7 魔法を教えて②
どうしたのだろうか。私は悪役令嬢に虐められる原因になるようなことはしていないはずだ。
仲良くなれている、大丈夫だろうとは思っていても、やはり心のどこかにはまだ、小説のシナリオ通りに進んでしまうかもしれないという不安がある。
「あの、アリアさま」
「何でしょう」
カトリーアにじっと見つめられ、脚が固まるのを感じた。
やはり、「目立つな」とか言われてしまうのだろうか。
緊張していると、カトリーアの口から発せられたのは、全く予想だにしなかった言葉で。
「あの、私に、魔法を教えてはくださいませんか……?」
「……は?」
ワタシニ、マホウヲ、オシエル?
「あっ、迷惑でしたらすみません……! ただ、先ほどのアリアさまの『放出』がすごくお上手だったので……。私は魔法が苦手なので、お教えいただければ、と……」
遠慮がちな言葉は、私の機嫌を伺うように恐る恐る紡がれる。
数秒かけて、やっとカトリーアの言葉の意味を理解できた。
「いえいえ迷惑なんてそんな、ただ、そう言っていただけるのは予想外だったためびっくりしてしまっただけで! 私でよければ喜んでお教えします!」
そう言うと、カトリーアはぱああっと顔を輝かせた。
「あ、ありがとう……!」
「いいえ。魔法特訓、頑張りましょう!」
「はいっ」
「後ろ、私語は厳禁だぞー」
カトリーアが頷くのと同時に、先生の声が飛んできた。その声に、授業中だったことを思い出す。
「「すみません!」」
私達はそろって謝ると、前を向いて両手を組んだ。
目を閉じると、楽しみな気持ちが溢れてきて、止まりそうにない。
「『放出』」
光が身体中から溢れ出す。体の芯が暖かくなる。頭の中に思い浮かべた映像を、魔力を使って表現する時の、独特の感覚。これらを、どうやってカトリーアに伝えようか。いつから特訓を始めるのだろうか。
前世で勉強を教えて欲しいと頼んだ時を思い出した。あの時の彼も、こんな気持ちだったのだろうか。
わくわくが身体中を光速で駆け巡って、ブワッと熱くなる。キラキラした、輝きによる熱。
もちろん不安もある。この先、小説のようにいじめられてしまう可能性もゼロじゃない。
けれど、今の私の中では、魔法について語れるという喜びの方が勝っている。
どれだけ経っても落ち着かない胸のわくわくを、私は大事に噛み締めた。
その日のお昼休み。私達二人は再び魔法練習場に来ていた。
「楽しかったわね、数学」
カトリーアが両手を上に上げて伸びをしながら言う。んっ、と声をもらすその姿は、教室では見たことのないものだ。私という他人の前なのに、完全にリラックスしている。
「私は数学苦手です……。頭がぐるぐるします……」
項垂れている私を見て、カトリーアが意外そうに言う。
「そうなの? アリアさま賢そうだし、何でもできるのかと思ってたわ」
「なぜかよく言われます。でも私、そんなに賢くないですよ。たぶん、カトリーアさまの方が賢いです」
そう言える根拠はある。まず、私自身、前世からあまり頭が良い方ではない。かといって、悪くもないが。テストでも、平均点より少し上、というところだった。
そして、これは小説内で描写があったのだが、悪役令嬢カトリーアはとても頭が良いのだ。学年でもラギリス王子やユーリと並んで三本の指に入るほどである。
「それはそうかもしれないわ。そこらの方々には私、負けなくってよ。だって小さい頃からたくさんお勉強してきたもの。王妃教育とか、王妃教育とか、王妃教育とか……」
カトリーアは胸を張って誇らしげに言い放った後、顔を顰める。どうやら王妃教育にはいい思い出がなさそうだ。
「それで、そろそろ特訓を始めようと思うのだけれど。アリアさま、ご準備はよろしくて?」
「もちろんです! ではカトリーアさま、手始めに、もう一度『放出』を見せていただけますか?」
「わかったわ」
そう言うと、カトリーアは胸の前で指を組んだ。
「『放出』」
美しい形の唇がそう唱えると同時に、カトリーアの周囲に水の渦が現れ、ぐるぐると回りだす。
なんというか、全然できないわけでもなく、よくできるわけでもなくという感じだろうか。けれど、次期王妃の彼女にとって、『普通にできる』は弱点となりえるのだろう。
ぐるぐると頭の中を駆け巡る思考から彼女を取り巻く渦に意識を戻す。ふと、数時間前を思い出した。そういえば、あの時も。
「カトリーアさま、『放出』を使う時は、どんなイメージをされていますか?」
「えっと、水がぐるぐる回るイメージよ」
その答えに、もしかしたら、と思う。
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