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第一話
仏壇の前に座り、手を合わせる。
線香の匂いが鼻腔をくすぐった。
「母さん行ってきます」
八ツ木 皓は、仏壇の中央にある、屈託無く笑う母の写真に目をやる。
返事は返ってこないが、いってらっしゃいと言われた気がした。
皓は、立ち上がると通学かばんを肩にかけ、玄関に向かい歩き出した。
玄関で靴を履き、自転車の鍵を探していると背後から声がかかる。
「皓、お弁当忘れているわよ」
「ああ、うん」
皓は、青色の小さいランチバックを受け取ると、姉の顔を見る。
「姉貴、目の下のクマが」
「えっ、ああ大丈夫よ、少し寝不足なだけだから」
「大丈夫って、今のところ今週全部会社から返って来たの深夜だっただろ」
「あはは……」
「無理しすぎだって、弁当も別に作らなくてもコンビニで買って食べるから」
「だめよ、ただでさえ夜はコンビニ弁当が多いんだから」
「はぁ、姉貴が過労でいなくなったりしたら、俺だけになるんだぞ」
「そうだね、ごめんね」
姉は片手を前に持ってきて、ごめんねとジェスチャーをつけて謝った。
「じゃあ俺もう行くから」
そう姉に告げて玄関のドアを開けた。