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不動さん

「ごめんくださーい」


 そんな可愛らしい声が聞こえて来たのは、ちょうどお昼ご飯を食べ終えた時だった。

 可愛らしいとはいえ、この村に来てからというもの変な人にしか会っていないので、このような不意を突く訪問は心臓に悪いものがある。


 しかし意外と言っていいほどに、案外まともというか常識的な人が多くその点にはとても助けられていた。


 小松屋のおばちゃん……もとい麗子さんはとても親切だし、お巡りさんも犬の本能を刺激されなければ至って常識犬だ。

 田中さんは毎日と言っていいほど崩れ落ちた庭の岩に一日中佇んでいる。

 風情があっていいと思う。

 クラッタリングとモールス信号が少しやかましいのがたまにキズだが。

 今日はラミアさんの教会を訪ねる予定だが、彼女も凝った設定以外は特筆することはないだろう。


 だが先日改めて気づいてしまった。

 ここの住人達はやっぱり皆んな変なのだ。

 これは俺でなくては気付かなかった。

 無理はないだろう。

 それほどまでに全員この村に自然に溶け込んでいる。


 しかし遂に住人達の秘密が判明した。

 村に変人を招き入れる諸悪の根源は、何を隠そう庭にある井戸にあったのだ。


「誰がいませんかー?」


 再度、庭から声がした。

 おおかた()()やって来たのだろう。

 あの井戸の中から。


 ここ最近井戸の中からの訪問者が後を立たない。

 どうやら厳重に封印されていた井戸はどこかと繋がっているらしく、訳の分からない不思議な奴らが頻繁に出入りするようになっていた。


「はあ……まただよ」

「最近多いな。でも仕方ねえよ。ペガサスが岩蹴飛ばしちゃったんだから」

「あれってさ、結局どこと繋がってんだ?」

「さあ? 爺さんに聞いた感じ、その都度違う場所に繋がってるって云ってたぜ」

「ふーん」

「やけに冷静じゃないか」

「俺、思い出したんだ。昔あの井戸に落ちたことあるって。それで爺ちゃんに助けてもらったんだよ」

「マヌケだな」

「このやろう」

「で、死んだのか?」

「お前は何と話してるんだよ」

「地縛霊だろ」

「続き興味ない?」

「いや、あるぜ」

「なら良かった。それでさ、井戸に落ちたはずなのに何故か何も無い草原で目が覚めたんだ」

「ふうん」

「おかしいだろ。それでその世界で一年位過ごした気がするんだよ。戻って来たら五分も経ってなかったんだけどな」

「颯太……」

「なんだよ」


 まさか……河童もその世界で生まれたのか?

 だとしたらこいつの怪力も納得がいく。

 こいつはこいつで知らない世界で一人で頑張って生きて来たのだ。

 俺の知らないところで苦労してたんだな……。


 そりゃあ性格も捻くれるわ。


「悪い事言わないから俺と一緒に精神科行こう。大丈夫だよ、怖くないよ。皆んな味方だからね。それでちょっと強めのお薬貰おうか。なんならそのまま入院したっていい。そこが気に入ったらずっと住んだっていいんだ。そういう病気って自分で気づけないからタチが悪いよな。でも若いうちに気付けて良かったじゃん。俺、毎日お見舞い行くよ。花は看護師さんが水やりするの大変だから胡瓜でドライフラワー作って送るから。入院費は俺が稼ぐよ。なあに、裏闘技場で八百長すれば軽いもんさ。皆んな優しいからきっと颯太も安心して療養できるさ。でも一つだけ、これだけは言わせてくれ。あまりにも暴れたり癇癪起こすと強制的に拘束されてしまうから、そんな時は一回深呼吸をしてみるといいと思うぜ。それじゃあタクシー呼ぼうか」


 こうして俺の入院生活が始まった——。

 って、んなわけあるか。


 俺は至って正常だし……正常、なんだよな?

 くそ、カッパに早口で捲し立てられるとまるで洗脳された気分になる。

 しっかり自我を保たなければいつまで経っても奴のターンである。


「俺はまともだ」

「皆んなそう言うんだ」

「話進まないからさ、少し黙れる?」

「……目、怖」


 ったく。

 どこまで話したっけ。


「タクシー呼ぶとこまでだよ」

「ちょっとごめん。接着剤持ってくる。その口が二度と開かないようにしてやるよ」

「冗談が通じないなあ」

「とにかく! そん時にすげえ色々な人に会ったんだよ! 変な人達に!」

「なるほど。颯太が俺達に会っても冷静でいられるのは、その時の経験があったから、そういうことだな」


 恐らく……そうなんだと思う。 

 ここまで来るとそうなんだろう。


 そうでなければ庭にいる褌一丁でウサ耳つけた筋骨隆々の黒光りした変態を見たら即警察に通報するだろう。

 あの人があんなに可愛い声を出していたなんて信じられない。


「う、うーん。あれはただの変態じゃないか?」

「俺には分かる。彼は天使だ」

「颯太がそれでいいならそれでいいけど……」

「ああ、なんて可哀想に。地上の紫外線が強すぎてあんなにこんがりとした小麦色の肌に仕上がってしまっている。彼にとっても不本意な事だろう。カナリアのような美しい声が台無しだ」

「残念ながら声の正体は、あの天使の後ろに隠れている小豆洗いの不動さんの声だよ。おーい、そんなとこにいないで上がりなよ」


 で、出た!

 小豆洗いの不動さんだ!

 出来れば関わりたくなかったのに……。

 確か川のほとりで小豆を洗うおっさんみたいな妖怪だよな。

 河童と仲が良いのは、川繋がりってことか。


「ごめんね。急に来ちゃって。あんこが上手く作れたからお裾分けに来たんだ。あ、初めまして春原さん。わたし小豆洗いの不動っていいます」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「あらー、いつもありがとねー。この前のあんこも美味しかったよ。おはぎにしたんだけど最高だったよ」

「本当に? よかったー。あ、そろそろ行かなきゃ。蕁麻疹出ちゃいそう。またね!」

「気をつけて帰ってねー。今度胡瓜持ってくから川で冷やして食べようねー」

「……河童。なんだあの美少女は」

「だから不動さんだよ」

「芸能人の?」

「小豆洗いの」

「ああいう子を天使って言うんだろな」

「天使は目の前のテカテカしてる人でしょ」

「……こいつは変態だろ」


 目が覚めた俺は暴れる変態を井戸に無理やり押し込みどうにか向こう側に帰らせた。

 これだけは神に誓って言える。

 後にも先にもあそこまでの力を発揮したことはない。

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