巡りぞ会わん
米俵なのか、それとも小豆か、とにかく裕福な檀家からの贈り物であることは確かだった。
牛車に山のように積まれた俵には、木札が差し立ててあり、そこには墨で黒々と「興福寺寄進」と記されている。
奈良といえば興福寺。その名前を聞けば、誰だって奈良が思い浮かぶ。
城太郎も、その有名なお寺のことは知っていたようで、思わずこう呟いた。
「よっしゃ、いい感じの車が行くな――」
城太郎は、牛車に追いついて、車の後ろに飛びついた。
うまい具合に、後ろ向きになって腰掛けることができ、贅沢なことに、俵に背中まで預けることができるのだ。
沿道には丸い茶の木の丘が見え、桜がちらほら咲き始めている。
今年も軍馬に踏み荒らされずに、無事に麦が育ってほしいと祈りながら、百姓たちは鋤を手に働いている。
川では土民の女衆が野菜を洗っている――のどかで穏やかな大和街道の風景だった。
「こりゃあ、のんびりしてていいな」
城太郎は、気持ちよさそうに呟いた。気分は最高だ。
まるで、このままうとうとと居眠りしている間に奈良へ着いてしまうんじゃないか、なんて考えている。
時々、道の石に乗り上げた車輪が「ぐわらっ」と車体を揺らすのも、なんだか楽しくてたまらない。
動いているもの――ただ動くだけじゃなく、前へ進んでいくもの――それに身を任せているだけで、少年の心は無上の喜びに満たされていた。
(あれ、あそこにいる鶏がやけに騒がしいな……おばあさん、あんたの家の卵、鼬に盗まれてるんじゃないか? ほら、どこの子だ、往来で転んで泣いてるぞ。あっ、馬がこっちに向かってくるよ)
目に映るものすべてが、城太郎にとっては興味深い。
村を離れて、並木道に差し掛かると、路傍の椿の葉を一枚むしり取り、唇に当てて「ピーピー」と吹いてみた。
「同じ馬でも
大将を乗せれば
池月、する墨
金ぷくりん
ピキピーの
トッピキピ」
「馬は馬でも
泥田に住めば
やれ踏め、やれ負え
年中貧乏
貧――貧――貧」
前を歩いていた牛方が「おや?」と振り返ったが、何も見えないことを確認すると、また前へ向かって歩き出した。
「ピキ、ピーの、トッピキピ!」
牛方は手綱を放り出し、車の後ろに回り込んできた。
そして、いきなり拳を固め、城太郎に向かって叫んだ。
「この野郎っ!」
「痛っ!」
「なんだって、車の尻に乗っかってるんだ!」
「いけないの?」
「当たり前だろうが!」
「だって、おじさんが引っ張るわけじゃないじゃないか」
「ふざけるなっ!」
城太郎はまるでボールのように地面に弾き飛ばされ、並木の根元まで転がってしまった。
牛車は、まるで嘲笑うかのように、轍を残して去っていった。
城太郎は腰をさすりながら立ち上がったが、何かを失くしたような不思議な顔をして、地面をきょろきょろと見回し始めた。
「え? ないぞ?」
吉岡道場から渡された武蔵の手紙を持ち帰るはずの返事が、いつの間にか消えてしまっているのだ。
大切に竹の筒に入れて、途中からは紐で首にかけていたのに、今気づくと、それがなくなっている。
「困った、困ったな……」
城太郎は、失くし物を探すように、必死に目をこらして周囲を見回した。
すると、その様子を見て笑いながら近づいてきた旅装の若い女性が、優しい声で声をかけてきた。
「何か、落としちゃったの?」
城太郎は額の上からちらっとその女性を見たが、少しぼんやりと頷いたきりで、またすぐに地面を探し始め、首をかしげていた。
「お金を落としたの?」
「う、う、ん…」
何を聞かれても、城太郎の頭は別のことでいっぱいだった。
そんな彼の様子を見て、旅装の若い女は微笑みながら、優しく言った。
「じゃあ、紐がついてる一尺くらいの竹の筒じゃない?」
「あっ、それだ!」
「だったらさ、さっき万福寺の下で馬にいたずらして、馬子たちに怒られてたでしょ?」
「ああ…」
「その時、びっくりして逃げ出した時に、紐が切れて道に落ちたんだと思うよ。その時、近くにいたお侍さんが拾ってたみたいだから、戻って聞いてみたら?」
「ほんと?」
「うん、ほんとよ」
「ありがと!」
城太郎は勢いよく駆け出そうとしたが、ふいに女が声をかけた。
「あ、待って。戻らなくてもいいみたい。ほら、ちょうど向こうからそのお侍さんが来るわよ。野袴を履いて、にやにや笑ってるあの人」
女が指差す方向を見つめると、城太郎はその姿をじっと見つめた。
やって来たのは、四十歳くらいの偉丈夫な男だった。
黒い顎髯をたくわえ、肩幅も胸幅も常人よりはるかに広い。その上、背も高い。革足袋に草履を履いた足元からは、まるで大地をしっかりと踏みしめるような堂々とした立ち姿が感じられる――どこかの大名に仕える侍に違いない、と城太郎は思った。
なんだか、話しかけるのが少し気まずい。
すると、その侍のほうから声がかかった。
「小僧」
「はい!」
「お前だろう、万福寺の下でこの状入れを落としたのは」
「ああ、あった! あった!」
「『あった』じゃないだろう。まず礼を言え」
「す、すみません!」
「大事な返書なんだろう。そんな書面を持つ使いが、馬にいたずらをしたり、牛車の尻に乗ったりしていたら、主人に顔向けできんぞ」
「お侍さん、見たでしょ?」
「拾い物は、一応中を確認して渡すのが正しい礼儀だ。だが、書面の封は切ってない。お前も中身を確認してから受け取れ」
城太郎は竹筒の栓を抜いて中を覗いた。
吉岡道場からの返書が確かに入っていることを確認し、やっと安心した。
彼はまたそれを首にかけながら、小さく呟いた。
「もう、落とさないぞ…」
その様子を見ていた旅の若い女は、彼の喜びに共感し、代わりに礼を言った。
「ご親切に、ありがとうございました」
髯侍は、城太郎やその女と歩調を合わせて歩きながら、にやりと笑って言った。
「この小僧、お前のお連れか?」
「いえ、まったく知らない子ですけれど」
「ははは、どうも釣り合いが取れんと思った。おかしな小僧だな、笠のきちんが振るってる」
「無邪気なものでございますね。どこまで行くのでしょうか?」
城太郎は、二人の会話の間に挟まれ、元気に答えた。
「おら? おらは奈良の宝蔵院まで行くんだ!」
そう言って、彼はふと彼女の帯の間からちらっと見える、古金襴の袋に気づいて、じっと見つめた。
「おや、お女中さん、あんたも状筒を持ってるんだね。落とさないように気をつけなよ」
「状筒?」
「帯に差してるやつだよ」
「ホホホホ、これは手紙を入れる竹筒じゃないの。これはね、横笛なのよ」
「笛――?」
城太郎は、好奇心いっぱいの目を輝かせながら、無遠慮に女の胸元に顔を近づけた。
そして、何かを感じたのか、次には彼女の足元から髪までじっくりと見直していた。
子どもでも、女性の美しさというものを感じ取ることができるのかもしれない。
見た目の美醜にかかわらず、純粋さや不純さは、城太郎のような少年でも何となく分かるものだろう。
城太郎は目の前の女性に、改めて「美しい人だなあ」と思い、自然と尊敬の念を抱いた。
こんな美しい人と一緒に旅をするなんて、自分はなんて運がいいのだろうと、心臓がドキドキし始め、体がふわふわ浮いてくるような気分だった。
「笛かあ、なるほどね」
城太郎は一人で感心しながら、ふと口を開いた。
「おばさん、笛吹くの?」
しかし、すぐに思い出した。以前、よもぎの寮で「おばさん」と呼んだら怒られたことを――。慌てて言い直す。
「お女中さん、名前は?」
突然、全然関係ない質問を投げかける城太郎。だが、何も気にしていない様子だ。彼の無邪気さが前面に出ている。
若い女は、くすくす笑いながら城太郎を見ずに、彼の頭越しに髯のある侍を見て、笑みを浮かべた。
その熊のような髯をたくわえた武士は、丈夫そうな白い歯を見せて、大きく笑い声を上げた。
「このチビ、なかなか油断ならんやつだな。――だが、人の名前を聞くなら、まず自分の名前を名乗るのが礼儀だぞ」
「おらは城太郎だ」
「ホホホ、面白いわね」
「ずるいぞ、俺にだけ名乗らせて! ――そうだ、お武家さん、あんたもまだ名乗ってないじゃないか」
「わしか?」と侍は困った顔をしながら答えた。
「庄田じゃ」
「庄田さんね。――下の名前は?」
「名は勘弁してくれ」
「今度はお女中さんの番だ。男が二人も名乗ったんだ、名乗らないのは礼儀に欠けるぜ!」
「わたくしは、お通と申します」
「お通様か!」
それで満足したのか、城太郎は次の質問をぶつける。
「なんで笛なんか帯に差して歩いてるんだい?」
「これは私の生計を立てるための大切な道具なのです」
「じゃあ、お通様の仕事は、笛吹きか?」
「ええ……笛吹きという仕事があるかどうかは分かりませんが、笛のおかげでこうして旅ができるのですから、まあ、そういうことになりますね」
「祇園とか加茂宮で神楽を吹くの?」
「いいえ」
「じゃあ、舞の笛?」
「それも違います」
「じゃあ、一体なんだい?」
「ただの横笛ですよ」
その時、庄田という武士が、城太郎の腰に差している木剣に目を留めた。
「城太郎、お前の腰に差しているのは何だ?」
「侍が木剣を知らないのかい?」
「そうじゃなくて、何のためにそれを差しているのかってことだ」
「剣術を覚えるためさ」
「師匠がいるのか?」
「もちろんだよ」
「ははあ、その状筒の中にある手紙の宛先が、その師匠ってわけか?」
「そうだよ」
「お前の師匠、達人なんだろうな?」
「いや、そんなでもないよ」
「弱いのか?」
「ああ、世間の評判じゃ、まだ弱いらしいよ」
「師匠が弱くては困るだろう」
「おらも下手だから大丈夫さ」
「少しは剣術を習ったのか?」
「いや、まだ何も習ってない」
「はははは、お前と一緒に歩いてると退屈しないな。――で、お女中さん、どこまで行かれるんだ?」
「わたくしには特に決まった行き先はありませんが、奈良に多くの牢人が集まっていると聞きました。実は、どうしても会いたい人がいて、長年その方を探しておりました。そんな噂を頼りに、奈良を目指しているところです」
宇治橋のたもとが見えてきた。
そこにある通円ヶ茶屋の軒先には、上品な老人が風流にお茶を振る舞っていた。
旅人たちがひと休みするための床几に腰を下ろし、お茶の風呂釜を囲んでいる様子が、どこか懐かしさを感じさせる。
髯侍である庄田の姿を見つけると、どうやら馴染みらしい。茶屋の老人が声をかけた。
「おお、小柳生の御家中様じゃないですか。一服いかがですか?」
庄田は軽く頷いて答えた。
「やすませてもらおうか――あの小僧に菓子をひとつやってくれ」
菓子をもらった城太郎だったが、じっと座っていることに耐えられない様子で、近くの低い丘へ駆け上がっていった。
退屈を嫌う少年らしい姿だった。
お通はお茶を飲みながら、ふと口を開いた。
「奈良まではまだ遠いですか?」
それに答えたのは茶屋の老人だった。
「左様でございますな。足のお早い方でも、木津あたりで日が暮れるでしょう。女子なら、多賀か井手あたりで一泊された方がよろしいかと」
老人の言葉に庄田も続けて言った。
「このお女中は、長年探している人がいるそうで、奈良へ向かうのだが、奈良のような場所に若い女子一人で行くのはどうも心配だな」
それを聞くと、茶売りの老人は目を見開き、手を振りながら言った。
「いやいや、それはやめなされ。確かに探しているお方がいると分かっているなら別ですが、あの奈良のような物騒な所へ行かれるのは――」
老人は具体的な危険をいくつも挙げ、お通を引き止めるために熱心に語り始めた。
「奈良と言えば、古びた伽藍や鹿が連想されて、静かな旧都だと思われがちですが、実際にはそうではありません。関ヶ原の戦いの後、奈良から高野山にかけて、たくさんの敗軍の牢人たちが隠れ住んでいます。彼らは西軍についた武士たちで、今では禄もなく、仕事に就く見込みもない。徳川幕府が勢力を拡大する中で、彼らは一生、陽の当たる道を歩けない身の上なのです」
老人の話は続く。関ヶ原の戦いの結果、数多くの大名が領地を失い、家を取りつぶされ、牢人となった武士たちが生まれた。
推定で十万人を超える牢人が、諸国の裏社会に潜んでいると言われている。
特に、奈良や高野山といった地域は、武力が入りづらい寺院が多く、牢人たちの隠れ家になりやすい。
「そのため、奈良や高野山周辺には、戦乱を再び待ち望んでいる武士たちがたくさん潜んでいます。中には真田左衛門尉幸村や塙団右衛門といった名の知れた者もいるし、徳川幕府に不満を抱える者たちが、いつか再び大乱が起こることを願っている状態です」
さらに、奈良の裏町には、職を失い、自暴自棄になった無職の武士たちが多く集まっており、喧嘩を探して騒ぎを起こす者が後を絶たない。
「そんな所に、美しいお女中が一人で行くなんて、まるで油を袖に入れて火の中に飛び込むようなものですぞ」と、茶売りの老人はお通を真剣に止めていた。
奈良行きがどれほど危険かを聞かされたお通は、その道を進むのに躊躇いを覚えてしまった。
もし奈良に、ほんの少しでも確かな手がかりがあるなら、どんな危険も厭わないつもりだったが、今のところ、彼女が持っている手がかりはほぼ無に等しい。
ただ、姫路城下の花田橋から始まった旅が、数年の時を経て的もなく続いているだけだった。
今回もまた、その果てしない流浪の一部に過ぎない。
「お通殿と仰るのか――」
お通の迷いが表情に現れているのを見て、髭を蓄えた庄田が声をかけた。
「実は、先ほどから言おうと思っていたのだが、奈良に行くよりも、わしと一緒に小柳生へ来てはどうだろうか?」
そう言うと、庄田は自らの素性を明かした。
「わしは小柳生の家中で、庄田喜左衛門と申す者だ。今、わしの御主君は年老いて体も弱っておられる。毎日が無聊で寂しげな様子だ。そなたが笛を吹いて生計を立てていると聞いたが、もしかしたらその音色が大殿のお慰みになるやもしれん。どうだ、来てくれないか?」
茶売りの老人もその提案を支持して、喜左衛門と共にお通を勧めた。
「お女中、ぜひお供してくださいませ。柳生の大殿といえば、柳生宗厳様のことですよ。今では石舟斎様と呼ばれていますが、このお方のもとで過ごせるなんてまたとない幸運です。若殿の但馬守宗矩様は関ヶ原の戦い後、将軍家の御師範役として召されております。そんな名家に招かれるなんて、絶好の機会ですぞ!」
柳生家の家臣と聞いて、お通は庄田の物腰がただ者ではないと改めて感じた。
兵法の名家である柳生家ならば、武者修行に訪れる者も多いに違いない。
そして、もしかしたら、芳名帳に自分が探している「宮本武蔵政名」の名前があるかもしれない――もしそうなら、どれほど嬉しいことか。
お通の胸は希望で満たされた。
「では、ありがたくお言葉に甘えまして、お供いたします」
彼女は急に明るい表情で答えた。
「おお、来てくれるのか、それはかたじけない!」
喜左衛門は満足そうに頷き、続けた。
「ただ、女子の足では夜までに小柳生までは厳しいだろう。馬に乗れるか?」
「はい、厭い(いとい)ません」
喜左衛門は手をあげて、近くに屯していた馬方を呼び寄せ、お通を馬に乗せた。
そして、彼自身は歩いて同行する。
すると、茶屋の裏山へ登っていた城太郎が、それを見て大声を上げた。
「もう行っちゃうのかいっ!」
「おお、出発だぞ!」と喜左衛門が答えると、
「待ってよっ!」と叫びながら、城太郎は宇治橋の上で駆け寄ってきた。
喜左衛門が「何を見ていたのだ?」と訊くと、城太郎は得意げに答えた。
「丘の林の中で、大勢の大人たちが集まって何か面白そうな遊びをしていたんだ!」
それを聞いて、馬方が笑いながら言った。
「旦那、それは牢人たちが集まって博打をしてるんですよ。食えない牢人が旅人を捕まえて、裸にして追い払ったりするんだから、気をつけた方がいいですよ」
馬の背中に市女笠をかぶった美しい女性、お通が乗り、両脇を城太郎と髭を蓄えた庄田喜左衛門が歩いている。
前方には馬子が進み、宇治橋を越え、木津川の堤防にかかる。
河内平野の空には雲雀が飛び、まるで絵の中を歩いているような光景が広がっていた。
「ほう、牢人たちが博打をやっているのか」
庄田が、やや険しい表情で聞いた。
馬子がそれに応じるように言った。
「博打くらいならまだいい方ですぜ。あいつらは強盗をしたり、女をさらったり、やりたい放題ですから、手に負えませんや」
「領主は何もしないのか?」
「領主様だって、ちょっとやそっとの牢人なら捕まえるでしょうが、河内、大和、紀州の牢人が手を組めば、領主様よりも強くなっちまいますよ」
「甲賀にもいると聞いたな」
「ええ、筒井牢人たちも逃げ込んでいます。もう一度戦でも起こらなければ、奴らは骨にもなれねぇでしょうね」
その話に興味を持ったのか、城太郎が会話に加わった。
「牢人って言うけど、いい牢人もいるんだろ?」
「もちろんいるさ」
「おらの師匠も牢人なんだぜ!」
「ははは、そりゃあ師匠想いだな。それで不満だったのか。ところで、おまえは宝蔵院に行くと言っていたが、そちの師匠はそこにいるのか?」
「そこに行けば分かるんだ」
「何流を使っているんだ?」
「知らない」
「弟子なのに、師匠の流派も知らんのか」
庄田が不思議そうに聞くと、馬子が再び話に入った。
「旦那、この頃は剣術が流行で、猫も杓子も武者修行ですぜ。街道を歩いている武者修行者を一日に五人か十人は見かけます」
「そうか、そんなに多いのか」
「牢人が増えたせいでしょうね。剣術が上手ければ、方々の大名から五百石、千石で引っ張りだこになるって噂で、みんな修行を始めるんですよ」
「なるほど、出世の近道というわけか」
「それにしても、このチビまでが木剣を腰に差して撲り合いを覚えれば一人前だと思っているんだから、先が思いやられますぜ」
「なんだと!」
城太郎が怒り出す。
「もう一度言ってみろ、馬子!」
「おまえなんざ、蚤が楊子を差したような格好で、口だけは一人前の武者修行者気取りだってのさ!」
「ははは、城太郎、怒るな怒るな。また大事なものを落とすぞ」
庄田が冗談混じりに諭すと、
「もう、大丈夫だい!」
と城太郎は答える。
その時、馬子が言った。
「おお、木津川の渡し場に着きましたよ。これでお別れですね、坊や。もう陽も暮れかけているから、寄り道せず急いだ方がいいぜ」
城太郎はお通に尋ねた。
「お通様は?」
「わたしは庄田様にお供して小柳生のお城に行くことになりました。気をつけておいでなさいね」
「おら、一人ぼっちになっちまうのか……」
「でも、縁があればまたどこかで会える日もあるでしょう。城太郎さんも旅を家とし、私も探している人に巡り会うまでは旅が住居ですから」
「誰を探しているの? どんな人?」
「……」
お通は答えず、ただ微笑んで別れを告げるだけだった。
渡し船に乗り込む城太郎が振り返ると、夕陽に染まる川の向こう、お通と庄田の姿は遠ざかり、笠置寺へ続く山道を進んでいた。
山の影が早くも落ち始め、二人は提灯を灯してゆっくりと歩いていくのが見えた。




