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大事

 澄み切った秋空が広がる夜、草庵の中で尺八の音が響いていた。


 ふくのは一人の老いた薦僧こもそう、やや頼りなげな手つきでゆっくりと音を出している。あまり上手とは言えないその演奏を、沢庵たくあんは黙って聞いていた。だが、ただ下手なだけではない――その音には、不器用ながらも真心が込められているのがわかる。音の節々に、長い人生の悔恨が感じられた。


 沢庵は目を閉じ、老僧の人生が垣間見えるような気がしていた。偉人であろうが凡人であろうが、悩みや苦しみには違いはない。ただ、それをどう表に出すかが違うだけだ。心と心が通じ合えば、表面の違いなど取るに足らないものだと、沢庵は思った。


 ふと沢庵がつぶやく。


「…どこかでお会いしたような気がするが…」


 老僧もそれを聞いて、まばたきをしながら答えた。


「そう言われるなら、こちらも感じておりました。もしや、あなたは但馬の宗彭しゅうほう沢庵殿では? かつて美作みまさかの七宝寺に長らく滞在されていた…」


 その瞬間、沢庵も気づいたらしく、灯明を少し明るくして老僧の顔をよく見つめた。そして、驚きと共に叫んだ。


「…まさか、青木丹左衛門あおきたんざえもん殿なのか?」


「おお、やはり沢庵殿だったか…。こんな姿を見せてしまうとは、なんとも情けない。昔の丹左とは思わないでください」


「まさかここで再会するとはな…。もう十年も前のことになるか、あの七宝寺で別れてから」


「そう言わないでください…。今や自分は老いて、子の行方を追い求めながら、ただ彷徨さまよい生きる日々です」


「…子のために? その子とは、どこにいるのだ?」


 丹左衛門は、悲しげに語り出した。


「聞いた話によれば、かつて私が讃甘さぬきの山で狩り立て、千年杉のこずえに縛り上げた…あの頃の武蔵たけぞう――今の宮本武蔵様に弟子入りした城太郎のことです」


「なんと、武蔵の弟子に?」


「ええ…それを聞いた時の恥ずかしさといったら…どの顔下げて会えばいいのか。けれど、それでもどうしても会いたくて…。今や城太郎も十八歳、立派に成人した姿をひと目でも見られれば、心残りなくこの世を去れるかと、こうして東国あずまの道をさがし歩いているのです…」



「では、その城太郎という少年が、あなたの息子だったというのですか?」


 沢庵たくあんは驚きを隠せなかった。あれほどの付き合いがありながら、武蔵むさしやおおつうからも城太郎の過去について聞いたことは一度もなかったのだ。


 青木丹左衛門あおきたんざえもんは静かにうなずいた。彼の姿にはかつての武将としての堂々とした威風はすっかり失われていた。沢庵は、その姿を憮然ぶぜんと見つめながら、何も言えずにいた。すでに自分の人生に区切りをつけ、あとは余生を生きているような様子に、下手な慰めなど無意味だと感じたからだ。


 丹左衛門は、過去の後悔に苦しみ続け、未来への希望も失ってしまっているように見えた。彼のように全盛期には権力を振りかざし、自分の思い通りに生きてきた者ほど、失脚した後は自己を責めてしまうものだ。そして、その責めが彼を生きる力ごと縛っているのだろう。


 沢庵は考え込んだ。この男には、まず武蔵に会わせる前にほとけの慈悲を伝えるべきだろうと。そして、彼の子である城太郎と再会させるのは、その後でも遅くはないはずだ。武蔵との再会もまた、彼が心の平穏を得てからの方が良いに違いない。


 そこで沢庵は丹左衛門に、江戸にある一禅寺いちぜんじを紹介した。


「わしの名を告げて、その寺で少し休むがよい。いずれ時間を作って会いに行こう。息子についても心当たりがあるから、必ず会わせてやる。年を重ねたからこそできることもあるのだ、気を落とさずに過ごしてみよ」


 沢庵の言葉は丹左衛門の心に響いたようで、丹左衛門は何度も頭を下げ、竹杖たけづえに頼りながら足元を慎重に確かめ、去って行った。


 丘の上から林の中に向かい、滑りやすい道を歩きながら、丹左衛門は自然に雑木林の細道へと進んでいった。


「…ん?」


 竹杖の先が何かに触れた。完全な盲目ではない丹左衛門は身をかがめ、そっと目を凝らして見た。木々の間から洩れる微かな星明かりに照らされ、露に濡れたまま横たわる二人の人影が、うっすらと見えたのだった。



 何か思うところがあったのか、丹左たんざ草庵そうあんに引き返し、灯火ともしびのもとにいる沢庵たくあんに声をかけた。


「沢庵どの…先ほど去りましたが、この先の林の中に、若い者が二人、気を失ったまま倒れておりました。」


 沢庵は立ち上がり、外へ顔を出した。丹左は続ける。


「生憎、薬もなく、この目では何もできませぬ。どうか、お救いくださればありがたく存じます。近くの郷士の息子か、もしくは武家ぶけの兄弟ではないかと思われますが…」


 沢庵はうなずき、草履ぞうりをはいてすぐに準備にかかった。彼は丘の下にある茅葺き屋根かやぶきやねの家に向かって大きな声で呼びかけ、そこから顔を出した百姓に、松明たいまつと竹筒の水を用意してすぐに来るよう指示した。


 松明の明かりが丘を登ってくるころ、丹左は沢庵から道を聞き直し、今度こそ江戸へ向かうために丘を下り始めた。その時、松明を持って上ってくる百姓と、坂の途中ですれ違った。


 もし丹左がそのまま迷わず進んでいたら、自分の息子である城太郎を発見できていたかもしれない。だが、彼は道を聞き直し、またもや違う道を辿って行ってしまった。


 それが果たして幸運なのか、不運なのかは後になってわかるだろう。人生の出来事というのは、振り返って初めて本当の意味がわかるものだ。


 百姓が竹筒の水と松明を持って駆け上がってくると、沢庵と共に林の中へ入っていった。松明の赤い光が林の中を照らし、ついに先ほど丹左が見つけた場所にたどり着いた。しかし、状況が少し変わっていた。


 さっき丹左が見つけたとき、城太郎と伊織いおりは重なり合って倒れていた。だが、今は城太郎が呆然と座り、隣に倒れている伊織を見つめている。彼は伊織の体に片手をかけ、何かを迷っているようだった。ここで何かを問うべきか、それとも逃げるべきかと。


 その時、松明の光と足音に気づいた城太郎は、まるで獣のように警戒の体勢をとったが、相手が沢庵と百姓であることに気づくと、警戒を解き、静かに見上げた。


「…おや?」


 沢庵がつぶやくと、百姓が松明を突き出し、燃える光が城太郎を照らした。城太郎もまた、相手がただならぬ人物だと感じ、じっと見上げた。


「おや?」という沢庵の言葉は、次第に二人にとって驚きと確信を意味するものになった。


 沢庵から見た城太郎は、あまりに成長し、体も顔つきも変わっていたためすぐにはわからなかったが、城太郎から見た沢庵は一目で分かるほどの存在だった。



「城太郎じゃないか」


 沢庵が驚きとともに声を上げると、城太郎は息を止めたように彼を見上げ、思わず「はい……はい、そうです」と答えた。かつての洟垂れ小僧だった彼が、大人びた青年に成長した姿を見て、沢庵も感慨深げに城太郎を見つめた。


「そちがあの城太郎とはな……立派に成長して、鋭い目を持つ若者になったものよ」


 そうつぶやきながらも、沢庵はまず倒れている伊織を手当てすることに専念した。竹筒から水を与えると、伊織はすぐに意識を取り戻し、周囲を見回したかと思うと、大声で泣き出した。


「痛いのか? どこか怪我でもしたのか?」


 沢庵が優しく尋ねると、伊織は首を振りながら「痛くないよ。でも、先生が……先生が秩父の牢に連れて行かれちゃったんだ」と、恐怖と不安を込めて泣きじゃくるように訴えた。その言葉を聞き、沢庵も事の重大さをようやく理解した。


 一方、そばで話を聞いていた城太郎は、その内容に驚愕し、身震いしながらも、沈んだ声で沢庵に話しかけた。


「沢庵さま、どうしてもお話ししたいことが……。できれば人目のない場所で、聞いていただきたいのですが」


 その言葉に、伊織は即座に沢庵に寄り添い、「沢庵さん、こいつは泥棒の仲間ですよ。信じちゃダメです、絶対に嘘ついてるんですから!」と警戒心丸出しで指を差した。


 城太郎は伊織を睨み返し、伊織も負けずに「やれるもんならやってみろ」とでも言わんばかりの鋭い視線を投げ返した。


「ふたりとも、やめなさい。お前たちは兄弟弟子じゃろうが。わしの判断に任せてついて来い」


 沢庵に促され、ふたりは草庵の前で焚火を囲むことになった。百姓が帰ると、沢庵は「さあ、仲良く火にあたれ」と声をかけたが、伊織はなかなか近づこうとしなかった。泥棒の仲間と一緒になんて認めない、という顔つきである。しかし、沢庵と城太郎が昔話を交わし、まるで親しい間柄であるかのように接しているのを見て、伊織も軽い嫉妬心が芽生え、しぶしぶ焚火のそばに腰を下ろした。


 焚火の光が揺れる中で、城太郎は沢庵の問いかけに、涙を浮かべながら語り始めた。


「……そうです。お師匠さまの元を離れてからもう四年になります。その間、奈良井の大蔵さまという方に育てられ、その方の教えを受けてまいりました。大蔵さまの夢や、世の中のあり方についても聞き、この方のためならば命を捨てても構わないと思うようになったのです。それ以来、大蔵さまのお手伝いをしながら今日まで過ごしてきました。しかし、泥棒呼ばわりは心外です! 自分は武蔵先生の弟子であると自負しており、お師匠さまの精神とは一日たりとも離れたことはないつもりですから」



 城太郎はさらに話し続けた。


「…大蔵様と私は、天地の神に誓って、自分たちの目的は他人には絶対に漏らさないと約束しています。ですので、たとえ沢庵様であっても、その内容はお話しできません。ですが、お師匠様が宝蔵破りの冤罪で秩父の牢に入れられてしまったと聞いて、黙って見過ごすわけにはいきません。明日にでも秩父へ行って、真犯人はこの私だと自首し、お師匠様を救い出して参ります。」


 沢庵は無言で彼の言葉にうなずきながら聞いていたが、ふと顔を上げて言った。


「では、宝蔵破りの犯行はお前と大蔵の仕業に間違いないのだな?」


「はい」城太郎はしっかりとうなずき、まるで自分の行為を恥じていないように堂々と答えた。


 沢庵の視線が鋭くなり、じっと城太郎を見つめる。城太郎は一瞬、その視線に耐えきれず、目を伏せた。


「そうか…じゃあ、やはり泥棒じゃないか」


「いいえ、決して普通の盗賊ではありません。」


「泥棒に善悪の違いがあるのか?」


「私たちは、私利私欲のためではなく、公のために公の財を動かしているのです!」


 沢庵は小さくため息をついて、「わからん…」と呟くと、まるで放り投げるように言った。


「じゃあ、お前たちの盗みは“義賊”というものか?支那の小説に出てくる剣侠とか侠盗とか、そんな怪しい連中みたいなものか?」


「それを説明してしまうと、自然と大蔵様の秘密も漏らしてしまうことになります。どう言われても、私は今はそれを隠忍しています。」


「ふん、簡単には乗ってこないというわけか。」


 城太郎はさらに言葉を続けた。「ともかく、お師匠様を救うために私は自首します。沢庵様には、あとでどうかお師匠様にもお取り成しをお願い申し上げます。」


 沢庵はその言葉を静かに受け止めつつ、軽く首を振った。


「取成しなど必要ない。武蔵殿は無実の罪だ。お前が行かずとも、解放されるに決まっておる。――それよりも、お前こそ仏陀のもとに向かうべきではないか。幸いにしてこの沢庵がいる。真心を持って仏様に向かい、自分の心の底を見つめ直してみる気持ちにはなれんか?」


「仏様に?」城太郎は、まるで考えもしていなかったことを突きつけられたかのように、戸惑って問い返した。


「そうだ」と沢庵は淡々と語り続ける。「お前の言葉を聞いておれば、世のため、人のため…と偉そうだが、結局のところ、お前のそばに不幸せな者はおらんのか?」


「自分の一身のことを考えていては、天下の大事はできませぬ!」


 その答えに、沢庵は冷たい視線を向け、いきなり城太郎の頬を強く打った。城太郎は驚いて頬を押さえたが、沢庵の気迫に押されて動けなかった。


「己自身が基礎だ。いかなることも、自分から始まる。自分を顧みずに、他のために何ができるというのだ?」


「いや、私は自己の欲望は考えていないと言ったのです!」


「黙れ、お前は未熟だ!世の中を何も知らん青二才が、大望だの野望だのを語るのは恐ろしいことだ。お前や大蔵のやっていることは大体わかった――何を泣く?悔しいなら洟をかんでから言え!」


 沢庵は、その言葉で城太郎の心の中に鋭く切り込んだ。



 寝ろと言われ、仕方なく城太郎はそこにあったむしろをかぶって横になった。


 沢庵も伊織もすでに眠っていたが、城太郎は寝つけなかった。師である武蔵が獄に囚われていることが頭から離れず、夜通し「申し訳ありません…」と胸の上に手を合わせて詫びるばかりだった。


 仰向けでいると、目尻から流れた涙が耳に入ってくる。横向きに寝返っても、今度はお通さんのことが気にかかる。お通さんに合わせる顔がない…沢庵の拳は痛かったが、お通さんなら、きっと無言で泣きながら自分を責めるだろう。


 でも、大蔵と誓った秘密を誰にも明かすことはできない。もしかしたら明日にはまた沢庵から厳しく叱責されるかもしれない…。そうだ、今のうちに抜け出してしまおう。


「……」


 そう決心して城太郎はそっと身を起こし、壁も天井もない草庵から外へ出た。空を見上げると、星が輝いているが、夜明けも近いようだった。


「――こら、待て」


 後ろから声がして、城太郎はギョッとした。振り向くと、沢庵が立っていた。まるで影のように無音で近づいてきた彼は、城太郎の肩に手をかけた。


「本当に、自首するつもりか?」


 城太郎は何も言わずにうなずいた。すると沢庵は憐れむように問いかけた。


「そんなに、犬死にしたいのか? 浅はかなやつよ」


「犬死に…ですか?」


「そうだ。お前は自分が名乗り出れば武蔵殿が助かると思っているのだろうが、世の中はそんなに甘くはない。お前が役所に出れば、根掘り葉掘り全てを吐かされる。それでも武蔵殿は牢に留められたまま、お前は拷問にかけられるのが落ちだ。」


「……」


「それでもまだ犬死にではないと思うか? 本当に師匠の無実を証明したいなら、まずは自分自身を証明してみせるべきだ。役所で拷問を受けるか、あるいはこの沢庵に心を開くか、どちらが良い?」


「……」


「わしは仏の弟子だ。わしに告白しても、わしが裁くわけではない。仏の前でただ真実を話す、それだけのことだ。」


「……」


「もしそれも嫌なら、もう一つ方法がある。昨日、お前の父、青木丹左衛門と偶然会ったのだ。仏縁なのか、こうして今またお前と出会うことになったが…その父も江戸の寺へ向かった。どうせ死ぬつもりなら、せめて一度会いに行き、わしの言葉が正しいかどうか父に問うてみたらどうだ。」


「……」


「城太郎よ。お前の前には三つの道がある。わしが言った三つの選択だ。そのどれでも好きに選ぶがよい。」


 そう言い捨てて、沢庵は再び草庵の中へ戻ろうとした。その背中を見つめる城太郎の耳に、昨日の夜に聞こえた尺八の音が蘇っていた。父の吹いたあの音だったのか――。父がどんな姿で、どんな気持ちで彷徨ってきたのか、言葉にされなくても胸に込み上げてくるものがあった。


「お、待ってください!…沢庵さん、言います! 言います! 大蔵様とは決して話さぬと誓いましたが、仏様の前でなら、すべてをお話しします!」


 ふいにそう叫ぶと、城太郎は沢庵の袖を掴み、そのまま林の奥へと引き込んでいった。



 城太郎は、すべてを打ち明けた。闇夜の中で独り言のように、胸の奥底から真実を吐き出していった。


 沢庵は、最初から最後まで一言も挟まずに聞いていた。


「もう、言うべきことはありません…」


 城太郎が沈黙すると、沢庵が静かに尋ねた。


「それだけか?」


「はい、これで全部です」


「わかった」


 沢庵はそれ以上言わず、黙り込んでしまった。時間が経ち、空がほんのりと明け始め、杉林の上が水色に染まり始めた。鴉が騒がしく鳴き、周囲は薄明かりに包まれてきた。


 沢庵は、くたびれたように杉の根に腰掛け、城太郎は彼の叱責を待つかのように木にもたれて俯いていた。


「…とんでもない者たちと関わったものじゃ。この大きな天下がどこへ向かうのかもわからぬ者たちよ。しかし、まだ事を起こす前でよかった」


 沢庵が呟くと、顔つきはすでに厳しさを失っていた。懐から二枚の黄金を取り出すと、城太郎に手渡して言った。


「今すぐ旅立ちなさい。このままでは、お前自身だけでなく、親や師匠にも災難をもたらすことになる。遠くの国へ逃げなさい、できるだけ遠くへ。甲州路や木曾路は避けるんじゃ。今日は昼下がりから、関所がどこも厳しくなるだろうから」


「しかし、師匠がどうなるか…私のせいで牢に囚われてしまったのでは、このまま他国へ行くわけには…」


「そのことは、私が責任を持つ。二年、三年ほどたって騒ぎが収まったころに、再び武蔵殿を訪れ、謝罪すればよい。その時には私も手助けしよう」


「…それなら」


「待て」


「はい」


「まず江戸に寄れ。麻布村の正受庵しょうじゅあんという禅寺へ行けば、お前の父、青木丹左が昨夜たどり着いている」


「はい」


「ここに大徳寺衆の印可がある。正受庵で笠と袈裟をもらい、一時的にでも僧侶の姿になって旅に出るのだ。父と共に道中を急ぎなさい」


「なぜ、僧侶の姿にならねばならないのですか?」


「ばか者。自分が犯した罪を知らぬのか。徳川家の新将軍を狙撃し、大御所がいる駿府にまで火を放とうとしたんだぞ。この関東一帯を混乱に陥れようとする浅はかな計画に手を貸したお前は、謀反人に等しい。捕まれば、縛り首になるのは当然のことだ」


「…」


「行け。日の高くならぬうちに」


「沢庵さま。もう一つ、お聞きしたいことがあります。どうして徳川家を倒そうとする者は謀反人なのですか? 豊臣家を倒して天下を奪った者は、なぜ謀反人ではないのですか?」


「…知らん」


 沢庵は鋭い眼差しで城太郎の理屈を睨みつけた。答えがあるわけではないのだ。沢庵にとっても、この時代に逆らう者が汚名を背負い、悲運に見舞われるのは厳然たる事実だったが、その変遷に納得できる理由は彼自身も掴めていなかった。


 城太郎を承服させるには、説明ができなかったが、徳川家に歯向かう者を謀反人と呼ぶ世の中が確かに始まっていた。そして、それに逆らう者が影のように消え去っていく運命にあることも、避けられない現実であった。

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