67 ラブハプニングなんて起こらないっ!②
そして時は過ぎ、五月二十日。花祭り当日である。
私は、寮の門の前に立ち、みんなが来るのを待っていた。楽しみすぎて、早く支度が済んでしまったのだ。
「あっ、アリア! おはよう、早いわね!」
「おはよう、カトリーア! うん、早く目が覚めちゃって。楽しみすぎて眠りが浅い……」
「私も、昨日の夜は全然眠れなかったわ。まあでも、今日はめいっぱい楽しみましょうね。ラブハプニングにも期待して!」
「何回も言うけど、そんなの無くていいから!」
「……あれ?」
街に着くと、違和感を覚えた。
「去年よりも明らかに、人が少ないわね……。それにお店も」
「まだ朝早いとはいえ、去年はもう少し賑わっていたと思うんだけど。やっぱり皆、魔物が増えているから外出を控えているのかもな」
「ああ。街の人に尋ねてみるか」
そう言って、ユーリさまは近くの花屋へと歩き出した。
「そうだ、花冠! 今年はお花をたくさん買えるように、お金を多めに持ってきたのよ。ここで作って、噴水に浮かべましょう!」
「いいね、それ! 私もやりたい」
花屋に着くと、私達はまず花を買った。
カトリーアは今年もクローバーだ。その腕に二十本以上のシロツメクサを抱えて、それでもまだ茎の長い花を選んでいる。いったい、何本買うつもりなのだろう。
殿下は去年と同じスミレの花。相変わらず、カトリーアへの愛がすごい。
ヘレンドさまは赤とピンクのガーベラ。今年も、病弱な妹君の分まで買うらしい。
私はどれにしよう、と店内を見回していると、ふと、ある花が目に留まった。
「あれ、ユーリ、今年は薄い色にするの?」
殿下の不思議そうな声に振り向くと、ユーリさまがバラを一輪手に持っていた。
「ああ。偶然目に留まっただけだ。深い意味はないから、そんなキラキラした目で見つめてくるな」
「へええ。あの濃い色しか買わなかったユーリが、ピンクねえ。へえええ」
殿下が楽しそうに口角を上げる。反対に、ユーリさまの口角がどんどん下がっていく。
「うるさい」
「へえええ。ま、自分が気に入ってるならいいんじゃない」
殿下はうふふと笑って、「カティ、何にした?」と言いながら去っていった。
改めて、ユーリさまの手の中にある花を見る。
可愛らしいピンク色の、小ぶりのバラだ。
――ピンクといえば、私の瞳の色。
彼は「深い意味なんてない」と言っていたから、期待してはいけないのはわかっている。わかっているけれど。
やっぱり、少し嬉しくなってしまう。
もしかして、彼も私に興味を持ってくれているんじゃないかと、自惚れそうになってしまう。
私は、自分の手の中の花を見た。
澄んだ水色が綺麗な、小ぶりの花。『ネモフィラ』という種類らしい。
もともとは、カトリーアと同じクローバーにして、花冠を作るつもりだったのだが、この花の水色が目に入った瞬間、これしか考えられなくなった。
世の中に青色の花は少ない。だから、ユーリさまの瞳の色と近い色の花を見つけると、自然と嬉しくなってしまうのだ。我ながら、単純だなあと思う。
レジの方を見ると、ちょうど殿下とカトリーアが会計を終えたところだった。他の二人ももう会計は終わっているようで、店頭の花を眺めている。
「お会計お願いします」
私が言うと、店主は「はいはーい」と快く返事をしてくれた。
彼女の年齢は見たところ六十代。優しげな顔に、小さな片眼鏡がきらりと光る。
「ネモフィラね。優しい青で、噴水に彩りをプラスしてくれる、いい花よね」
「一目見て、運命を感じてしまいました」
「まあ、それは嬉しいわあ。ところでお嬢さん方、学園の方?」
店主は笑顔を引っ込め、真面目な顔つきになる。
「はい、そうですが」
「なら、気をつけなさいな。王都でも最近、毎日のように魔物が現れているのよ。学園は安全だそうだけれど、街じゃあ先生方もいないし、ただでさえ貴族のお嬢さん方は、魔物が苦手な方が多いから。もし魔物を見かけたら、静かにその場を離れなさいね。攻撃してきそうになくても。おばあちゃんからの忠告よ」
「ありがとうございます。ちなみに私達、去年も花祭りに来たのですが、今年は去年と比べて、人が少なくて、街もどこか暗い雰囲気が漂っている気がして……。やはり、魔物が増えているからでしょうか」
店主は、はあとため息をついた。
「そうなのよねえ。特に若いお母さん達が、子供を連れて街を歩くのが心配だからって、おうちに引きこもっちゃうのよ。お昼になれば人も増えるだろうけど、それでも去年よりかは少ないだろうねえ」
「そうですか……早く、おさまればいいのですが」
「本当にねえ。また元の平和な生活に戻りたいわ。お嬢さん方、たくさんお花を買ってくれてありがとうね。魔法が使えるからといって油断は禁物よ。魔物に気をつけて、楽しい一日を過ごしてね」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
店主にお礼を言って、店を後にする。
「やっぱり魔物の影響か。僕達にも何かできることはないかな」
「殿下は安全なところにいてくださいっ」
魔物という危険生物に自分から向かっていくなんて、今もどこかに隠れて聞いているであろう護衛が可哀想だ。
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