2 異世界転生①
ふわふわと、漂っている。
ずっと感じていた肉体の重みはなく、明るくて暖かい場所を、ただひたすら彷徨っている。
ここに来るまで、何をしていたのかも思い出せない。
突然、ぱりん、とガラスが割れるような音がした。
耳がないのによく聞こえるな。いや、異世界だから耳とかなくても聞こえるのか。そういえば、脳がないのに考えているし。いやいや、いくら異世界といえど……――
そんなことを考えた数秒後。思考が一瞬、停止する。
――異世界?
ぼんやりとした意識の中に、誰かの記憶が流れ込んでくる。
――違う。誰かの、じゃない。
私はこれを知っている。
これは、私自身の記憶だ。
***
「花祭りは、今は永遠の愛を願うお祭りだけど、昔は、女神様と同じ花冠を作って、お願いごとをしていたのよ。もう何百年も昔の話だけどね」
「そうなの?」
「ええ、そうよ。いつまでも好きな人と一緒にいたいって願う人が多かったから、愛のお祭りと言われるようになったの」
「へえ〜」
母は、穏やかな笑みを浮かべながら、クローバーの花冠を作っている。
長い薄茶色の髪。毛先がふわふわした癖毛が、風に吹かれて右に流れた。
「お母さまもね、アリアが生まれた時、花冠を作って、『アリアが元気で育ちますように』ってお願いしたのよ」
「だからありあは、げんきいっぱいなの?」
「ふふ、そうかもね。女神様が、アリアが元気でいられるように祝福をくれたのかもね」
「しゅくふく! ありあに!」
話している間も、母は手を止めない。もうすぐ、花冠が完成する。
ふと、疑問が頭によぎった。
「ねえおかあさま、どうしてクローバーはぜんぶ葉っぱが四枚なの? 三枚のはないの?」
「……え?」
母は、心底意味がわからないという顔をする。
「だって、クローバーってふつうは葉っぱ三枚じゃない。四枚のがあったら、ラッキーだね、って、」
違う。クローバーの葉は四枚だ。三枚のものは見たことがない。
じゃあ、これは一体、何――?
ガラスが割れた。
いや、そんな気がしただけ。実際に割れたのは、私の頭の中にあった、透明な膜のようなもの。
全部、思い出した。
なぜクローバーの葉が三枚だと思ったのかも。
前世では、『四葉のクローバー』を探すことが好きだった。
クローバーの葉はほとんどが三枚で、たまにある四つ葉を見つけると幸せになれる。そんな迷信があった。
私の前世。日本という国の私立高校に通う高校生。小説とマンガと姉が大好きで、ちょっと病弱な、普通の女子高生だった。
私は一度死んだ。記憶があるから、それは確か。
ならば何故、今生きているのか。
答えは簡単。ズバリ、私は転生したのだ。
ライトノベル界で流行りの異世界転生だろう。本当に、現実でこんなことがあるのか……。
前世、私の死因は病気だ。前世の私は体が弱く、死ぬ直前は、病院のベッドの上にいた記憶しかない。
意外と、今の私に前世への執着はほとんど無い。楽しかった、という思いが強い。
親しかった人達に伝えたい事が無いわけじゃない。早く死んでしまって申し訳ないとも思う。
けれど、死んでしまったのは仕方がないし、元の世界に戻る方法もわからない。そして別に、戻れなくてもいい。
今はもう、こちらの世界にも大切な家族や使用人達がいるのだ。私は『アリア』として、この世界で健康に、毎日楽しく生きている。だから、寂しくなんて、全然ない。いや、ちょっとあるかもだけど。
私が転生して元気に過ごせていると知ったら、前世の皆もきっと喜んでくれるだろう。
今世での私の名前は、アリア・ラティーア。前世で大好きだった小説、『まじっく・らぶ』のヒロインの名前だ。どうやら、小説のヒロインに転生していたらしい。
ストーリーでは、ヒロインは十四歳の学園入学後、王太子と出会って恋に落ち、悪役令嬢を追放して王太子と婚約する。
でも。
恋愛なんて、興味ない!
だって、この世界には『魔法』があるのだから。
しかも、ヒロインである私が使えるのは、水属性と光属性のニ種類。
光属性はもともと使い手が少なく、世界に三人いるかどうかというくらいらしい。今は隣国に一人と、遠い東の島国にもう一人いるそうだ。そして彼らもまた、私と同じ二属性の使い手だ。
前世からずううっっっっと使ってみたかった魔法が、使える!!恋愛なんて、してる場合じゃない!
ヒロイン転生、万歳!
嬉しすぎて、興奮しすぎて、眩暈がする。
「アリア? どうしたの?アリア!」
母の声が遠くから聞こえた。
「お嬢様っ!」
何かを叫ぶ男性の声がする。おそらく執事長だろう。
それを最後に、私の意識は途切れた。理由は単純。興奮しすぎたのだ。記憶が戻ってすぐなのもあり、身体や精神への負担もかなり大きかったのだろう。気絶しても仕方がない。
後から母に聞いた話では、この時、私はとびきりの笑顔を浮かべて後ろに倒れたらしい。
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