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天下分け目の大決戦

 体がとてもベトベトしている。

 どうやらあの変態は体にクリームのようなものを塗っていたらしい。


 とはいえ変態の体から分泌されている毒ではなかったことが不幸中の幸いといえよう。

 奴がヤドクガエルのような性質を持っていたら、今頃僕はあの世行きだった。


 しかし安心するのは早計だ。

 気持ち悪い点という事実は変わっていない。

 早急に洗い流さなければ、いつまでもあの変態が脳内で再生されてしまう。


 うん。

 トラウマになってもおかしくないな。

 

 急いで湯浴みをしなければと思ったが、残念ながら我が家は五右衛門風呂である。

 準備に時間がかかるのだ。

 となれば、時点の庭で水浴びが次の選択肢だ。

 本来頭から水をかぶるのはごめん頂きたい行為であるが、幸い残暑厳しいこの季節だ。

 体を清めると同時に全身に涼を感じる行為は、一石二鳥と捉えてもおかしくない状況だろう。


 そうだ!

 どうせなら川で水浴びなんていいのでは?

 生活用水が混じった都会のヘドロまみれの川と違い、ここの川は清流そのものだ。


 つい先日まで川の周辺で暮らしを営んでいた河童もいることだし、穴場スポットを案内されるのも一興だろう。

 むしろそれくらいやってもらわなければ割に合わない。

 こっちは日々無償で胡瓜を大量提供しているのだから。


 昨日は浅漬けが食べたいだの、今日は良く冷やしたきゅうりを味噌につけて食べたいだの、我儘ばかり押し付けてこられるこっちの身にもなってほしい。

 今日くらいはこっちの要望を飲んでもらわないと割に合わないというものである。


「よし……河童。今日は川へと行くことにしよう。しかしなんだな。こういった風に気楽に出かけようとした時に限って知り合いに出くわし『ええー、こんな所で会うなんて奇遇だねえ。こんなことなら燕尾服に身を纏いパリッと決めて来たのに』なんてやり取りが発生するもの。それは世の理だ。必然的に発生するお決まりであり、強制的なイベントなんだ。そうとなれば体がヌメッとするのはこの際目をつぶって、ちょっと町まで出てドレスコードを整えてから向かおうじゃないか」


 よし早速出かけよう。

 思い立ったら即行動。

 これは人生を豊かで充実したものにする為には必要なファクターの一つであろう。


「なんだかんだ言って不動さんに会いたいだけだろ」


 ……フドウサン?

 不動産?


「不動……さん? ああー、もしかしてあんこを差し入れしてくれたあの可愛らしい子のこと? そんな人は全く頭に無かったよ。片隅にもね。なんなら開頭して脳内を観察してもらっても構わない。それくらい俺の中には不動さんという存在は皆無だったよ。でも、そうか……言われてみればそうだよな。確か彼女は小豆洗いだっけ? となると川にいるのは明白だ。そうなると彼女と出会ってしまうのは運命ってことになってしまうのだな。まいったな、買い物が増えてしまうじゃないか。彼女に似合う花束を取り繕ってもらわなければならない。しかし眩いほどに可憐な彼女の前にはどんな花束も霞んでしまう。自らの美しさと対比される花束に対して心を痛める姿を見るのも少し忍びない。断腸の思いだよ」


 ……おっと。

 少し喋りすぎたようだ。


「颯太……いつでも病院付き添うからな」

「優しくいうのやめてくんない?」


 というわけでさっさと支度を済ませ、ラミアさんの教会に行く前に川へと水浴びをしに行く運びとなった。


 河童が棲んでいたという川はとても綺麗な水質をしており、多種多様な生物が命を育んでいた。

 ヤマメにイワナはもちろん、ヤゴやカエルなど都会ではお目にかかれない光景が広がっている。


 いつもは暑苦しい陽射しも、木漏れ日となり優しく俺を包み込む。

 なんて癒される空間なのだろうか。

 喧騒とはまるで無関係な場所だ。

 ここには暗い顔して俯きながら歩く人々もいなければ、排気ガスを撒き散らす車も、コンクリートで造られた建造物もない。

 俗世とかけ離れたまさに桃源郷だ。


「ほら、適当に水浴びしてこい」

「お前はどうするんだ?」

「せっかく戻ってきたから荷物取りに行ってくる。すぐそこだし」

「じゃあ俺は童心に帰って川で遊ぶことにするよ」


 溺れるなよと一言残し河童は草むらへと消えていった。

 膝までの水深の川で溺れると思われているのか。

 なめられたものである。


 その時だった。

 川下からさざ波の音が聞こえてきたのだ。

 川の流れる音ではなく、さざ波。

 

 目を瞑ればサンセットの波打ち際が鮮明に浮かぶほどの心地よい感覚。

 気付いたら俺の足はその音の方向へと向かっていた。


「……あれ、春原さん?」

「ふ、ふ、ふ、ふどぅさんっ!?」


 しまった! 

 予想だにしない邂逅にふどぅさんとか言っちゃった。


「川で遊んでたんですか?」

「あ、いえ、ちょっと体がヌメヌメしてまして……いや、ぼくの体質がヌメヌメしているわけではなく——」

「あはは! 変なの」

「ははは、変ですよね。えへへ」


 かーわーいーいー!

 きゃーわぁーうぃーうぃー!

 エンジェルがプリティーで限界突破してるって。


「はい、すごく変です。ヌメヌメの体質を持っているなんてウナギとかナマズの類でしょうか。到底まともではありません。あなた人間ですよね? もしかしてウナギとナマズのハイブリット生物ですか? キメラなんですか? そうでなければ皮膚科への受診を強く推奨します。もしかしたら珍しい症例として人体実験されるかもしれませんが、医療の発展、ひいては人類の未来の為に春原さんのちっぽけな命を捧げるのはある意味ではとても有意義な使い方とも言えるでしょう」


 ……俺は何度見た目に騙されればいいのだろう。

 可愛いと思っていた分、ガッカリ感が半端では無い。


「ふん。あまりこっち見ないで頂けますか。ヌメヌメが移ります。不快です」

「な、なんでそんなに辛辣なの」

「貴方がわたしの友達を奪ったからです。陽菜ちゃんはわたしの大切な友達。なのに最近は貴方の家に入り浸り、あろうことか同棲まで始めるなんて。もう少し待ってくれれば野球好きの老人共の口腔内にこれでもかと小豆を詰め込んで撃退したっていうのに」

「そんなことしたら捕まりますよ」

「小豆洗いであるわたしが人間の法律で裁けるわけがないじゃないですか」


 仮に彼女が妖怪だとして法の裁きが下らないとしても、そんなことしたら大問題だ。

 しかもこの子本当に実行しそうで怖い。

 意外にまともな奴が多いと油断していたが、ここでまさかの真打登場か。

 一番ぶっ飛んでる可能性まであるぞ。

 どうやらこれ以上刺激しないようにこの場を離れた方が良さそうだ。


「待ちなさい、春原さん。わたしと勝負しなさい!」

「結構です。失礼します。さようなら」

「この川はわたしのテリトリー! 今や貴方は蜘蛛の巣にかかった小蝿と同じ!」


 な、なにぃ!?

 ザルに乗せられた丁度いい塩梅の小豆により奏でられたさざ波の音により俺の行動を制限しただと?


 だめだ。

 抗えない。

 どうしてもフラダンスを踊ってしまうっ!


「あはははは! いい気味ね。死ぬまで踊り続けたくなかったら勝負を受けてもらうわよ」

「い、一体なんの勝負をしろと言うんだ」

「チキチキ! 陽菜ちゃんをより喜ばせた方が勝ち! 炎の三番勝負よ!」


 な、なんだってー!

 勢いに任せて早口で捲し立て、結局勝負の内容言わないなんて卑怯だぞ!


 こうして天使の皮を被った悪魔のような不動さんとの壮絶な戦いが幕を開けるのであった!

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