50 待ちに待った体育祭!④
三位以降が、続々とゴールしていく。
「どっちが、勝ったんだろう」
小さく呟いた。
先ほど頭に浮かんだことなんてすっかり忘れ去って、今はリレーのことしか考えられない。
審判の先生がマイクを持つのが見えた。
「勝者――」
ぎゅっと目を瞑る。
お願い、と、組んだ手に力が籠る。
「一年A組!」
思わず、目を見開いて先生を見上げた。
クラスメイトから、わあっと歓声があがる。
私も、ちょうど視界に入ったユーリさまと手を取り合って喜びを分かち合おうと、左足を一歩踏み出して、
「あうっ」
左足から頭のてっぺんにかけて、鋭い痛みが走った。
その場に膝から崩れ落ちる。
地面にぺたりと座り込み、左足首を抑えた。
「アリア嬢!?」
ユーリさまが気づいて、駆け寄ってくる。
「やはりどこか怪我を、」
その瞳は真剣な光を灯しながら、心配そうに揺れていた。
私を頭から爪先まで、確かめるように視線を振り掛ける。
やがて、その視線は私の左手に留まった。
「足首か」
「ごめんなさい、ユーリさま。私が転んだせいで、迷惑を」
「そんなことは今はいい。それにあの程度、迷惑でもなんでもない」
「でも、ヘレンドさまにも……」
「あいつはやる気満々だったから、ちょうど良かったんじゃないか。……足首、赤いな。腫れてる。アリア嬢、立てるか?」
ユーリさまが手を差し伸べてくれる。
その手を掴んで、ぐっと引き寄せるように力をかけて、立ち上がろうとしてみたが。
「やはり、難しいか」
「すみません……」
「謝らなくていい。……少し、触れるぞ」
「はい、?」
つい頷いてしまった。その後で、思考が停止する。
……触れる? 何に?
答えが出るよりも早く、ユーリさまは私の背中と膝裏に腕を回すと、ひょいと持ち上げた。
「ひぎゃああぁぁっ!?」
びっくりして、淑女にあるまじき悲鳴をあげてしまう。
「暴れるな、じっとしててくれ。落ちる」
「な、な、ゆ、ゆーりさま、これはっ、」
「とりあえず本部テントまで運ぶ」
「お、下ろしてくださいぃ! 歩きます歩けます、今なら歩ける気がします!」
「そんなの嘘だろう。いいから、黙って運ばれてくれ」
「重いですよね……? 私、絶対、重いですよね?」
「羽より軽い」
「流石に嘘ですっ」
いつもより、ユーリさまが近い。
眼鏡の奥の長い睫毛も、少し不機嫌そうに顰められた眉も、全てがはっきりと見える。
それを意識すると、途端に、ユーリさまが『男の子』に見えてきた。背中に回された手も、指が太くてごつごつしている。
顔が熱い。血が上っている。
たまらなくなって脚をばたばたさせると、ユーリさまの身体が僅かにぐらついた。咄嗟に彼のTシャツを掴む。
「おい、だから、暴れるなと……」
ユーリさまが頭上でぼやいている。
けれど私は顔を彼の胸に埋めたまま、動くことができなかった。
掴んだシャツからは、微かに花の香りがした。香水なのか、石鹸なのか。わからないけれど、ほのかに甘い。
お互い無言のまま時間が過ぎていく。
ユーリさまは私を抱いたまま、歩みを止めない。
私はシャツに顔を押し付けたまま、ぴくりとも動かなくなっていた。
心臓の、どくどくと脈打つ音がうるさい。いつもより脈が速いし、音が大きい。
周囲の音は何も聞こえなかった。二人だけの世界が広がっているような、そんな錯覚を起こす。
彼に触れられるのは、嫌じゃなかった。
むしろ、少し、少しだけ、嬉しいかもと思ってしまう。
――もう少し。あと少しだけ、このままで。
シャツを握る手に、自然と、きゅっと力がこもった。
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