39 決意②
ところで、この寮はとても広い。生徒一人一人に、2LDKの部屋が与えられている。さらに使用人棟もあるため、生徒は一人きりでリビングダイニングと二部屋の個室を使えるのだ。
貴族のための学校とはいえども、日中は学校にいる学生が一人で住むには部屋の数が多いのではないかと思う。だが、私としては、二部屋あるのはありがたい。
私は、二部屋あるうちの片方を寝室として使っている。そしてもう片方は、『研究室』と名付けた。その名の通り、魔法の研究をする部屋だ。
ひとりお茶会が終わると、私は、リビングからその部屋に続く扉を開いた。
すると目に飛び込んできたのは、本棚。部屋に入って真正面の壁に、胸までの高さの本棚が敷き詰められていて、本がぎっしり詰まっている。
この寮の部屋には、本棚がない。クローゼットや小さなキッチン、洗面などの基本的なものは一通り備わっているが、その中に本棚はなかったのだ。だからこれらの本棚は、私が部屋に運び込んだもの。背の高い本棚を選ばなかった理由は単純。上の棚に手が届かないからだ。
本棚とは反対側、扉がある方の部屋の隅には、勉強机ほどの大きさの作業台が置かれており、その上は開きっぱなしの本やノート、メモが書かれた栞、騎士団の鍛錬で使われるような木剣などが散乱している。床も同様だ。ペン、紙、傘、薬草、積み上げられた本に包丁、代償さまざまな木片まで、足の踏み場もないほどだ。
そんな足元は気にもとめず。
さて始めよう、と気合いを入れた時だった。
「おじょーさま?」
ぞくりと、嫌な寒気が背筋を伝った。周囲の気温が、三度くらい下がった気がする。低く脅すような声に身体が硬直し、心臓が早鐘を打ち出した。
恐怖を飲み込んで、恐る恐る後ろを振り向く。
私の背後、目と鼻の先に、般若のような顔をしたハンナが立っていた。
「これは、いったい、どういうことですか?」
「んぎゃっ、般若のハンニャ!」
噛んでしまった。
「何を訳のわからないこと言ってるんですか。さぁてお嬢様、研究室を作った時のお・や・く・そ・く、もちろん覚えていますよね?」
ハンナは笑顔で、ずっしりと圧をかけてくる。首の後ろを冷や汗が流れた。
私は仰け反り、カタカタと震えながら答える。
「爆発させないこと、壊さないこと、……片付けること、デス」
「よろしい。ではお嬢様、私がなぜ怒っているのかお分かりですか?」
「部屋を散らかしたままにしたからデス」
「そこに転がっている木片についても問いただし……ゴホン、お話をお聞きしたいところではございますが。まあいいでしょう。では、お嬢様が今、やるべきことは?」
「オカタヅケデス」
「はい、わかってるなら逃げてないでちゃっちゃとやっちゃってくださいね。もちろん、終わるまで魔法はなしです。掃除もきちんとすること、いいですね?」
「ハイ……」
ハンナはこれみよがしにため息をひとつつくと、リビングの方へ消えていった。
改めて、部屋に向き直る。
散乱した本、ペン、薬草、包丁などなど。これらを全て分類して片付け、さらに掃除までするとなると、一時間はかかる。いや、それだけでは済まないかもしれない。
掃除は水魔法でやるからいいとして、片付けが。これはかなり大変だ。
――逃げ出そうかな。
一瞬だけ浮かんだ誘惑を、頭を振って払う。
「仕方ない、やりますか」
私は、足元にあった紙の束に手を伸ばした。
一時間半後。
「やっと、終わったぁぁ」
はあぁぁぁと、長いため息をつく。倒れて紙と本に埋もれていた椅子に腰掛け、ぐっと伸びをした。
「風魔法が使えたら、もっと早く終わるのにぃ」
風魔法があれば、散乱した書類やら本やらを風で浮かせて運べる。立ってしゃがんでの繰り返しで腰が痛くなることもない。本当に、使える人が羨ましい。
しかしなんであれ、片付けと掃除は終わったのだ。これでやっと、研究に取り掛かれる。
私は、机の上に置いた木剣を手に取った。
手始めにと、光の魔力を込めてみる。
全身を巡る魔素が、その速さを増す。ぐるぐる、びゅんびゅん。その流れが手のひらから木剣へと、伝わっていく。身体が、白く光を放つ。少し遅れて、手の中の木剣も輝き出した。
木剣は、少しずつ輝きを増していく。まだ不安定で、時折強くなったり弱くなったりはしているが、それでもこの安定具合はこの一か月の中では最高だろう。
木剣を試しに振ってみようと、両手で握り直したその時。
「――あ」
パアァン!!
破裂音。反射的に目を強く瞑る。
カランコロンと、軽くて硬いものがたくさん転がる音がする。例えばそう、木のような。
そこで気づいた。手のひらに握る感覚が、軽い。というか、無い。
目を開けるとと、つい先ほどまで手の中にあった木剣が、跡形もなく消え去っていた。そして足元には無数の木片。
「……これは」
この先の展開が容易に想像できてしまい、意識せずとも、自然と苦い顔になる。
ガチャリと、扉の開く音がした。
「お・じょ・う・さ・ま?」
肩がびくりと跳ねた。
低い声のした方を、カタカタ震えながら恐る恐る振り向く。
そこには、ハンナが、鬼を通り越して閻魔大王のような顔で立っていた。
「んぎゃっ、般若のハンニャ!」
「訳わからないこと言ってないで、今すぐ片付けてください!」
特大の雷が落ちた。
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