80 そして、戦いの幕は上がる②
ユーリさまは私を抱きしめたまま、土の地面に転がった。一回転して止まる。
私が何か言うよりも早く、シャキンと剣を振る音が聞こえた。ヘレンドさまだ。
「大丈夫か、アリア嬢?」
ユーリさまが立ち上がり、まだ地面に転がったままの私に手を差し伸べる。
「すぐそこまで魔物が迫っていたとはいえ、突然すまなかった」
「いえ……。助けてくださって、ありがとうございます」
ヘレンドさまの方を見ると、切り刻まれた魔物が塵になって消えていくところだった。
「……あれは」
「猪だ。子供はウリ坊、というのだったか。こちらも先ほどのと同じく、興奮しているようだった」
「…………」
ユーリさまの言葉に、軽い違和感を覚える。
弱らせきった魔物はあまり興奮しないはず。そんな元気も魔力もないからだ。
身体を流れる魔力は、怪我や疲労の回復に大きく影響する。故に、弱った魔物はその魔力を回復に充てているため、倒しやすいのだ。
冷静になって考えてみれば、さっき消した三頭の猪もヘレンドさまが斬ったウサギやリスやウリ坊も、みんな興奮状態だった。
怪我のリスクを下げるために、実践演習で放たれる魔物は教師総出で徹底的に弱らせてあるはず。
だから、本来、『実践演習で興奮状態の魔物に襲われる』というシチュエーションはおかしいはずなのだ。
「……ユーリさま」
重い声で呼び、彼の袖をつんと引っ張る。
「なんだ、アリア嬢」
「……大変なことが起きているかもしれません。今すぐ、花火を打ち上げていただけますか」
そう。
黒猪を退治した時には見落としていたサイン。
魔物はそういうものだと思っていたから、さして気にも留めなかった。けれど、ここが実践演習の場であることを考えれば、明らかにおかしいと断言できる。
魔物が興奮しているはずがないのだ。学園側が、そんなミスを犯すはずがない。
だから、これは。
――最終決戦はもう始まっている。
そのサインなのだ。
無意識に、制服のスカートをぎゅっと掴んでいた。
鼓動が早くなり、背筋を冷たい汗が伝う。口の中が乾いている。
ユーリさまは私のただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。無言でポーチから花火を取り出し、焼け野原のど真ん中に置いてマッチを擦った。
光の玉が、薄暗く曇った空めがけて一直線に登ってゆき、空中で炸裂した。
そのかけらが消えるのを見届けて、ユーリさまは尋ねてくる。
「アリア嬢。それで、大変なこととは?」
私は沈痛な面持ちで俯く。
「アリア! もしかして、これって」
カトリーアが駆け寄ってくる。私と同じ考えに至ったようだ。
その後ろから、殿下とユーリさまも追いかけてきた。
「……うん」
私は頷いた。そして、全員に聞こえるよう、顔を上げる。
「みんな、聞いてほしい」
一同は真剣な眼差しで頷いた。
私は、声が震えないようお腹に力を入れて言葉を紡ぐ。
「これから、きっと強大な魔物が現れます。――……私は、それを倒さないといけません。それが私の使命だと思うからです」
硬く張り詰めた声は、自然と敬語になる。
男子三人が息を呑んだ。その隣で、カトリーアは悔しそうに俯いた。
「絶対に守ります。怪我させないと誓う。だから、お願い」
私は胸の前で手を組んだ。祈るように。
いや、実際、何かに祈っているのかもしれない。縋っているのかもしれない。
「みんなの力を、貸してください」
目の前の四人は、その言葉に間髪入れず頷いた。
私は今から彼らを巻き込む。責任は私にある。自分の都合で掻き回した物語の結末を、一人で背負いきれなかった責任。
だから。
――私の大切な人達は、絶対に傷つけさせない。私の持てる力を全て使ってでも。たとえ、私がそれで倒れようとも。
決意を確かめ噛み締めたのと同時、カトリーアが叫んだ。
「魔物よ!」
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