一代で終わりか……。」

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