51 待ちに待った体育祭!⑤
「着いたぞ」
ユーリさまが言った。少しぶっきらぼうな口調だ。
「あ、ありがとうございました……」
彼の腕の中から降りようと、シャツを掴んでいた手を緩める。
「あらどうしたの、怪我?」
そのタイミングで、保健の先生が声をかけてきた。
「はい、さっきの全員リレーで、足首を痛めたようです。あ、僕はクラスメイトです」
「あらまあ。今、氷無いから、保健室まで付いて来てくれる?」
「はい」
「あちゃー、左足首、結構腫れてるわね。それじゃ、歩けないでしょう」
「はい。なので僕が、このまま抱いていていいですか?」
「いいわよお。転ばないようにね」
保健の先生は微笑むと、「じゃ、行きましょうか」と、私達の前に立って歩き出した。
その後ろを、私を抱えたユーリさまが付いていく。
「あ、ありがとうございます、すみません……」
「謝らなくていい」
そう言ったきり、私も、ユーリさまも、黙ってしまった。
無言が、なんとなく気まずい。けれど、話題など見つからなかった。
心臓がばくばくして、頭がぼーっとする。顔が熱い。
私は、また、彼のシャツをきゅっと握った。
保健室に着くと、ユーリさまは、私をそっとベッドに降ろしてくれた。私はベッドに腰掛ける姿勢になる。ユーリさまの顔は、緊張して見られない。
ごつごつした手が離れていくのを名残惜しく感じるのは、何故だろう。
「ご苦労様。手当てはやっておくから、もう戻っていいわよ」
「彼女のこと、よろしくお願いします」
先生はにっこりと微笑んだ。
ユーリさまが退室するのを見届けると、先生は棚を探って袋と包帯を取り出した。
「『製氷』」
先生が唱えると、彼女の手の中の空っぽだった袋の中に、ごつごつした何かが現れた。
氷だ。
「先生は水属性なんですね」
「そうなの。怪我の手当てしたり洗浄したりするのに便利なのよね。女神様に何度感謝したことか」
「『製氷』、真夏に氷を出して削って食べるくらいでしか使ったことありませんでした」
「普通の人はそうよ、果物や水を冷やしたり、食べたり。かき氷、ジュースをかけると美味しいわよねえ」
「はい。好物です」
「私も」
話しながら、先生は袋の口を括り、私の左足首に当てる。
ひやりと、気持ちのいい冷気が肌を撫でた。
「かなり腫れてるわね、捻挫かな。冷やして固定すれば歩けるようにはなるだろうけど、しばらくは安静ね。走ったり跳んだりしちゃダメよ」
「わかりました。気をつけます」
「それにしても、良いクラスメイトを持ったわねえ」
先生がにこにこと笑っている。
「ここまで文句も言わず運んでくれるなんて。優しい同級生ね」
「はい……。彼は本当に、良い人です。私が困ってるときに、いつも助けてくれて」
「良い子ねえ」
先生と二人、ほのぼのと微笑み合う。
そこに。
突然、ガラリと扉を開く音がして、少女が飛び込んできた。
「アリア!」
「カトリーア。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょう! もう、怪我なんかして! どうして早く言ってくれなかったの?」
「だって、心配かけたくなかったし、みんな、リレーを見て盛り上がってたから」
「リレーが終わった後でだって良かったのよ。というか貴女、まさかここまで歩いてきたの?」
カトリーアの顔がどんどん怖くなっていく。
心配してくれているのだろうけれど、何度瞬きしてみても、やっぱり、怖い。怒ってもいるのだろう。自分を相談して頼ってくれても、よかったじゃないか、と。
「ううん、違うよ。ユーリさまが運んでくれた」
「おんぶで?」
「お、お姫様抱っこ……」
それを聞いたカトリーアは、眉尻の上がった表情から一転、にんまりと笑顔を浮かべた。
「ならいいわ」
どことなく、楽しそうである。
そこに、先生が声をかけてきた。
「お二人とも、私また本部に戻るから、席を外すわね。戻ってくるから、それまでそのままベッドに座って安静にしてるのよ。立たない、歩かない、跳ばない。良いわね?」
「わかりました」
先生は笑顔で頷くと、扉の向こうに消えていった。
「そういえばカトリーア、閉会式は?いまちょうど、真っ最中なんじゃない?」
「始まる前に抜けて来たわよ、そんなの。一人くらい居なくっても気づかれないでしょ」
「そうかなあ……」
殿下が愛しの妻を探していそうな気がするけれど。
殿下を可哀想に思った。
しかしカトリーアは、そんな私の胸中などつゆ知らず。
「ねえアリア、貴女」
瞳が爛々と輝いている。
彼女の口から次に飛び出した言葉は、破壊力抜群だった。
「ユーリさまのこと、好きなんでしょ」
一瞬、私の中の全細胞が活動を停止した。
「――…………へっ!?」
「彼は気づいてないけれど、私から見ればバレバレよ。もう、赤くなっちゃって、かーわい」
顔が熱い。汗が、身体中からぶわあっと吹き出した。
「いやいやいやいや、そんなことないよ!? 好きじゃないよ、いや好きだけど、それは友達として!」
「そう? 一緒にいるとどきどきしたりきゅんきゅんしたりしない? かっこいいなって、思わない?」
「おおおおおおお思わないよ!?」
「手とか首筋とかを見て、男の子だなって思ったり、目が合うだけで恥ずかしかったり、触れられても嫌じゃなかったり」
私はぶんぶんと勢いよく首を振った。
けれど内心、とても焦っている。
カトリーアがいった感情に、心当たりなどありすぎた。ついさっきも、それを体験したところだ。
だがしかし!
私はそれを、恋だとは認めたくない。
恋じゃない。絶対。
だって、入学式のあの朝。転生した、幼かったあの日。私は決めたのだ。
――恋なんてしない。
魔法を極めたいから。それと、間違っても、原作のような、恋愛が軸の人生を送りたくはないから。魔法を人生の軸にしたかったから。
心に決めたのだから、恋なんて、するはずが、ない。
「うーん、まだ自覚が無いだけかしら……?」
カトリーアは首を傾げている。
――私は、これが恋だとは認めない。
ひとり、決意を新たにするのだった。
その決意は、近いうちにあっけなく崩れ去ることになるのだが。
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