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同棲

 あれから数日が経ち今年のお盆は終了した。


 その後何となくやる気を削がれた俺は、課題もせず家の片付けもせずに、ただダラダラと過ごしていた。

 縁側で寝っ転がり、庭を眺めるだけで一日が終わるという超絶無駄な過ごし方だ。


 ……これはいかん。

 河童が家に訪ねてくる時はなんだかんだで忙しくなるから、一人だとどうも気が抜けてしまう。

 俺は重い腰を上げ荷物の整理を始めることにした。


 しかしやる気を出した時を狙いすましたようにやってくるのが奴である。


 そしてその予感は見事に的中した。

 あと少しで荷解きが終わろうという時に、河童が縁側から松葉杖をしながら物凄い勢いでヘッドスライディングして部屋に突入して来たのだった。


 河童は薄汚れた野球のユニフォームを着ており、全身傷だらけで左目には眼帯をしていた。

 もう河童であろうとすらしていない。

 

「セーフだべ!?」

「色々とアウトなんだわ」

「リクエストだ! リクエストを要求する!」


 苦労して段ボールから出して並べていた荷物は、河童により全て薙ぎ倒されてしまった。


 こいつの嫌がらせ行為は本当にすごいと思う。

 躊躇も遠慮もせず思いついたままの妨害行為。

 この性格の悪さに並び立つ奴なんてこの世に存在するのだろうか……。


「どうすんだよこれ。畳が泥だらけじゃん」

「そっか。じゃあ今日は俺の住処にでも行くか」

「……俺は今びっくりしてるよ。まさか会話のキャッチボールも出来なくなってるなんて」

「キャッチボールだって!? 颯太って奴はなんてタイムリーな話題を振ってくるんだ。正に今日はその話をしに来たんだよ。いやあ、その慧眼にはただただ感服するばかりだ。実は昨日から俺の住処の近くで野球の練習が行われていてな。少年野球とかならまだ可愛いもんだが、全員大人でよ。それも素人が趣味でやってる割にやけに本格的なんだよ」

「そうなんだ」

「だって硬球使ってるんだぜ」

「へえー」

「それなのに球場がやけに狭くてな。おまけに全員右の強打者揃いで、しかも揃いも揃って思いっきり引っ張るもんだから、ファールボールもホームランボールも全部柵越えしてくるんだよ」

「ふーん」

「普通に考えて危ないじゃん? 幸い方向的にファールボールなら誰も住んでいない森の中へと消えていくんだけどさ、ホームランは俺の住処に飛んでくるんだよ」

「で、結局何が言いたいの?」

「硬球が左目に直撃して崖から落ちた」


 ……事件じゃねえか。


「咄嗟に甲羅へと入城してことなきを得たがな。なあに、包帯が少し大袈裟だが全部かすり傷さ」


 それ河童じゃなくて亀じゃない?


「まあ大事が無くて良かったよ。それで……何でユニフォームを?」

「野球やろうぜ!」


 そう来たか……。

 意味不明過ぎて少し怖くなってきたので、一度深呼吸してもう少し深掘りして聞いてみることにした。


 するとどうやら河童は野球で受けた屈辱は野球で返すと意気込んでいるようだった。

 川に引き摺り込んだりしないだけマシなのだろうか。


「残念ながら田中さんは球技が苦手だし、麗子さんはフラダンスしか出来ない。雀ちゃんと燕ちゃんに至ってはルールすら知らない。小豆洗いの不動さんは小豆を洗ってないと蕁麻疹が出てしまうし、お巡りさんはボールをくわえたらどこまで走っていってしまうし、シスターは蒸発してしまう」


 雀ちゃんと燕ちゃんは、どこかで聞いたことがある気もする……が、それよりも途中で耳を塞ぎたくなるような存在がいた。

 まだ変なのがいるのかよ。

 もう庭の木焼き払おうかな。

 

「まだ他にも住人はいるが俺が懇意にしているのは名前を挙げたメンバーだ。ギリギリ九人揃ってはいるが、今から全員で特訓するのはどだい無理な話。それはもちろん百も承知だ。そこで俺は考えた。あの強打者揃いのメンバーを全員三振に切って落とせば溜飲が下がるのでは、と」

「無理なんじゃない? 本格的にやってる人達なんだろ」

「いいか。いくら優秀な投手でも一人では勝利を掴み取ることは出来ない。良い投手には良い女房役がいるもんだ。颯太、お前にはマスクを被って欲しいんだよ。そうすれば向かうところ敵なしだ」


 ふむ。

 俺に捕手を務めろってことか。

 しかし……。


「このゴム製の馬の被り物被って硬球を受けるのは、名球会入りしている捕手でも無理だ」

「だからこそ颯太の出番ってわけさ」

「なんでだよ。そもそも視界が全部塞がってんだわ」

「だって颯太が怪我する分には特に問題はないから」

「あるわ」

「俺だけ左眼下骨折なんて不平等だろ。世の中がこれだけ不公平なんだ。せめて俺達は平等にいこうぜ」


 思ったより大怪我だった。

 練習よりもまず病院に行った方がいいんじゃないかな。

 ……病院?


 こいつって今回みたいに怪我した時とか、体調崩した時ってどうしてるんだろう。

 こんなにもぶっ飛んでる奴を診てくれる医者なんているのかな。

 問診票になんて書くのだろう。

 少し興味がある。

 考えてみれば名前が陽菜ということしか知らないな。


「仕方ない、付き合ってやるよ。これでも野球は少し得意なんだ。とりあえず壁当てしてみろ。横で見ててやる」

「へへっ! そうこなくっちゃ!」


 どれどれ。

 お手並み拝見だな。


「よーし! いっくぞー!」


 トルネード投法だと!?

 なんか生意気だ!


「おらぁぁぁっ!!」

「な、なんだってー!?」


 河童の投げた綺麗な回転のかかったフォーシームは壁にめり込みながらも回転を続け、焦げ臭い煙が立ち込めるほどの威力だった。

 仮にバットに当てられたとて、打者の手首が使い物にならなくなるだろうと簡単に想像させる破壊力。


「……死人出るぞ」

「肩が暖まればあの壁ぐらいは粉砕できるんだけどな」

「規格外の才能見せつけるのやめて」


 メジャー行った方がいいよ、まじで。


「へへ、腕力には自信があるんだ。ほら河童って相撲も得意だろ? 例に漏れなく俺も得意なんだけどさ。先月の闇闘技場での賭け試合で戦った総合格闘家にも鯖折りで勝ったんだぜ」

「何だその怪しい試合は」

「生活かかってるからな。手段は選べないんだよ」

「とにかく野球でのリベンジは諦めなさい。絶対怪我人出るから」

「ええー、じゃあ狸寝入りじゃんか。これじゃあ安心して家でゆっくり出来ないよ。うかうか寝てたら今度は右眼下骨折しちゃうよ。視界も人生もお先真っ暗だよ」

「どうせ土日しか野球なんてやらないだろ。そん時はうちに来ればいいよ」

「これから一年中休み無く朝から晩までやるらしいよ」

「嘘つけ」

「だって皆んな定年退職した人達だから」

「だから嘘つけ」

「本当だよ。俺の甲羅を賭けてもいい。その代わり嘘じゃなかったら家に住ませてくれよ」

「別にいいよ。絶対嘘だから」

「言ったな? 覆水盆に返らず。約束は絶対に守ってもらうぜ」


 甲羅は本当にいらないが真偽を確かめる為に球場を見に行ったところ、本当に皆さん随分とお年を召した方達でした。


「……」

「なっ? 言ったろ?」


 こうして俺はうざったい河童と一つ屋根の下で暮らすことになった。

 しかしこの時はまだ更にうざったい連中が現れるなんて想像すらしていなかった。

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