65 春の限定ケーキです!
***
がやがやと、周りが騒がしい。
それも当然。なぜなら私は今、大繁盛している食堂にいるからだ。
隣には、目を輝かせて全身からわくわくオーラを発しているカトリーア。
「ああ! 楽しみだわ! 待ちきれなくてうずうずしちゃう!」
「あれからもう一年も経ったなんて、まだ信じられないなあ」
私も、うずうずを抑えきれていない。今すぐにでも、「わああああああーーーっ!」と叫びながら両手を広げて走り出したい気分だ。
「ねえアリア、何にする? 私は、アップルミントのフルーツタルト!」
そう、今日から、春の限定ケーキの期間が始まったのである。
「私は、桜とタンポポのクリームプリン! もちろんア・ラ・モードで!」
二人ともすでにテンションマックスだ。
やっと、メイドがやってきた。待ちきれず、早口でオーダーを伝える。
「私、アップルミントのフルーツタルト。飲み物は紅茶で」
「私は、桜とタンポポのクリームプリン・ア・ラ・モード、飲み物は同じく紅茶で」
「かしこまりました。ええと、そちらのお三方は……」
メイドが気まずそうに尋ねる。その瞬間、カトリーアと私の笑顔が凍りついた。
背後から、楽しげな声が注文を告げる。
「僕はザッハトルテ、夏みかんのソース添え。飲み物はコーヒーで」
「俺は菜の花のペペロンチーノ!」
「僕はいちごとラベンダーのアイスクリームと、コーヒーを」
「か、かしこまりました。少々お待ちください」
メイドが早足で厨房の方へと戻っていくのを見送って、カトリーアが呟いた。
「アリアって、桜が好きよね。どうして?」
私への質問だが、彼女は絶対に私の方を見ようとしない。凍りついた笑みをずっとその顔に貼り付けたまま、メイドが去っていった方向を見つめている。
それは答える私も同じ。カトリーアの方は振り向かず、固まってしまった笑みを浮かべたままカトリーアと同じ方を見つめる。
「日本の心かなあ。なんとなく落ち着くから」
「それは確かに、わかるわね。魂レベルで刷り込まれてるのかしら」
「あ、やっぱりカトリーアもそう思う?」
二人、目を合わせずにふふっと息を漏らす。いつもなら顔を見合わせて微笑むところだが、今は凍った笑顔が顔に張り付いていて剥がせないのだ。それに、首を動かしたくない。後ろを見たくない。だって、私達の背後には――
「ねえカトリーア、ニホンってなに?」
「だから、どうしてラギさま達がいらっしゃるのですか!」
「せっかくの女子会を楽しもうと思ってたのに!」
二人、同時に叫ぶ。
「かわいいカティがスイーツを食べるところを見たいからに決まっているだろう」
「そんな……見ても面白いものは何もありませんわよ」
顔を赤らめて俯くカトリーアが可愛い。……ではなく。
誰か、ひっつき虫と化している殿下をカトリーアから引き剥がせる人間はいないのだろうか。……いないだろうな。
なんか、こんなこと、前にもあった気がする。それも、一度ではなく。
「ラギさま、私はアリアとお話ししたいので、邪魔はしないでくださいませね」
「もちろん」
やはり、殿下の制御に関してはカトリーアが一番だ。
「お、お待たせいたしました……」
先ほどのメイドが、注文したスイーツを運んできた。
順番にテーブルに並べられていくスイーツは、まるで宝石のよう。スイーツじゃないものもひとつあるけれど。
カトリーアが早速、タルトを口に運ぶ。
「んー! 美味しい! 幸せだわ……」
「本当に。いつも思うけれど、学園の料理人は本当に腕がいいね。これも食べる? カティ」
「ええ! ぜひ!」
にこにこ笑顔の殿下が、チョコレートのケーキを一口分、フォークで刺してカトリーアに差し出す。殿下の隣でヘレンドさまは、やれやれというふうに顔を背けた。
「カティ、ほら、あーん」
「っ! ラギさま、こんなに人が多いところでそれは……!」
顔を赤くしながらも、カトリーアはパクリとフォークにかぶりついた。
本当に、カトリーアは可愛い。まじらぶと同じこのやりとりがまた見られて、私も嬉しい。
ふと、こちらを見つめるユーリさまの視線に気がついた。そして、彼が注文したものも。
「ラベンダー、でしたっけ」
「ああ。俺は甘いものをあまり食べないんだが、これならいけるだろうと思ってな。たまにはスイーツを食べてみてもいいだろう」
「ラベンダー……どんな味なんでしょう」
「一口いるか?」
「えっ、いいんですか?!」
反射的に返事をしてしまい、「あっ」と口を塞いだ。
少し、馴れ馴れしかっただろうか。
「す、すみません! やっぱり大丈夫です!」
「俺は全然構わないが」
そう言って、彼はうっすらと紫色をしたアイスクリームをスプーンにとり、差し出してきた。
心臓が早鐘を打ち始める。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「えいやっ!」と勇気を出して、差し出されたスプーンを口に入れる。
その瞬間、ラベンダーの香りが口いっぱいに広がった。
「ん、すごくラベンダー! ほのかに苦いけど、それもまた新鮮で美味しい!」
「そうだろう」
ユーリさまが満足げに笑う。
そして、また一口分、ラベンダーアイスを掬って口に入れ――
「ん?」
急に固まった。
ギギギ……と音がしそうな動きで、スプーンを器に置く。
それからたっぷり時間を置いて。
「……間接キス?」
ぼそりと呟いた。
途端に、彼と私の二人が同時に赤面する。
それを見て三人は、一斉にため息をついた。
「この天然バカップルめ……」
私は、ヘレンドさまの呟きに突っ込む余裕すらなかった。
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