最終戦
「最後の勝負は……水泳よ!」
「最後の勝負は不動さんの勝ちでいいよ。さあ、河童。森にお帰り」
「貴方って人は……」
「お前って奴は勝ち負けに無頓着すぎるだろ」
「そんなことない。負けたら悔しいし、勝てばそれなりに嬉しいさ。だけど今回に限っては違う。めんどくさいが溢れ出てしまっている」
もうこの気持ちを抑えることは出来ない。
冗談抜きで本当に億劫なのだ。
この茶番に付き合っていたらいつまで経ってもシスターの教会には辿り着けないだろう。
「しかし本来の目的である水浴びが中途半端じゃないか。確かに首は洗ってたけど、全体的にまだテカテカしてるし。それに……」
「それに?」
「まあ、なんだ……ほら。今年は猛暑だしな。颯太は思春期の男の子だし、変態のテカテカと汗が混じって雨に濡れて乾いた野良犬と同じ匂いがするのは仕方がないか。そんなんじゃ水浴びしても効果は望めなそうだし」
「なんだか猛烈に川へと飛び込みたくなってきたな。よし、三回戦と行こうじゃないか」
「待ってくれ颯太」
「なんだよ、もうやめてくれよ」
気を遣われると辛いって。
大人しく川に飛び込んでくるから、もうこれ以上は言わないでおくれよ。
「そうか、残念だな。生乾きの雑巾に納豆菌を繁殖させた匂いって言おうとしたんだが……」
言おうとして言ってんじゃねぇか。
断じて俺の匂いじゃねえぞ。
これは間違いなくあの変態のせいだ。
「泣いても笑ってもこれが最後の勝負。貴方なんかに絶対に負けないから」
負けたらもうひと勝負仕掛けてきそうで怖い。
しかし水泳か。
苦手なわけではないが……。
胡瓜料理は河童を喜ばせる為。
ボクシングは河童を守る為。
だけど水泳は奴の本領のはずだ。
ここにきて何故?
「言わずもがな、陽菜ちゃんがトンカチだからよ」
「普通はカナヅチって言うんだよ」
……って、河童が泳げない?
「嘘だろ。そんな馬鹿な」
「本当よ。陽菜ちゃんはかろうじて犬掻きが出来るだけ。半妖である彼女の河童として特質は無類の胡瓜好き、そして凄まじい腕力、ただそれだけ……」
そんなの信じられないよ。
だって太平洋が横断出来るとか豪語してたのに。
そんなんじゃホルスタインを川に引きずり込めないじゃないか。
「いつかは言おうと思ってたんだがな。実は颯太と初めて会った時もクロールの練習をしてたんだ」
だからって地面でやるな。
「その体たらくでよくも河童のキャラ付けしようとしたもんだな。胡瓜食うだけなら俺でも出来る。お前にはガッカリだ、見損なったぜ」
「そんなこと言ったら不動さんだって蕁麻疹出ないぜ。なんか儚い病弱な窓際の美少女ぶってるけどよ」
「陽菜ちゃん! それは言わない約束よ!」
「なんならこっそり小豆をコーヒー豆にすり替えても気付かなかったし」
「なんですって? も、もちろんそれはアラビカ産よね? 間違ってもロブスカ種じゃないわよね?」
「……ロブスカ種さ」
「陽菜ちゃん……貴女って人は……」
豆の種類じゃなくて、小豆がすり替わってるの気づかなかったことに危機感持った方がいいよ。
しかし話が脱線したと思ったら急に険悪な雰囲気だ。
仲の良い友人ほど喧嘩した時は拗れるものだが、この二人の場合はどうなってしまうのだろうか。
「ええい! 俺もその勝負に参戦しようじゃないか!」
「陽菜ちゃん、くるぶしほどの水位で溺れかけたの忘れたとは言わせないわよ」
「不動さんこそあんこの食べ過ぎで少しばかり増量したんじゃないか? そんな体型で水着になんてなれるのかな」
「むむ、気にしているところを」
「しかも殿方の前でその姿を晒すなんて、河童なのに泳げない俺以上にキャラが崩れちゃうだろうね。えーっと、ああ、確か小豆洗いだっけ? ま、奇をてらい過ぎて若干滑ってたし丁度良かったかもね。この際だからコーヒー豆洗いに変更することをオススメするよ」
「は、はあ? コーヒー豆洗いって……まあ、それも悪くないわね」
いよいよ本格的な言い合いに発展してきたな。
よし。
面白いからもう少し黙っておくとしよう。
「ほらな。結局、信念が無いからそうやってコーヒー豆に鞍替え出来るのさ。その点俺なんていくら貶されようと河童一筋だけどね」
「わたし知ってるわよ。陽菜ちゃんが本当はアイドル河童志望だったこと」
「な、何故それを!」
「これでも一応陽菜ちゃんの親友ですからね。金にものを言わせて色々と調べさせてもらったわ」
「なんて卑怯な子なんだ」
「今でこそ昔懐かしのハードボイルド河童目指してるみたいだけど、それも正直どうなのかしらね。信念って言葉からは陽菜ちゃんこそかけ離れていると思うけど」
「な、なにおう!」
「なによ!」
……こいつら仲良いな。
二人で「ふんっ!」って言って腕組みながら後ろ向いちゃったよ。
さてと、こんな感じだと三回戦は中止かな。
勝負はうやむやに終わり、二人には遺恨が残ったけど、これで良かったんだ。
急に結婚なんて言われて困ってたし、河童のいる暮らしも正直悪くない。
きっと爺ちゃんもこんな気持ちでこいつらと付き合っていたのだろう。
その後も小一時間ほど喧嘩は続いてましたが、昼寝をしていたらいつの間にか二人は仲直りしてました。