54 秋の裏庭③
「と、ところでアリア嬢。その本、まさかひとりで寮まで運ぶつもりか?」
「そうですけど。何か問題でも?」
「君は足首を怪我しているだろう。それ、見るからに重そうだが、本当に大丈夫か?」
「頑張ります。それに、今日は良い天気なので中庭か裏庭で一冊読んで行こうと思っていましたし。読んだら返却するので、大丈夫ですよ」
中庭は本校舎とホール、特別教室棟、廊下に囲まれた日当たりが良くて広い庭だ。私がよくカトリーアと遊んでいる場所である。生徒がよく利用する場所でもあり、常に賑やかである。
そして裏庭は図書館の裏、学校の敷地の隅にある。広くはないが木が茂っていて低木や草に囲まれた、落ち着いた雰囲気の場所。静かで、ひとりで過ごすにはぴったりだ。秋のこの時期には紅葉も楽しめる。
どちらにもベンチが設置されていて、読書やお喋りを楽しめる空間である。
「……心配だ。僕が運ぼう」
「いえっ、そんな、ユーリさまのお邪魔をするわけにはいきませんし!自分で持てます!持ちます!」
「却下。怪我人は大人しくしていろ。少し待っていてくれ、すぐに貸出手続きを済ませるから」
ユーリさまはそう言うと、本棚の間へ早歩きで消えていった。
「いい子よねえ。ハントベアくん。ラティーアさん、怪我しているなら無理は禁物よ。ありがたく、運んでもらった方がいいわ」
先生にまでそう言われると、何も言えない。
「はい……」
私は大人しく頷くしかないのだった。
「アリア嬢、足首は大丈夫か? さらに痛めたりしていないか」
「大丈夫です。結局全部持っていただいてしまい、すみません」
数分後、私とユーリさまは裏庭にいた。私は手ぶら、ユーリさまは大量の本を腕いっぱいに抱えている。私の借りた本に加えて、彼も何冊も借りたためだ。その重さは相当だろう。どこも痛くない万全の状態の私でも、持ち上げられるか怪しいくらいではないだろうか。しかし、ユーリさまはなんでもないかのようにひょいっと持ち上げてしまった。
「アリア嬢が、『せめて一冊は持ちます!』なんて言いながら、一番分厚くて大きい本を取ろうとするからだろう。小石につまずいて転びでもしたらまたどこか痛めるぞ」
「だって、ユーリさま、それ絶対重いですよね……?」
「このくらい、なんともないが」
平然と答えるユーリさま。本当に、なんとも思っていないらしい。
「それより、読書をするんだろう。あのベンチに座ろう」
「はい」
裏庭にベンチはひとつしかない。そのため必然的に、私とユーリさまは隣同士で座ることになる。それぞれ借りてきた本をベンチの余った場所、両端に置けば、お互いの肩と肩が触れ合いそうだった。一度、トン、と軽くぶつかってしまい、心臓がどきりと跳ねる。
想像以上に近い距離に、なぜかずっと胸が高鳴っていた。
「は、葉っぱが綺麗ですね!」
動揺して頭が真っ白になってしまい、唐突に話を振る。
「ああ。この庭は紅葉樹が多いな。秋に来ると美しい」
「ほ、ほんとですね! 今日は空が青いので、赤が映えます! 来年も、こうやってベンチに座って、紅葉を見たいですね、ユーリさま」
頭の中がぐるぐるしているけれど、なんとか言葉を紡ぐ。
すると、ユーリさまはしばし固まった。
「…………」
そしてなぜか、気まずそうに顔を逸らすのだ。
「そ、そうだな。また来よう」
後ろから見えた耳たぶは、木々の葉と同じ、赤色をしていた。
「ほ、ほら、読書するんだろう。早くしないと、日が暮れるぞ」
と思ったら、落ち着かない手つきで本を開き、膝に乗せてそれを読み始める。
「そ、そうですね! 読みましょう!」
日が暮れる……と言っても、まだお昼の一時なのだが。まだまだ時間はある。ユーリさまも、なぜか慌てているようだ。
ふと、視界に違和感を感じた。考える間もなく、その正体はすぐにわかった。
「ユーリさま、その本、逆さまです……」
彼はまた焦った手つきで、開いた本をくるりと回した。
「アリア嬢こそ、逆さまだぞ」
言われて膝の上に視線を落とすと、確かに、私の本も逆さまだった。
***
さわさわと木々の葉が擦れる優しい音。風が涼しくて心地よい。
どこかに横たわっている。肩に当たる地面は硬い。けれど、頭の位置が少し高くなっている。地面のように硬くはないが、かといってふかふかでもない。……寝ているのはベッドではないらしい。
誰かに頭を撫でられている。
目が覚めた。
秋の木々の紅が、真っ先に目に飛び込んでくる。次に、橙色に染まり始めた空。夕暮れというには早いが、真昼間とも言えない時間のようだ。
ここは……裏庭?
私は、どうして、こんなところで寝ているのだろう。
だんだんと、思考が明瞭になっていくにつれて、自分が何をしていたかを思い出した。
――もしかして、もしかしなくても、頭に感じてるこの感触って……。
恐る恐る空の方を見上げる。
「起きたか」
「ゆゆっゆゆゆゆ、ユーリさま?!」
本を片手に、彼が声をかけてきた。
ばっと飛び起きる。その拍子に、肩から、制服のジャケットがぱさりと落ちた。これは私のじゃない。ユーリさまのだ。寝落ちしてしまった私に、かけてくれたのだろう。それだけでなく膝枕までしてもらってしまった。
ジャケットを手早く畳んで差し出す。
「すみません、いつの間にか寝てしまっていたようで! ご迷惑をおかけしました、本当にごめんなさい! 私は帰りますので、どうぞ、ごゆっくり!」
置いていた本を「よっ」と抱え、立ち上がる。
「おい、そんなに急に動いたら――!」
「っ!」
ふらついてしまった。咄嗟に左足を後ろに引き、
「いったあぁぁ!」
「だから言っただろう。怪我人は大人しくしていろ。寮の入り口までは僕が運ぶ。そのあとは、侍女かカトリーアを呼んで、手伝ってもらえ」
「はい……」
結局、一冊も読み切ることができなかったどころか、帰り道でも本を運んでもらうことになってしまった。
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