49 待ちに待った体育祭!③
バトンを受け取るとユーリさまは、ぐんぐんとスピードを上げていく。スタートダッシュだけでも目を見張るほど速かったのに、まださらに上げられるようだ。
その走る様は、目標を定めて草原を駆けるチーターのよう。思わず口をつぐんでしまうようなピリッとした空気を全身に纏い、狙ったものに向かって一直線に突き進んでいく。
グラウンド中が、しんとした。みんな、ユーリさまを見ている。見つめている。
私も、胸の前で指を組んで、彼をじっと見つめていた。
これからどうなるのだろう、このレースは誰が勝つのだろう。口を開くことが憚られるような緊張感が漂っていた。
そんな中、ユーリさまは空気を切り裂くように走る走る。
前にいた敵チームの走者を追い越し、さらにもう一人追い越し、どんどん追い上げていく。
あっという間に、四位に躍り出た。
――あと三人。
けれど、パスゾーンにもうすぐ着いてしまう。ユーリさまのゴールが近づいている。
きっと、ユーリさまが三位の走者に追いつくより早く、バトンパスがきてしまうだろう。
それを、なぜか少し残念に思った。
彼の走りをもっと見ていたい、と思った。彼のかっこいい姿を、もっとこの目に焼き付けたい。――…………かっこいい?
「ユーリさま! ファイトーー!!」
思考がぐるぐるして底なし沼にはまりそうだったので、深く考えるのをやめた。
切り替えるために、叫ぶ。静かなグラウンドに、私の声が響き渡った。それが張り詰めた空気を変えるきっかけになったのだろう、グラウンド中から再び応援が聞こえ始める。
たぶん、さっき頭に浮かんだことは、深く追求したらダメな気がする。きっと、全力で走って疲れたのと、気を抜いたら顔を顰めてしまいそうなほど足首が痛むのとで、気がおかしくなっていたのだ。うん、絶対そうだ。
ユーリさまは三位との差をなくせないまま、バトンパスゾーンに入った。
「ユーリ!」と、ヘレンドさまが手を振る。そして、ユーリさまに向かって力強く頷くと、前を向いて走り出した。
「はい!」
ユーリさまの低い声が響く。
ヘレンドさまが、後ろに手を伸ばす。バトンの先がその手のひらに触れる。それを捕まえるように、ヘレンドさまはバトンを握りしめた。
「いけ、ヘレン!」
その声に背中を押されるように、ヘレンドさまは走り出した。ぐんぐんスピードが上がっていく。その一方で、ユーリさまは減速し、足を止めた。ヘレンドさまが加速するのを見届けて、トラックの中へ歩いてくる。
息が上がっていた。はあ、はあ、と、肩を上下させている。しかしその目はヘレンドさまを見つめたまま、そらさない。
ヘレンドさまは加速しながら一人抜いた。これで、私達一年A組は三位だ。
応援の声が、さらに大きくなる。これまでで一番大きな歓声の中、ヘレンドさまはグラウンドを駆ける。その口元には、微かに笑みが浮かんでいた。勝利を確信した、そんな笑みだ。
ヘレンドさまがさらにスピードを上げたのがわかった。会場が沸く。
歓声に包まれ、ヘレンドさまはもう一人抜く。
あと一人。あと一人で、優勝だ。
しかし、先頭を走る走者もやはり速い。チームのアンカーなのだ。走るのが得意な人を選んでいるだろう。
ゴールまではもう少し。走るのはヘレンドさまのほうが速いが、二人ともがこのままのスピードを保ったままだと、A組が優勝できる確率は五分五分だろう。
――どうか女神様、我らに勝利を……!
祈るように見守る。
「ヘレン!」
カトリーアが叫んだのが、喧騒の中微かに聞こえた。
私も負けじと叫ぶ。
「ヘレンドさま!」
ゴールが近づいてくる。
ヘレンドさまが追い上げている。けれど一位の走者も後ろから近づいてくる存在があることをわかっているのか、腕を必死に振って、なんとか引き離そうとしている。彼の走るスピードが少し上がった。
あと十メートル。
ヘレンドさまが、一位と並んだ。
あと五メートル。
二人が、並走を保ったままゴールに飛び込もうとしている。
会場が、さらに沸く。
ヘレンドさまは相変わらず、口元に微笑を浮かべている。
あと三メートル。
ヘレンドさまの笑みが、深まったように見えた。
ゴールテープが切られた。
会場全体を包んでいた歓声が、すっと弱まる。
二人は、膝に手をつき、肩で息をしている。
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