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悪役令嬢が溺愛エンドを迎えた世界に、魔法オタクが転生したら  作者: じうかえで
第一章 ヒロインらしくしなくてもいいよね?
3/67

3 異世界転生②



***



 ふわふわと、暖かいところを漂っている。

 夢を、見ていた。

 まだ母が生きていた頃。幼い頃の、夢。




 ノックの音が聞こえた。続いて、若い女性の声。


「失礼します。アリアお嬢様、お目覚めですか?」


 侍女のハンナだ。

 その声に、浮遊していた意識が一気に肉体に引き戻される。

 伸びをすると、ふわぁっと大きなあくびが出た。

 ドアの隙間からひょこっと顔を出したハンナに、ぼんやりした声で訊き返す。


「もうそんな時間なの?」

「今日は魔法学園の入学式ですからね。このハンナ、全力でアリアお嬢様のお(ぐし)を可愛くしてみせます!」

「ありがとうハンナ。リボンは紫でお願い」

「お嬢様の美しい金髪には濃い色が映えますからね! 高い位置でポニーテールにして、前からも見えるように……いや、ハーフアップでも可愛――」

「ハンナ、急いで! 今日は早く行こうと思ってるの!」




 『まじらぶ』のヒロインに転生していたと気づいてから、六年。


 私は記憶が戻ってすぐ領地に引きこもり、ひたすら読書と魔法の研究をして過ごした。その結果、二つの属性の魔法を完璧に使いこなし、新しい魔法もいくつか開発した。

 ヒロインではあるが、私は恋に生きる気などさらさらない。せっかく二属性かつ光持ちのヒロインに転生できたのだから、学園でも魔法に打ち込むつもりだ。


 今日は『まじらぶ』のストーリーが始まる日。

 原作では、ヒロインは今日、王太子と出会う。道に迷っていたところを助けてもらうのだ。

 けれど。

 私は小説を読んで道を知っているから、迷わない。それにもし迷っても、絶対に王太子には助けを求めない。絶対、絶対に!私が恋しないと決めているのに、向こうに恋に落ちられては困る。


 校門をくぐり、人気(ひとけ)のない道を歩いていると、曲がり道の角、ミモザの木の下に着いた。ホールに行くには、この木で曲がらなければならない。

 早く寮を出たから、王子と出会ってしまう心配もない。出会いイベントがなければ、恋に落ちる確率はぐんと下がるはず。


 風に吹かれて揺れた枝が、私の頭頂部を撫でた。見上げると、黄色い花をつけた枝がゆさゆさと揺れている。すっきり晴れわたった青い空に、鮮やかな黄色い花がよく映える。

 春の柔らかな日差しに、そっと目を閉じた。

 その時、ひときわ強い風が吹いた。風が、誰かの話し声を運んでくる。

 目を開けて振り返ると、少し向こうにいたのは、一人の少女と、三人の男子。私を見て瞳を輝かせる男子達とは対照的に、真ん中にいる少女はなぜか少し元気がないように見える。

 そして、彼らの姿を目にした私の元気もみるみるしぼんでいった。


 ああ女神様。なぜ今、一番会いたくない人達が。


 小説でもこの現実の世界でも超重要人物である、王太子とその側近、そして悪役令嬢。

 彼らは二、三言話した後、こちらに歩いてくる。そして私の前まで来ると、茶色い髪の悪役令嬢が口を開いた。

 彼女は真顔。というか、ちょっと強張っている気もする。


 いやいやいやいや、ちょっと待ってほしい。

 私はまだ何もしてないし、これから何かする気もないのだが。もしかして、王子には近づくなっていう忠告でもされるのだろうか。もうストーリーは始まっているの?

 そうでないと、悪役令嬢が話しかけてくる理由なんて、いじめ目的くらいしか思いつかない。


「初めまして。私は、バートネット公爵家のカトリーア・バートネットと申します。まさか私たちよりも早い方がいらっしゃるとは思わず、驚きましたわ。よろしければ、あなたのお名前を教えてくださる?」


 高位貴族の令嬢らしい、穏やかなよそゆきの笑みを浮かべた彼女は、私を向いて淑女の礼をした。さすが公爵令嬢。微笑み、足捌き、全てが完璧だ。

 ブラウスは第一ボタンまで閉じられていて、リボンがふんわりと結ばれている。膝丈のスカートの裾には細やかな刺繍入りレースがあしらわれていて、彼女の家の格の高さが一目でわかった。ちなみに、制服の多少のアレンジは校則で許可されている。

 私をまっすぐに見つめてくるアメジストの瞳が、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。ただその瞳の奥は、やっぱりちょっと、緊張しているようにも見受けられる。

 綺麗だなあと見惚れそうになり、ぎりぎりのところで我にかえる。


 ……何も言われなかった?


 小説では、ヒロインが初対面の王子に話しかけて、悪役令嬢にすごい勢いで迫られるのに。もしかして、私がまだ王太子と言葉を交わしていないからだろうか。

 頭の中がハテナマークでいっぱいになりながらも、それを悟られないよう、細心の注意を払って返す。


「私はラティーア伯爵家のアリア・ラティーアと申します。カトリーアさま、お会いできて光栄です。今日は入学式なので、わくわくして、早く来てしまったのです」

「ああ、あの筆頭伯爵家のラティーア家のご令嬢でしたか。僕は、ラギリス・ディ・アルティウスと申します。よろしければ、ホールまで一緒に行きませんか?」


 銀髪の王太子が言った。緑の瞳が、優しげに細められている。


 この人とは一番関わりたくなかったんだけど。

 リスクを避けるため、できれば必要最低限以上の言葉は交わしたくないところだ。


 貴族や王族というものは、『笑顔の裏』に鋭い。心の内を悟られないよう、慎重に笑みを作る。

 久々の貴族らしいやり取りに、緊張で手汗が吹き出した。引きこもりの田舎者にはかなりしんどい。


「では、お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」

「カティ、良いよね?」

「何も問題ありませんわ、ラギさま」


 二人のやり取りに、耳を疑った。

 原作では、悪役令嬢と王子はあまり親しくなかったはず。なのに、今、目の前の王子と悪役令嬢は、互いを愛称で呼ばなかったか。


 どういうこと?原作の内容が変わっている?

 頭の中のハテナマークが、さらに増えていく。ぎゅうぎゅうと互いを押し合って、頭が破裂しそうだ。


お読みいただきありがとうございます!


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