55 幕間 秋の裏庭
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読書をしに図書館を訪れると、先客がいた。
アリア・ラティーア。ラギリスに「向き合え」と言われた相手だ。
ユーリ・ハントベアは近頃、アリアと共にいると、動悸がする。
それだけでも十分におかしいのだが、異変はそれにとどまらなかった。
もっと一緒にいたい、と思うようになったり。たまに彼女が他の男子生徒と話していると胸がモヤモヤしたり。彼女のことをもっと知りたいと思ったり。
とにかく変なのだ。しかしいくら考えても調べても、原因はわからない。難しい医術の本を、何冊読んだことだろう。
仕方がないのでラギリスに相談すると、「お前はもっと自分と向き合え、あとアリア嬢とも向き合え」と言われた。「散々向き合ってそれでもわからなかったら答えを教えてやる」とも。
(なんのことだかさっぱりだ)
言われたのは昨日のこと。それから散々考えているが、相変わらず謎が解ける気配はない。
そんな時に、重いものを運ぼうとしている彼女を見つけたのだ。その偶然に驚いたと当時に、チャンスだとも思った。『彼女と向き合う』にはうってつけの機会だと。
かくして二人は裏庭に行き、読書を始めた。
だが静かに本を開いていたのはほんの短い時間だけ。
しばらくすると、アリアがすうすうと気持ちよさそうに寝息を立て始めたのだ。
秋の昼下がり、風の心地よい裏庭だ。眠たくなる気持ちもわかる。
わかるのだが。
(やはり、アリア嬢は可愛い)
ユーリは、安心しきった無防備な寝顔から、視線を逸らすことができなかった。
もちろん、カトリーアだって、その他の令嬢達だって、可愛らしいとは思う。特にカトリーアは、幼馴染の贔屓心を抜きにしても、とんでもない美人だ。
しかし、アリアに対して感じる『可愛い』は、カトリーア達に対して感じるそれとは違ったものだ。
例えるなら、駆け寄ってくる仔犬を見た時の力いっぱい抱きしめたい衝動。あるいは、その仔犬が傷つかないよう己の手で守ってあげたい衝動。自分以外の人間に懐いてほしくないという思い。
そういうものを、アリアにも感じるのだ。
それを一言で表すとするならば。
(独占欲、になるのだろうか)
もちろんアリアは仔犬ではない。れっきとした、人間の少女だ。
ならばなぜ、こんなにも触れたいと思うのだろうか。
(おっと、危ない)
ふいに、アリアの上半身が傾いた。
咄嗟に肩を抱いて支える。
その時、強い衝動に駆られた。
(……このまま、彼女を離したくないな)
アリアの頭を自分の膝に乗せる。温かな重みを、長いまつ毛を、薄桃の頬を、薔薇色の唇を、どうしても意識してしまう。
また、心臓が高鳴っている。
真っ直ぐな金髪に手を伸ばした。一房摘む。
彼女は起きる気配もない。
目を閉じる。
そして顔を近づけ、その髪に柔らかなキスを落とした。
目を開いても、目の前の光景に変化はない。
しかし、自分の変化は確かに感じていた。
胸の奥でぼこぼこと湧き立つ感情。
これは紛れもない、独占欲だ。
アリアの艶やかな金髪を撫でると、
「んん……」
と気持ちよさそうに顔を綻ばせた。
「もうちょっとぉ……ふふ……」
楽しい夢でも見ているのだろうか。
愛しさが溢れて止まらない。
(――…………ああ)
わかった。
理解した。
この気持ちの名前を。
むくむくと膨らむ、この感情の理由を。
(俺は、――アリア嬢が好きなのか)
愛しい金髪を撫でる。
柔らかそうな頬に触れてみたい。明るい声を紡ぐその唇を、そっと塞いでみたい。
耳元でこの想いを囁けば、彼女はどんな反応をするだろう。どんな顔を見せてくれるだろう。
鏡など見なくとも、自分の顔に微笑が浮かんでいるのがわかる。
この感情を、大切にしたい。そう思った。
「んん……」
アリアが唸る。そろそろ目覚めそうだ。
ユーリは、もう一度、柔らかな金色に優しく口付けた。
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息抜き回です。楽しんでいただけましたら幸いです!
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次話は12月29日(月)に投稿します。




