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         番外編         Kappa hates Halloween

 容赦なく肌を焼いた日差しは鳴りを潜め、過ごしやすくなった今日この頃。あれほど騒がしかった蝉の声も聞こえなくなって久しい。しかし俺の周りは変わらず騒がしさは続いている。


 ……ていうかまじでうるせえ。


「お前は蝉か?」

「河童に決まってんだろ」

「耳元でいつまでもギャーギャーと騒ぎ立ててもハロウィンは無くならねえよ!」

「諦めんなよ! ばかやろう! お前なら出来るよ!」

「お、おう。……いや、出来ねえよ」

「お前にはがっかりだよ……」


 相変わらず河童は河童のままである。


 井戸の世界は思った以上に過酷な世界が広がっており、度々こうして現世へと英気を養いに戻っているのだが、最近の河童は本当に目に余るものがあった。


 朝から晩までハロウィンに対する持論を耳元で囁き、寝静まる頃には録音しておいたスピーチを永遠とラジカセで流してくる始末。おかげでここ一週間の平気睡眠時間は二時間を切っている。


 逆にハロウィンが好きじゃないとここまで出来ねえだろと思ってしまうほどの熱意だ。


「いいか? 最近は少し落ち着いてきたが、相変わらず一部界隈ではハロウィンなんていう外来種が猛威を振るっている。そこんとこお分かり?」

「ハロウィンは生物じゃねえ」

「もはや宇宙人だな」

「例えが複雑かつ難解なんだよ。ツッコミ辛いからやめてくんなある」

「ハナから颯太のツッコミに期待してないよ」

「……そうか」


 日に日に河童のハロウィンに対する恨みは募っていく。それに伴い俺に対する辛辣な態度も増えいく一方だ。


 明日はいよいよハロウィン当日。このままだと暴走した河童が何をしでかすか分からない。困り果てた俺は遂に決意した。


「それじゃあおやすみ」

「おやす……zzzz」


 河童は二秒で寝る。気絶に近い。これはいつものことなので何か重篤な病気を抱えている心配は無用だろう。


 俺はこの隙に手足を荒縄で固結びし、井戸の中から持ち帰った『神法・四肢呪縛〜悪あがきしたら爆☆殺』の札を顔面に叩きつけ小松屋へと足を運んだ。麗子さんに昨今の河童の悪行を告発する為だ。


 自転車を漕ぐこと数十分、視界の先に小松屋が見えてきた。


 古き良くを色濃く残すノスタルジーな小松屋は相変わらず……と言いたいところだったが、店先には大きなカボチャの置物が飾ってあり、折り紙で作ったオバケの周りには本物の人魂が漂っていた。


 こんなハロウィンハロウィンした光景を河童が目にしたら発狂すること間違いなしだ。これは奴を封印してきて正解だろう。


「あら、いらっしゃい」

「こんばんは、颯太さん」

「こんばんは」


 麗子さんは魔女のコスプレをしていた。美魔女が魔女のコスプレをしているのだ。何がなんだが分からないがセクシーな格好を眺めることが出来たのでそんなことはどうでもいいだろう。


 これが全身銀色のタイツで踵の高いガラスの靴を履き、朱色の羽根が生やしていた小松のおばちゃんと同一人物だとは到底思えない。一度炎に飛び込む姿を拝んで見たいものだ。大晦日のお焚き上げに期待するとしよう。


 最近話すようになった雀ちゃんと燕ちゃんは雀と燕の着ぐるみを身に纏っている。


 名は体を表すと聞くが、なぜこの三人は捻りのない格好をしているのだろうか。……可愛いからいいか。


「どんな御用かしら?」

「実は相談がありまして」


 俺は麗子さんにありのままを話した。最近の目に余る河童の言動やハロウィンに対する憎悪を。


「なるほどね。陽菜ちゃんったら相変わらずなのね」

「困ったものです。何か原因があれば解決の糸口になるかと思いまして」

「彼女がハロウィンを忌み嫌う理由を語るには……そうな、三日三晩を費やすことになるわ」

「あ、じゃあ、いいです」


 期待した俺が馬鹿だった。まともに見えてこの人達もかなりの変わり者だということを失念していた。頭を抱えていると後ろから肩を叩かれた。


「颯太さん。陽菜ちゃんはね、何故か昔から外国の文化を受け入れないんだよ」と燕ちゃん。


「トリック・オア・トリートって文言も気に食わないみたい。欲しいものがあるなら働いて身銭を稼ぐか、力で奪って見せなって毎年言ってるから」と雀ちゃん。


「つまりあいつなりの拘りがあるんだな」

「そうだ」

「な、なんだと!? お前……あの封印を解いたのか」


 小松屋の入り口には爆発に巻き込まれアフロになった河童が、全身煤だらけで仁王立ちしていた。


「これはもう無理なんだ。生理的に無理なんだ。自分でも分からないくらいにハロウィンが憎いんだ」


 河童の目には涙が浮かんでいる。何が河童をそこまで追い詰めているのだろう。


「そんなこと言ったって、お前常にハロウィンパーティーみたいな格好してんじゃねえか」

「……なっ!」

「そうよ陽菜ちゃん。私からすれば年がら年中ハロウィンパーティー開催中よ」

「れ、麗子さんまで!」

「あたし知ってるよ。本当は陽菜ちゃんね——」

「だ、ダメだ! 燕ちゃん、それは言ってはいけない!」

「冷やし胡瓜が無いからハロウィンの事嫌いなんだよ」

「あっちゃー! 雀ちゃん、そりゃ無いぜ!」


 話を聞いた所、以前ウキウキでトリック・オア・トリートをして村を周ったらしいが、その際冷やし胡瓜が出なかったことに腹を立て、それ以来ハロウィンを毛嫌いしているようだ。


 馬鹿丸出しである。


「だって、だって、クッキーとかチョコレートか飴玉ばっかり食べてたら口の中がパサパサになるじゃないか!」

「お前、そんな理由で俺の睡眠を妨げていたのか」

「口の中がパサパサになったら歯茎の所にお菓子が挟まって気持ち悪いじゃないか。それにクッキーに水分吸われすぎて河童のミイラになったら目も当てられない。死因がクッキーなんて真っ平ごめんだぜ」

「それはお前が意地汚く、お菓子を一気に口に入れるからだよ……」

「まあ、一理あるな」 

「燕、陽菜ちゃんのあの堂々とした態度かっこいいね」

「あんな大人になりたいね、雀」


 ……まじで言ってんの、それ。


 悪いこと言わないから目を覚した方がいいよ。お兄さんは二人の将来が本当に心配になるよ。


 しかし麗子さんもそんな二人を微笑ましく眺めている所を見ると、これに対してツッコミは不要なのだろう。


 この日を境に河童はハロウィンに対する文句を一切口にしなくなった。村の皆が気を遣って冷やし胡瓜を用意してくれるようになったからである。


「ふう、これでようやく寝れると思うと俺は一安心だよ」

「ああ。あとはクリスマスだな。あいつに限っては最近イブイブなんて訳の分からない言葉まで発生してるからな」

「河童」

「なんだい?」

「クリスマスは胡瓜を用意しよう。蝋燭もつけてやる。だから大人しく過ごしてくれないか?」

「イブイブの分まで必要になるが構わないか?」

「……分かったよ」


 バレンタインデーの分もその日の内に冷やしておくことにしよう。多少傷んだ胡瓜でも河童なら喜んでくれるに違いない。

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