37 守りたいもの③
きっと、騎士達ではこの狼の相手にならない。頭からがぶりと喰われるまではいかずとも、怪我を負うことは明白だ。全員が、ヘレンドさまの横にいるあの騎士と同じくらいの強さであれば尚更のこと。カトリーアを護りきるなんて、できないだろう。
狼は森の奥から次々に湧いてくる。斬っても斬っても倒しても倒しても終わりが見えない。これでは消耗戦になる。そうなれば、敗北するのは私達人間の方だ。
けれど、私は、見つけた。この状況を突破できる魔法を。思い出した。
迫り来る狼をキッと睨みつけて、
「だから、ここは私が」
そう呟き、両手を群れにかざす。狼が跳び上がろうとする、その寸前――
「『浄化』っ!」
力いっぱいに叫ぶ。途端に強い白い光が、両手のひらから噴き出した。その光は瞬く間に群れを包み込み、――数秒後。
光が粒となって消えると、後には塵となって消えかかっている魔物の残骸だけが残されていた。
魔法こそ使えないが、奴ら魔物には光属性の魔法が一番効くのだと、昔、何かの本で読んだことがある。それに加えて、サリヴィア先生の授業。
今やっと、思い出した。
私は、次はヘレンドさまの方へと『発射』を使って走り出す。群れに無詠唱で『渦中』を五本撃ち込み、騎士の後ろで立ち止まった。
また呪文を唱え、魔法を繰り出す。私は、強力なこの魔法を無詠唱では発動できない。
「『浄化』」
その範囲は、先ほど使ったものとは比べ物にならないほど広く、森いっぱいに。奥にいる魔物達も、まとめて倒せるように。
辺り一面が眩しい白い光に覆われ、目を瞑る。
光が消え、再び目を開くと、そこにいた魔物は一匹残らず消え去っていた。
「お、終わった……?」
「そうみたいだな」
ふう、と息を吐いた。いくら魔法を研究してきたといえど魔物との実践はこれが初めてだったので、勝ったのだという実感が湧かなかった。
魔力がごっそりとなくなっているのを感じて、また、今度は長めに息を吐いた。
「アリアァァぁぁぁ!!」
叫びながら、カトリーアが駆け寄ってきた。そのままの勢いで飛びつかれて、私はバランンスを崩してよろける。なんとかその場に踏みとどまり、私の肩に顔を埋めているカトリーアに声をかけた。
「カトリーア、どこか怪我は?打ったりとか、して――」
「アリア」
私の言葉は、途中で遮られた。
熱い涙が、私の肩を濡らす。カトリーアが、泣いている。
「もう、こんな、自分を犠牲にするようなこと、しないで……」
言葉が、しゃくりあげながら弱々しく紡がれる。
ぎゅっと、力を込めて抱きしめられた。
「大丈夫だと思ったから。それにああしないと、カトリーアを守れなかった」
「それでも、やだ……」
懇願するような声が、私の胸を容赦なく抉ってくる。
守りたいと思ってとった行動で、結果的に彼女を怖がらせて、泣かせてしまった。そのことに対する申し訳なさと悲しさが、むくむくと膨れ上がっていく。
けれど、ああする他に方法はあったのか?彼女が泣かないやり方が、あったのか?
「お願いだから、自分を、大切にして……っ」
悲痛な声だ。けれど、彼女が私を大切に思ってくれているということが、ひしひしと伝わってくる。
「――私は」
彼女が、私を大切だと思ってくれている。言葉にはしなくても、それがわかる。
そして私もまた、彼女のことが大好きなのだ。……だからこそ。
「私は、私の大切な人を、その人の笑顔を守ると決めたの。……私の何を犠牲にしてでも。それが」
ぎゅうぅっと抱きしめてくる彼女の背中に腕を回し、力強く、それでいて優しく抱きしめ返す。懐かしい温もりと鼓動が、夏物の薄い布越しに伝わってくる。
――もう、失いたくはない。
愛しさと、祈りと、後悔と、寂しさと、申し訳なさと、喜びと。かつて味わった数々の感情が複雑に絡み合い、泣きたくなるような衝動を引き起こす。
けれど、泣くことはしない。
それらはもう、終わったことだから。私達はまたこうして、この世界で出逢えたのだから。
「――それが貴女なら、尚更」
彼女の身体をより一層強く、つよく抱きしめる。
カトリーアはまだ、泣いていた。
翌日、私達は予定より三日早くバートネット領を発った。また魔物が出てきたら危険だと判断したからだ。未来の王太子夫妻をこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。
このまま学園の寮に帰ろうということになり、私達は六人掛けの大きな馬車に乗り込んだ。使用人や騎士達も別の馬車に乗って、私達は屋敷を出た。
馬車の中は、沈黙に閉ざされている。昨日の事件以来誰もほとんど喋ろうとせず、重い空気が続いていた。
「ごめんなさい」
やがて沈黙を破り声を発したのは、カトリーアだった。
「私がぜひ来てって言ったばかりに、皆を危険な目に遭わせることになってしまったわ」
「カトリーアが謝ることじゃない」
「そうだよ。誰もあの場所に魔物が出るなんて、知らなかった」
「でも、私が誘わなければっ」
「誰も怪我とかしてないし、いいんじゃないか。カティが責任を感じることじゃない」
しゅんとしたカトリーアの肩を、私は優しく抱きしめた。
王都までの道のりが、ひどく長く感じた。
***
――その時の私達はまだ、知らなかった。
公爵領の一角で起きた小さな事件が、全ての始まりの、ほんの一部分でしかなかったことを。
***【第一章 完】
これにて第一章完結です。
第二章はもう少し甘々成分と魔法が増える予定です。これからもよろしくお願いします!
次話は11月17日(月)に投稿します!
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