48 待ちに待った体育祭!②
「位置について」
いよいよ、全員リレーのスタートだ。
私のクラスの第一走者はラギリス殿下。お手本のようなクラウチングスタートで、クラスメイトだけでなく他クラス、他学年の女子生徒達を魅了している。
全員リレーは、その名の通りクラス全員がひとり百メートルずつ走り、バトンを繋いでいく。
私の走順は後ろから三番目。後ろの二人はユーリさまとヘレンドさまだ。
「用意」
会場が、しんとした。皆、スタートの瞬間を固唾を呑んで見守っている。
パアアン!!
ピストルの音が、広いグラウンドに響き渡る。
その瞬間、一斉に応援の声が飛び交いだした。皆、他クラスに負けじと声を張り上げる。
殿下はものすごいスピードでスタートを切り、周囲の走者をぐんぐんと引き離していく。そしてあっという間に、集団の先頭に躍り出た。
「ラギさまー! いいっ! すごく良いですわ! 頑張ってくださいませーー!!」
会場全体を包む歓声の中から、ひときわ大きな声が聞こえてきた。
カトリーアだ。
「負けるな殿下!」
クラスの男子達の声も聞こえる。
「殿下! ファイトです!」
私も叫んだ。どうか殿下に届きますように、と祈りながら。
そうこうしているうちに、殿下は四百メートルトラックの四分の一を走り終えた。第二走者にバトンが渡る。
第二走者も一位のまま、次走者へのバトンパスへ。
第三走者、第四走者とレースは続いていく。
私達のクラスは二位に順位を落としていたが、それでも全九クラス中の二番目だ。かなり良い順位を保ったまま、とうとう私の前走者へバトンが渡る。
――とうとう、私の番が来てしまった。
バトンを受け取るためスタート地点に並びながら、今にも震えだしそうな膝にきゅっと力を入れる。自分の太腿を、握りしめた手で軽く叩いた。
「――大丈夫、だいじょうぶ。頑張ろうって、ユーリさまと約束したんだから」
自分に言い聞かせるように小さく呟くと、少しだけ自信が湧いてきた。
私ならできる。走りきれる。
後方を見ると、前走者の男子が走ってくるところだった。あと二、三秒で、バトンパスだ。
バトンがぐんぐん近づいてくる。
頃合いを見て、私は走りだした。
後ろにめいっぱい手を伸ばし、手のひらに当たったバトンを握る。
「がんばれっ、ラティーアさん!」
後ろで、前走者の男子が叫んでくれた。
その言葉で、さっきのユーリさまの笑顔を思い出す。背中を押してもらえた気がした。
視界の端に映る景色が、びゅんびゅんと過ぎ去っていく。
前を見る。バトンパス地点に、ユーリさまが立っているのがわかった。こちらを向いて、手を振っている。
あそこにたどり着きたい。そして彼に、このバトンを渡すんだ。
足の回転するスピードがさらに上がった気がした、その時。
「きゃっ」
私は盛大に転んでしまった。
何かに引っ掛かってしまったようだ。
思わず瞑った目を開けると、私の傍には、もうひとり女子生徒が倒れていた。
私が転ぶ時に彼女を巻き込んでしまったのか、彼女が転んだ時に私が巻き込まれてしまったのか、どちらなのかはわからない。
ただ、左の足首がズキズキと痛む。怪我をしてしまったかもしれない。私は小さく呻き声をあげた。痛くて、起き上がれない。
一緒に倒れていた女子生徒はというと、さっさと立ち上がると地面にうずくまる私を一瞥して、走り去った。
その場には私ひとりだけが取り残される。かたわらを、転がる私を避けるようにして他クラスの走者達が駆け抜けていく。
きっといま、会場は大きな歓声に包まれているのだろう。けれど私の耳はその音を捉えない。痛くて、周りの音を聞いている余裕など無かった。
どうしよう。このままじゃバトンを繋げない。笑いかけてくれた彼に、渡せないまま、励ましてくれたお礼を返せないまま終わってしまう。
視界一面に広がるグラウンドの砂と石灰の白線が滲んでいく。
――みんな、ごめんなさい。
「アリア嬢!」
声が、聞こえた。
「ゆーり、さま……?」
涙が引いていく。
「まだいける、大丈夫だ、アリア嬢! ゆっくりでいい。俺が取り返すから!」
私は立ち上がる。足首はやはり痛むけれど、不思議と、大丈夫だと思えた。
右足を一歩、踏み出してみる。続いて左足。ズキンと痛みが身体中を駆け抜け、咄嗟に顔を顰めた。
でも、いける。まだ進める。終わりじゃない。終わってない。
私は走りだした。左足を庇いながらだから、周りから見るとひょこひょこしているかもしれない。それでも一歩一歩、確実に進んでいく。
前へ。
彼のいる方へ。
彼の待つ場所へ。
「アリア! その調子よ!」
カトリーアの声が聞こえた。
「アリア嬢!」
この声は、殿下。
「俺らで取り返すから! 心配するな!」
ヘレンドさまも。
「「ラティーアさん!」」
クラスメイトの声も聞こえた。
みんなの声が、力に変わる。
走るスピードが、上がる。
ゴールに立つ彼が近づいてくる。彼は私に向かって手を振っている。そしてその手を、差し出してきた。
私も、腕をめいっぱい伸ばす。
彼の手のひらにバトンが触れる。
「ユーリさま!」
彼は笑った。あの、自信に満ちた頼もしい瞳で。
「任せろ」
そして猛スピードで走りだした。
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