3 異世界転生②
***
ふわふわと、暖かいところを漂っている。
夢を、見ていた。
まだ母が生きていた頃。幼い頃の、夢。
ノックの音が聞こえた。続いて、若い女性の声。
「失礼します。アリアお嬢様、お目覚めですか?」
侍女のハンナだ。
その声に、浮遊していた意識が一気に肉体に引き戻される。
伸びをすると、ふわぁっと大きなあくびが出た。
ドアの隙間からひょこっと顔を出したハンナに、ぼんやりした声で訊き返す。
「もうそんな時間なの?」
「今日は魔法学園の入学式ですからね。このハンナ、全力でアリアお嬢様のお髪を可愛くしてみせます!」
「ありがとうハンナ。リボンは紫でお願い」
「お嬢様の美しい金髪には濃い色が映えますからね! 高い位置でポニーテールにして、前からも見えるように……いや、ハーフアップでも可愛――」
「ハンナ、急いで! 今日は早く行こうと思ってるの!」
『まじらぶ』のヒロインに転生していたと気づいてから、六年。
私は記憶が戻ってすぐ領地に引きこもり、ひたすら読書と魔法の研究をして過ごした。その結果、二つの属性の魔法を完璧に使いこなし、新しい魔法もいくつか開発した。
ヒロインではあるが、私は恋に生きる気などさらさらない。せっかく二属性かつ光持ちのヒロインに転生できたのだから、学園でも魔法に打ち込むつもりだ。
今日は『まじらぶ』のストーリーが始まる日。
原作では、ヒロインは今日、王太子と出会う。道に迷っていたところを助けてもらうのだ。
けれど。
私は小説を読んで道を知っているから、迷わない。それにもし迷っても、絶対に王太子には助けを求めない。絶対、絶対に!私が恋しないと決めているのに、向こうに恋に落ちられては困る。
校門をくぐり、人気のない道を歩いていると、曲がり道の角、ミモザの木の下に着いた。ホールに行くには、この木で曲がらなければならない。
早く寮を出たから、王子と出会ってしまう心配もない。出会いイベントがなければ、恋に落ちる確率はぐんと下がるはず。
風に吹かれて揺れた枝が、私の頭頂部を撫でた。見上げると、黄色い花をつけた枝がゆさゆさと揺れている。すっきり晴れわたった青い空に、鮮やかな黄色い花がよく映える。
春の柔らかな日差しに、そっと目を閉じた。
その時、ひときわ強い風が吹いた。風が、誰かの話し声を運んでくる。
目を開けて振り返ると、少し向こうにいたのは、一人の少女と、三人の男子。私を見て瞳を輝かせる男子達とは対照的に、真ん中にいる少女はなぜか少し元気がないように見える。
そして、彼らの姿を目にした私の元気もみるみるしぼんでいった。
ああ女神様。なぜ今、一番会いたくない人達が。
小説でもこの現実の世界でも超重要人物である、王太子とその側近、そして悪役令嬢。
彼らは二、三言話した後、こちらに歩いてくる。そして私の前まで来ると、茶色い髪の悪役令嬢が口を開いた。
彼女は真顔。というか、ちょっと強張っている気もする。
いやいやいやいや、ちょっと待ってほしい。
私はまだ何もしてないし、これから何かする気もないのだが。もしかして、王子には近づくなっていう忠告でもされるのだろうか。もうストーリーは始まっているの?
そうでないと、悪役令嬢が話しかけてくる理由なんて、いじめ目的くらいしか思いつかない。
「初めまして。私は、バートネット公爵家のカトリーア・バートネットと申します。まさか私たちよりも早い方がいらっしゃるとは思わず、驚きましたわ。よろしければ、あなたのお名前を教えてくださる?」
高位貴族の令嬢らしい、穏やかなよそゆきの笑みを浮かべた彼女は、私を向いて淑女の礼をした。さすが公爵令嬢。微笑み、足捌き、全てが完璧だ。
ブラウスは第一ボタンまで閉じられていて、リボンがふんわりと結ばれている。膝丈のスカートの裾には細やかな刺繍入りレースがあしらわれていて、彼女の家の格の高さが一目でわかった。ちなみに、制服の多少のアレンジは校則で許可されている。
私をまっすぐに見つめてくるアメジストの瞳が、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。ただその瞳の奥は、やっぱりちょっと、緊張しているようにも見受けられる。
綺麗だなあと見惚れそうになり、ぎりぎりのところで我にかえる。
……何も言われなかった?
小説では、ヒロインが初対面の王子に話しかけて、悪役令嬢にすごい勢いで迫られるのに。もしかして、私がまだ王太子と言葉を交わしていないからだろうか。
頭の中がハテナマークでいっぱいになりながらも、それを悟られないよう、細心の注意を払って返す。
「私はラティーア伯爵家のアリア・ラティーアと申します。カトリーアさま、お会いできて光栄です。今日は入学式なので、わくわくして、早く来てしまったのです」
「ああ、あの筆頭伯爵家のラティーア家のご令嬢でしたか。僕は、ラギリス・ディ・アルティウスと申します。よろしければ、ホールまで一緒に行きませんか?」
銀髪の王太子が言った。緑の瞳が、優しげに細められている。
この人とは一番関わりたくなかったんだけど。
リスクを避けるため、できれば必要最低限以上の言葉は交わしたくないところだ。
貴族や王族というものは、『笑顔の裏』に鋭い。心の内を悟られないよう、慎重に笑みを作る。
久々の貴族らしいやり取りに、緊張で手汗が吹き出した。引きこもりの田舎者にはかなりしんどい。
「では、お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」
「カティ、良いよね?」
「何も問題ありませんわ、ラギさま」
二人のやり取りに、耳を疑った。
原作では、悪役令嬢と王子はあまり親しくなかったはず。なのに、今、目の前の王子と悪役令嬢は、互いを愛称で呼ばなかったか。
どういうこと?原作の内容が変わっている?
頭の中のハテナマークが、さらに増えていく。ぎゅうぎゅうと互いを押し合って、頭が破裂しそうだ。
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