二回戦
不動さんとの勝負に負けるべき立ち向かった俺はまさかの勝利をおさめてしまい、河童との結婚にリーチがかかるという不測の事態に陥った。
悪いけど皮を剥いたバナナに胡瓜の皮を貼り付けるなんて世界で一番無駄な作業だと思う。
真剣に考えた末の決断だったのならば、不動さんはどうかしちゃてるだろう。
しかし河童め、とんでもないことを言いおった。
よりにもよって結婚だなんて。
河童は喋らないでじっとしている分には、美少女そのものである。
そんな子と結婚なんて出来たら、俺は果報者として周りから祝福されるだろう。
だがっ……!
奴はそんな高いポテンシャルを台無しにする生粋のおバカさんなのだ。
自らを河童だという割に、最近は着ぐるみを着ることはなく、Tシャツに河童と書くだけの適当さ。
もう俺にとってはただの人間にしか見えないのだ。
そもそも最初から信じてはいないのだが。
しかもこの河童は一度やると決めたことは必ずやり遂げるという無駄な信念を持ち合わせている。
つい先日も庭の空いたスペースに広大な胡瓜畑を一人で完成させるという偉業を成し遂げていた。
途中泣きながら畑を耕していたので、仕方なく手伝いはしたがそれにしても大した執念である。
そんな河童が口にした結婚という言葉。
嘘を言っている風には見えなかった。
ただでさえ軽い言葉では無いのに、それをあっさりと勝負事の景品のようにしてしまうなんて一体何を企んでいるのだろうか。
とにかく、次の勝負は必ず負けなければならない。
俺は矢文で気持ちを伝えるところから順番に順序よく丁寧に恋を育みたいのだ。
問題は不動さんだよ。
仕事がバリバリ出来そうな雰囲気してるくせにどうしようもないポンコツの疑いがある。
勝負の内容次第では、俺が何もしなくても勝手に相手が負けてくるまである。
頼むっ!
せめて次は彼女の得意種目を!
そして俺の苦手な種目で挑んできてくれ!
「……わたしが負けたですって?」
まだ引きずってたのかよ。
メンタルも弱いんじゃ勝負事向いてないだろ。
「こんなちんちくりんに負けたですって?」
「でもいい勝負だったんじゃないかな。俺の料理だってかなりヤバかったと思うし」
「いやあ、流石に颯太の圧勝だろ。だってあれバナナじゃんか」
「つ、次は負けないんだからっ!」
傷口に塩を塗るスタイルは嫌いでは無い。
が、今はやめてあげてほしい。
「それで次は何をするの?」
「大切な人を守るには全てを包み込む優しさと、外敵を全て排除する圧倒的な武力が必要不可欠。つまり拳闘よ」
「拳闘ってボクシングだよね。それはダメだよ」
「まさか女は殴れないなんてお決まりの台詞を吐くつもり? 舐めてもらっちゃ困るのよ。わたしプロのライセンス持ってるから。しかもB級ライセンスよ。四回戦ボーイとはわけが違うわ」
随分とたくさん資格をお持ちのようだ。
すごく嘘っぽく聞こえるが。
「令和の剛腕・シンデレラ不動だから」
「そうなんだ。でもプロって素人と戦っていいの?」
「はっ!」
「ダメでしょ」
「……大丈夫よ。記憶が無くなるまでテンプルを殴り続ければいいだけの話だもの」
「ダメでしょ」
「ええーい! なによ、この唐変木! 結局そうやって自分の得意なことばかり押し付けて意地汚く勝とうとする魂胆でしょ!?」
「今のところ不動さん主体の対決だと思うけど……」
「呆れた……ああ言えばこう言うのね。拳闘とはいえ手加減するに決まってるでしょう。わたしは手を出さないわ。貴方がわたしに一撃入れたらそれで勝ち。これなら文句はないでしょ」
「ダメでしょ」
「まだ譲歩しろと? その内、生コン一気飲みして体重増やせとか言いそうね」
そんな拷問よく思いつくな。
なんて危険な奴なんだ。
普段からそんなことばかり考えてるからこういう思考に辿り着くのだろう。
「逆ならいいよ。俺が手を出さないで不動さんの攻撃が一度でも当たればそっちの勝ち」
「……なんですって?」
「それなら俺も殴らないで済むし、殴られたとしても一発だけだろ。それならその勝負受けるよ」
「颯太それはやめた方がいいんじゃないかな」
「陽菜ちゃん止めないで。わたしこいつの息の根止めるから。プロとして」」
……怖いんだけど。
なんのプロだよ。
そんなつもりは無かったが、どうやらプライドを傷つけてしまったようだ。
「やめた方がいいと思うぞ。不動さんの一撃は岩をも穿つ威力があるんだぞ」
「まさか。脅かすなよ」
「本当だよ」
「……嘘だろ?」
「本当だよ」
ここの不法侵入者共は揃いも揃って腕力が桁違いなのは決まりごとなの?
「男に二言はないわよね。今更怖くなったなんて通用しないわよ」
「ああ、もう! 分かったよ!」
「安心なさい。一ラウンドしかやらないわ。いえ、いらないわ。痛みを感じるまでもなく葬ってあげる」
どうしてこうなった。
勝ったら地獄、負けたら天国じゃないか。
しかしこの時俺は閃いた。
天啓が降りたのだ。
ボクシングとは一ラウンド三分だ。
なんとか逃げ切れば判定に持ち込める。
つまり一撃も被弾しなければ、勝負を引き分けに持ち込めるのではと。
そうなれば勝負は三回戦に持ち込める。
そこでなんとか命の危険が無い勝負を提案し、平和的に敗北すればいいのだ。
「じゃあ今からリングを設営するわ。それまでそこの川で首でも洗って待ってなさい」
不動さんに言われるがままに川で首を丁寧に洗っていると、あっという間にリングが完成した。
それはプロが試合をするものと比べてもなんら遜色のないもので、ご丁寧に解説席も設置されていた。
これまた随分と立派なもんを作ったものだ。
きっと不動さんにDIYの勝負を仕掛けられたら俺は完敗するに違いない。
この人は自分の得意不得意を把握するところから始めた方がいいと思う。
「颯太これをつけろ」
「なにこれ」
「何って鎖帷子とフルフェイスのヘルメットだよ」
「……そんなに危ないの?」
「爺さんに会ったらよろしく言っといてくれよ」
冗談じゃない。
意地でも生きて帰ってやる。
「逃げなかったことは褒めてあげる。人間にしては肝が座っているようね」
「真剣勝負に応えないなんて男じゃないだろ」
「ふん、言うじゃない。陽菜ちゃんゴングお願い」
河童がゴングを鳴らした瞬間、目の前から不動さんの姿が忽然と消えた。
それは人間では到底不可能な動き。
かろうじて視界に残った影を追うも、時すでに遅く、不動さんは俺の懐へと潜り込んでいた。
「な、なに!?」
「颯太ー!」
死ぬ間際には走馬灯が走る。
俺はこの時まで眉唾物だと思っていたが、どうやら本当だったらしい。
周りの雑音は消え、不動さんの動きはまるでスローモーションのようになっていた。
同時に忍び寄る拳と死の気配。
絶対に助からないと心の底から思った。
そして「もうダメだ」と諦めたその時。
突然白球が視界を遮った。
縫い目まではっきりと見えた硬球は、不動さんのこめかみに直撃しリング内をてんてんと転がった。
それは彼女を卒倒させるには十分な威力であった。
「ええっー!? だ、大丈夫なのこれ!?」
「不動さん、ダウーン! なんてことだ。年金暮らしのスラッガーが放ったホームランボールがこめかみに直撃するなんて。なんとなんと大番狂せだ! やはり森には魔物が棲んでいたー!」
「呑気に実況してんじゃねえ! 医者呼べ、医者!」
「その必要は無いわ。びっくりしただけ。だけどこの勝負……わたしの負けよ」
なんで平気なの?
いや、平気で良かったけども。
しかもなんで俺の勝ちになるんだ。
こんな悲しい勝利があってたまるか。
爺さん達もパワフルすぎだろ。
そりゃ河童も避難するわ。
「だけど次は負けないわ!」
「え、でも、三本勝負でしょ」
別に勝ちたくはないが、この茶番から早く抜け出したい気持ちの方が強くなってきたし、もう終わってほしいのが本音である。
「最後の得点は……百万点よ!」
「……」
不動さん、勝つまでやる気でしょ。