25 バートネット公爵家へ①
夏休みが始まって、十日ほどが経過した。
私は今、馬車に揺られている。朝八時に領地の屋敷を出発し、乗車してからもうかれこれ八時間は経ったと思うのだが、まだ到着する気配は一向にない。
それもそうだ。ラティーア家の領地は王都から馬車で四時間ほど。国の中では王都に近い方ではあるが、今向かっているのは王都ではなく、それを挟んで反対側にある、バートネット公爵家の領地なのだ。
アルティウス王国一の広さを誇るバートネット領は、馬車で通り抜けるのにも一番短い道で四時間はかかるらしく、その広さや地域によって違う気候を生かして、様々な作物を育てているのだとか。
なぜ私がバートネット領に向かっているのか。
それは、一学期の終業式の日の、朝の教室でのカトリーアさまの一言が発端だった。
「あーあ、今日からしばらくアリアさまに会えないのね」
残念そうな声で、カトリーアさまは言った。
朝のホームルームが始まる前の教室は、明日から始まる夏休みへの期待に満ちていた。皆、初めての夏休みをどう過ごすかで頭がいっぱいなのである。
「確かに、それはちょっと寂しいね」
カトリーアさまの言葉に同意の言葉を発したのはラギリス殿下。その隣で机に座っているヘレンドさまやユーリさまも、うんうんと頷く。
「アリアさま、夏休みはどう過ごす予定なの?」
「私は、明日から領地に帰る予定です。しばらくのんびりした後は王都の屋敷で二、三日過ごしてから寮に戻ろうかと」
「あら。ラティーア領に突撃しようかと思っていたけれど、アリアさまののんびりタイムにお邪魔するのは申し訳ないわね……。約束もなくお邪魔しても迷惑になるでしょうし」
「私は全然構わないのですが、うちの使用人達が慌てふためくでしょうね……。なにせ、公爵令嬢さまがいらっしゃるのですから」
顎に手を当ててうーんと悩むカトリーアさま。そこに、いいことを思いついたと言わんばかりの嬉しそうな声で、ヘレンドさまが言った。
「それなら、カティの家に招待したらいいじゃん!」
「却下」
だが、その言葉は速攻であっけなく突き落とされる。
「考えてもみなさい。ラティーア領はうちの領地とは王都を挟んで反対側なのよ? 屋敷まで来ようと思ったら、十時間はかかるわ。いつもうるさくて疲れることを知らないヘレンならともかく、アリアさまにそんなことをさせたら疲れちゃうでしょ。申し訳ないわ」
「今のは、元気いっぱいという褒め言葉として受け取っていいのか?」
「好きにして。とにかく、アリアさまにバートネット領に来てもらうのはナシよ」
カトリーアさまはそう言うと、はあと溜め息を吐いた。
だが。
「私なら、行ってもいいですよ」
「え」
「私は別に、十時間馬車でも大丈夫ですし、お泊まりであれば、その後直接王都に戻れば領地に帰らなくて済みますしね。それに、私も、夏休みもカトリーアさまとお会いしたいです」
「っアリアさま、本当に、いいの……?」
「はい」
私が頷くと、カトリーアさまは嬉しそうに目を輝かせた。
「やった! じゃあ十日後くらいに、うちで避暑会をしましょう! お泊まり会よ、お泊まり会!」
「楽しそうだし、僕らも行っていい?」
「え、ダメですわ。これはアリアさまとの女子会ですもの」
「でも、毎年夏にはバートネット家にお邪魔してるのに、今年行かなければ父上や大臣達に不仲を疑われるかもよ? そうなったら、弁解が大変だなー」
「うぐぅ……」
殿下の棒読みの言葉に、悔しそうな表情をするカトリーアさま。
そんな心配などせずとも二人の仲は一目瞭然だと思うのだが。そんなことは自覚のない彼女は、ついに殿下の期待のこもった視線に根負けしたようで、まだ少し嫌そうな表情をしたまま、「わかりました」と言った。
「ただし、アリアさまよりも後に来てくださいね!」
「じゃあ、十三日後にバートネット領にお邪魔するね。ヘレンとユーリも一緒に」
「しょうがないわね、それで許してあげるわ」
こうして、私はバートネット家にお邪魔することになった。前世を合わせても初めての友達とのお泊まり会に、想像するだけで胸が高鳴る。女子同士、楽しくおしゃべりしながらお茶をしたり、刺繍をしたり、魔法を教えたり。バートネット領には大きな湖があるらしいから、水着で遊んだりもするのだろうか。夜更かしして恋バナをしたりも……?
どうやって過ごすか妄想していたら、正面に座るハンナに「お嬢様、楽しみなのはわかりますが、危ないのでお座りください」と言われてしまった。いつの間にか、立ち上がってしまっていたようだ。
本を読んだり景色を見たりしているうちに馬車は王都を抜け、公爵領に入った。
「本も読み終わってしまったし、魔法の練習でもしようかしら」
「おやめくださいお嬢様。もし失敗して馬車が破裂でもしたら、私はどんな顔をすればいいんですか。私は三時間は余裕で歩けますが、お嬢様にはそんな体力ありませんよね」
「いつもみたいに呆れた顔をすればいいんじゃない?」
「貴女に日々の行いを反省する気が微塵もないことはよくわかりました」
「えへ?」
「えへ、じゃないです。ともかく、破裂したり暴走したりするような魔法はやめてください。本当に、馬車が吹き飛びかねないので。『放出』とかにしてください」
「わかってるって」
「当然ですが、攻撃魔法もやめてくださいね。まだ死にたくありません」
「なんで私がハンナに向かって撃つ前提なのよ」
「私に撃たなくても、お嬢様の攻撃魔法は威力がおかしいので、馬車が崩壊します」
「それは全力で撃てばの話でしょ」
「全力かどうかに関わらず、金輪際、室内での攻撃魔法の発射はやめてくださいね。建物が半壊します」
「だから寮に入ってからはやってないじゃん。わかった、『放出』ならいいんでしょ」
そう言うが早いか、両手の指にくっと力を込めた。同時に、全身を取り巻く螺旋状の光の線が現れる。授業の時とは違い、手は組んでいないし、詠唱もしていない。授業で実力を見せてしまうと、噂になってしまって対処が大変になるだろうと思い、渋々力をおさえているのだ。カトリーアさまに魔法を教えるときは無詠唱で使うこともあるが、しっかり口止めをしている。
次の魔法を発動しようと、左手をめいっぱい開く。『陽光』だ。頭上、馬車の天井から暖かな光が降り注いだ。さらに虹を出そうと、水魔法を使おうと思ったが。
「あ、ひとつ言い忘れてましたが、馬車内がびしょびしょになるような魔法もやめてくださいね。例えば、今やろうとしている『降水』とか」
「うっ」
渋々、上に伸ばそうとしていた腕を引っ込めた。ハンナは時々、とても鋭い。
「『製氷』……」
仕方がないので、手のひらから小さな氷の粒を出して馬車の中をぐるぐるとかき回す。氷が解けないように形を維持しながら移動させ続けるのは、少し前に習得した、そこそこ難しい技だ。
「あ、これいいですね。涼しい。どうせなら、もう少し負荷をかけましょうか」
ハンナは、馬車の四隅と真ん中に小さな火を灯した。室内の温度が上がり、魔力の減りが僅かに加速するのを感じた。
ハンナが扱う属性は火。私が氷を使った魔法を練習していると、よく今のように火を灯したり、氷にぶつけたりしてくる。それがまた、氷を維持するいい練習になるのだ。
「よし、ではこのまま、バートネット家の屋敷まで続けましょうか」
氷を一つ捕まえ、両手で包み込んだハンナは、涼しい顔で言った。氷を動かそうとしても、ハンナの手で押さえられて動かない。何度も挑戦しているうちに、はあはあと息が切れてきた。それを横目に、ハンナは氷を首筋に当てて、こちらに挑発的な笑みをよこした。
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