29 二人の秘密①
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翌日。
明日には殿下達が来るということで、今日はクッションやコースターに刺繍をしようという話になった。
右手で糸を通した針を摘み、すいすいと手を動かすカトリーアさまの動きには、慣れが見て取れる。彼女曰く、「昔、王妃教育で散々やったから」だそうだが、それだけでなく、彼女自身の努力もあるのだろう。それに対して、私はというと、針を刺しては抜いて、刺しては抜いてを繰り返している。
「どうしたらそんなにうまくできるんですかっ」
「うーん、練習? 私は王妃教育で散々やらされたから」
顔を顰めて言うカトリーアさま。やはり、王妃教育にはあまり良い思い出がないのだろう。
「そんなことより、アリアさま! 今日は二人きりでしかできない話をしたいの」
なぜかハイテンションのカトリーアさま。
ハンナは現在、リンさんに公爵家のメイドの仕事を教えてもらっていて、部屋にはいない。彼女曰く、公爵家使用人のスゴ技術を学びたい、とのことだ。
「何ですか、二人きりでしかできない話って」
「それはズバリ! 前世の話よ!」
「まじらぶの話ではなく、ですか?」
「もちろん! 私が聞きたいのは、前世の人生の話よ。だって語れる人がアリアさましかいないんだもの。懐かしさに浸りたいわあ。電子レンジ、この世界にも欲しいわよねぇ」
「毒見された後のご飯って冷めちゃってますもんね。で、前世の話ですか。いいですよ。誰もいませんし」
「じゃあ早速! 質問形式でいい?」
「どうぞ」
そう言うと、カトリーアさまは瞳を爛々と輝かせて顔をずいっと近づけてきた。
刺繍の指導も忘れない。
「ちなみにアリアさま、そこは左じゃなくて右よ。こう刺すの」
「なるほど。ありがとうございます」
「じゃあまず質問その一! アリアさまは、亡くなった時何歳でしたか!」
「十七歳です。いきなりその質問からいくんですね」
「ってことは、高校二年生? 私も一緒だわ! 生まれた年は?」
「平成二十年です」
「あら、じゃあ私の方が少しお姉さんね。じゃあ、住んでたとこは?」
「東京です」
「これも一緒ね! 私達、どこかで会ってるかもしれないわね」
「だったら面白いですね。まあ、東京に住んでる人なんかいっぱいいますけどね……」
私達がどちらも東京に住んでいたからといって、出会っているとは限らない。日本一の人口を誇る大都市の住人の一人だった、ただそれだけのことなのだ。
それに、もし出会っていたとしても、覚えているだろうか。
たった十七年しか生きていなくても、数えきれないほどの人と出会って別れているのだ。その全員を覚えておくなど不可能。
でも、もしどこかで会っていたとしたら、それはとても素敵なことだと思った。
「次は、思い出させちゃうかもしれないけど……死因は?」
「大丈夫ですよ。病死です。体が弱かったので。でも高校生活は満喫できました」
「高校での思い出は?」
「高二の文化祭ですね。それまでクラスメイトとはほとんど話さなかったんですけど、文化祭をきっかけに仲良くなれました」
「へえー。何したの?」
「劇です。私は脇役だったんですけど、道具係も兼任してて」
「じゃあかなり大変だったんじゃない?」
「けど、友達が助けてくれたので、何とかなりました」
前世、生まれて初めて『友達』と呼んだ、彼と彼女の顔を思い浮かべる。
私が忙しい時や倒れた時はいつも助けてくれた。いつも迷惑をかけっぱなしだった。
彼らは今も元気に暮らしているだろうか。何歳になっているのだろうか。恋や結婚はしているのだろうか。私のことを、覚えていてくれているだろうか。
思い出すと、寂しさが胸をちくんと刺した。その痛みに、少し俯く。
「アリアさま」
顔を上げると、カトリーアさまのにやりと笑った顔があった。
「その友達って、男の子でしょ」
「なっ」
その確信を持った表情を見て、隠すのは無理だと悟った私は、渋々頷く。
「そうですけど」
彼女が紫色の瞳を爛々と輝かせて詰め寄ってくるものだから、「女の子もいますよ」という言葉はすっかり引っ込んでしまった。
「彼氏? 彼氏?」
「そんなんじゃありません。全くもって、違います!」
「えーほんとかなあ」
カトリーアさまは、ニヤニヤした顔をやめない。
私は、鼻の先がくっつきそうなほど顔を近づけてきていたカトリーアさまの肩を掴むと、ぐいっと引き離した。
「ちぇ〜」と不満げに唇を尖らせる彼女の頬に、両手の人差し指をぐりぐりとめり込ませる。
「ほ、ほら、私のことなんてどうでもいいじゃないですかっ。それより、カトリーアさまは何歳だったんですか」
「あ、ありあひゃま、いひゃいいひゃい!」
結局、頬ぐりぐりは、彼女の涙目の抗議に免じてやめてあげた。
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次話は明日18:00に投稿します。
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