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98 そしてもう一度紡ぐ友情①


「ねえアリアさま、ちょっといいかしら。私についてきてくださる?」


 悪役令嬢カトリーアがそう声をかけてきたのは、五月に入って、ぽかぽか陽気が心地よくなってきた頃の、とある日のお昼休みだった。


 悪役令嬢がヒロインを呼び出すなど、理由はただひとつ。

 嫌がらせだ。


 何を言われるのだろう。何をされるのだろう。

 私、悪役令嬢にも王太子にももちろんその側近達にも、何かするどころか話しかけた覚えがないんですが。……記憶が消えているだけかもしれないけど。


「……わかりました」


 そう言って私が席を立つと、彼女はコツコツと靴の踵を鳴らして歩き出した。

 ほどなくして立ち止まったのは、図書館の裏にある小さなスペース。裏庭と呼ばれている場所で、ベンチや木が並ぶ落ち着いた雰囲気の場所だ。秋には、きっと美しい紅葉が見られるのだろう。


 案の定、とこっそりため息をついた。

 いじめの場所といえば校舎裏や体育館裏、体育倉庫がテンプレだ。人目につかず、静かで狭くてちょっと薄暗いところの方が雰囲気が出るのだろう。前世で何度も読んだシチュエーションだ。


 立ち止まった彼女は、こちらをくるりと振り返った。

 スカートが春の風にふわりと膨らみ、思わず見惚れてしまう。

 どんな仕草も風景も似合う美人、それが悪役令嬢カトリーア・バートネット。

 その一挙手一投足は、貴族令嬢のお手本そのものだ。美しく優雅で、隙がない。私も『ヒロインと悪役令嬢』なんていう関係でなければ、キラキラとした純粋な憧れを抱いていただろう。


「あのね、アリアさま」


 目の前の彼女は、真剣な瞳で私を見つめてくる。

 その大きなアメシストが、一瞬、潤んだように煌めいた気がした。



「ごめんなさい」



「……へ?」


 思わず間抜けな声が出た。

 優雅な、美しいお辞儀に困惑する。


 何故、謝られたのだろう。

 このシチュエーション、普通なら私が謝るものなのでは?

 記憶をなくす前の私が何か粗相をしたのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。


「この間、始業式の日……急に抱きついてしまってごめんなさい。怖がらせてしまったわよね。謝罪が遅くなってしまったことも申し訳ないわ」


 言われて思い出した。


 悪役令嬢に飛びつかれたこと。なぜか彼女が馴れ馴れしかったこと。

 そして私が口走ってしまった言葉も。


「いえ、怖いなんてそんなことはありませんでした! ただ、あまりにも急なことだったのでびっくりしてしまっただけで! 私こそ、逃げてしまってすみませんでした。ちゃんと、お話を聞いていればよかったですね……」

「いいえ、驚かせるようなことをした私が悪かったのよ。本当に、ごめんなさい」


 そう言ってカトリーアはまた頭を下げる。


「頭を上げてください! 私は大丈夫です、気にしていませんから!」


 嘘です。めちゃくちゃ気にしています。

 貴女が私に抱きついてきた理由、すごくすごく気になります。

 それから、私の最後の言葉が聞こえていなかったことを祈っています。


「そ、そう……? それならよかったわ。ところで、アリアさまとお呼びしていいかしら? 私、貴女とは仲良くしたいの」

「……!!」


 それは嬉しい提案だ。罠じゃなければ、の話だけど。

 人間の本質は信頼だとどこかで聞いたことがある。

 彼女は、信じてみてもいい気がした。


「ぜひ! 私も、カトリーアさまとお呼びしていいですか?」


 思わず、彼女の手を両手で握りしめた。


 私の異様に積極的な態度に驚いたのだろう、カトリーアさまは目を丸くする。

 その瞳の奥に、何とも言えない昏い感情がよぎったような気がした。


「ええ。これからよろしくね、アリアさま。私、『親友』とやりたいことがたくさんあるの」


 目を細めて、嬉しそうに彼女が微笑む。


「こちらこそ、不束者ですが末永くよろしくお願いいたします、カトリーアさま!」

「私こそ、末永くよろしくお願いします、だわ」


 目を合わせて二人、笑い合う。


 記憶が戻らない私は、クラスメイト達にとって扱いにくい存在のようだ。話しかけてくれる人はいても、みんなどこかよそよそしい。

 万が一にでも傷には触れるまいと、注意深くなってしまうのだろう。


 だからカトリーアさまは、記憶を失ってからの私にとって、初めてできた友達だった。

 ……もしかしたら記憶を失くす前も、友達はいなかったかもしれないが。


 こうして気さくに話しかけてくれる人がいる、それだけで元気が湧いてきた。



「そうだアリアさま、教室に戻ったら、私の婚約者の方も紹介するわね。もうご存知かもしれないけれど」

「あはは……」


 ……よーく知ってます、はい。

 なんせ、『まじらぶ』のヒーローですからね。ヒロインとくっつくお方でしたからね。


 その時、裏庭に授業開始五分前を告げる予鈴が響いた。


「戻りましょうか」

「そうですね」


 二人、並んで歩き出す。




 初めての『お友達』に浮かれていた私は、隣を歩く彼女の口元が切なく歪んでいることに気がつかなかった。



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