52 秋の裏庭①
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体育祭の翌日は、休息日ということで、学校は休みだった。
寮に帰った私の足首を見て、ハンナは「またお嬢様は周りを見ずいけいけどんどんで突っ込んでったのですね」とでも言いたげな呆れ顔を見せた。私ったらそんなに信用されていないのだろうか。けれど、足首を冷やす氷をこまめに変えたり、全身の疲労をとるマッサージをしてくれたりと、色々サポートしてくれたことには感謝している。
そのさらに翌日は午前授業だった。その日の放課後。
私は図書室にいた。いつものように、魔法学のコーナーにしゃがみ込んで、お目当ての本を探す。
昨日、ハンナに全身のマッサージをしてもらったから、今日は昨日の筋肉痛が嘘のように身体が軽い。分厚い本三冊だって軽々と持てそうだ。
足首の捻挫はまだ少し痛むが、腫れも引いてきたし、あと数日もすれば治るだろう。
私はいま、『物に魔法を込める』方法について書かれた本を探している。このところ、ずっと研究している魔法。誰かがもう試して、論文や本を発表しているかもしれないけれど、以前探した時にはそのようなものは見つからなかった。
別に、世界初の研究や発見をしたいわけじゃない。誰かが既に見つけた法則や作った魔法を試すのだって楽しいし、十分に価値のあることだと私は思う。新しい魔法を作って世界中から賞賛されること、それは私の目的ではないのだ。
魔法で人を笑顔にする。そのために私は魔法を使うし、魔法を作り出している。
けれど、もし、この世界が小説のシナリオ通りに進めば。近いうち、世界から笑顔が消えていくだろう。みんな、魔物に怯えて暮らしていかなくてはならなくなる。
魔物。闇属性の、魔獣のようなもの。黒くて動物のような見た目をしていて、闇の魔法を使える。けれど実際の動物のように、突進したり体当たりしたり噛みついたりする。私も、夏に、バートネット領で戦った。
シナリオでは、これから少しずつ魔物が増えていく。それに伴い、この前のように街中で遭遇したり、空を鳥のように飛んでいるのを見かけたりすることも増えていく。そして、二年生に進級する年の初夏、魔物との最終決戦が行われるのだ。
ヒロインで光属性を持つアリアは、闇属性の魔物に対抗しやすい。水魔法や火魔法、風魔法でも魔物は倒せるが、光魔法の方が魔力消費も少なく、短い時間で倒すことができるのだ。闇には光を、ということである。
そのため、原作でのアリアは、最終決戦で前線に立って戦うこととなる。最終決戦までの期間、見かけた魔物を倒していくことで魔法の実力をつけ、また王子やその側近達ともさらに仲を深めて、彼らの力も借りながら最終決戦に挑むのだ。
最終決戦は学園内で発生する。遭遇する、と言った方がいいだろうか。
二年生の初夏に行われる実践演習で、学校側が用意した魔物が文字通り強大化するのだ。アリアは運悪く、その場面に居合わせる。心優しく正義感が強い彼女は、自身の光魔法で皆を守り、魔物を倒すことを決意する。
しかし強大な魔物はそう簡単には倒すことができず、魔力をほとんど使ってやっと倒したと思ったら、魔物のボス的存在である闇の女神が現れる。アリアは王子達の力や、光の女神の力を借りて、闇の女神を消滅させるのだ。
小説でも、アリアが闇の女神を倒すシーンは感動的で、文章も挿絵も、他の戦闘シーンと比べて、迫力が圧倒的だった。読者の心に深く刻まれた名シーンだ。
そして最終決戦を終えたヒロイン達は、平穏な日常に戻る。アリアは王子と思いが通じ、恋人同士になる。学園生活最後の一年は、魔物に遭遇することもなく、甘々で平穏な日々を過ごすのだ。
けれど私は、恋愛をする気など微塵もない。だから、最終決戦で殿下や側近であるユーリさま、ヘレンどさまの力を借りなくてもいいように、強くならなければならない。もちろん、カトリーアも。守ると決めたのだから、戦場に連れていくわけにはいかないのだ。
だから、私は、強さに直結する魔法の研究を始めた。
物に魔力を込めるのもその一環だ。木剣に火魔法を込めれば、当たった物を燃やすことができる。矢に風魔法を込めれば、ロケットのように勢い良く飛ばせる。弓もいらなくなるだろう。さらに火魔法を込めれば、木剣と同じように相手に火傷を負わせたり、燃やしたりできる。水魔法なら水を撒き散らしたり、当たった相手を凍らせたりすることができる。水が苦手な動物を模る魔物には、水を『降水』よりピンポイントで当てることで、より効くかもしれない。
危険な武器だ。使いようによっては人殺しや犯罪の道具にもなり得る。戦争だって起こせるし、うまく使えば勝てるだろう。手のひらで使う魔法と比べ、威力はそのまま、込められる魔力量によっては強くなることすらあり得る。さらに遠距離攻撃が可能。使いこなすことができれば、それまでとは比べ物にならないほどの強さを手に入れられるだろう。
もちろん私は、自分の生み出した魔法が、悪い事に使われることなど望んでいない。例えば石に火魔法を込めて料理の時に火力を調節できるようにしたり、水魔法を込めてジョウロに入れて、水を汲まなくても水やりができるようにしたり。そういった、生活を便利にするものとして活用したい。
けれど世の中、強大な力があればその強さを試したくなる人もいるわけで。その力や技術を巡って争いなんかも起こるわけで。私の望む使われ方ばかりではないだろう。
もしかしたら、もう既に誰かが発明しているかもしれない。物に魔力を込められたらいいな、なんて、私だけが考えることではないだろう。このジョウロに水魔法を込められたらな、とか思って、それを成功させてしまう人だっているかもしれない。
だから、私は、本を探している。『物に魔力を込める魔法』の本を。ひとりで研究を続けるのに行き詰まったから、という理由もあるが。
きっと、この魔法は難しいから、上級以上の魔法の棚にあるはず。もしかしたら、書庫や王立図書館にあるかもしれない。
けれど、王立図書館は王城の中。国王陛下の許可がないと、王城には足を踏み入れることすらできない。
『物に魔力を込める魔法』単体での書籍は無いだろうから、上級魔法集などの本から探す必要があるだろう。それでもなければ、司書の先生に書庫からそれっぽい本を出してきてもらうか、魔法科の先生に尋ねてみよう。
そう決めて、上級魔法の本の棚を凝視しながら歩いていると。
「へぶっ」
誰かにぶつかった。
「すみません! よそ見をしていて……え」
相手を見上げて、私は固まる。
意外な人物が、そこに立っていた。
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