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嘘つきな恋人 (He is a lier.)  作者: 烏籠武文
9/15

日暮れ前

先生は1時間かからないと言っていた。あいつも長居はしないみたいなことを言っていた。少し時間をつぶしてから買い物すればあいつが帰った後に家に着く。そう思って調整したつもりだったのに、駅前でばったり久瀬と会ってしまった。なんだよこの最悪のタイミング!


会うつもりがなかったのは向こうも同じようで、渋い顔をして俺を見た。いけすかない野郎だがそれでも先生の友人だ。黙ったままぺこりと頭を下げて通り過ぎようとしたが、久瀬は近づいてきて俺の前で足を止めた。


「ちょっといいか」

「嫌だね」


反射的に拒否する。そう答えた俺を久瀬は冷たい目で見た。うさんくさいとかじゃない。殺しそうな目だ。こいつ、ただのサラリーマンじゃない。ヤクザか?いや、学校の先生がヤクザと付き合いがあるとは思えない。だとしたら警察か?考えていると久瀬は視線と同じ冷たい声で俺に問いかけた。


「やましいことでもあるのか?」

「あんたこそ人前で言えないような話があるの?人目がないところで殴られるなんてごめんだね。」


一瞬すごい目で睨み付けられたが、思い直したように久瀬はくいっと首を振った。


「わかった。ここだと通行の邪魔だ。こっちに来い。」


邪魔にならないよう道の端、パチンコ屋の前の日陰に立つ。手が届くか届かないかのギリギリの距離まで離れる。それを見た久瀬は呆れたように腕を組んだ。手は出さないってことか。少なくともいますぐは。


「言いたいことがあるならさっさと言ってくれないかな。生ものが傷む。」

「わかった。はっきり言う。誠司はお前を信用しているようだが、俺は信用しない。あいつを裏切るような真似をしてみろ。日本中どこに逃げても探し出して潰すからな。」


かちんときた。俺を潰す?知りもしないで何を偉そうなこと言ってやがる。


「そんなことが言いたかったの?ばっかじゃねーの。裏切るって何をだよ。俺が何か盗むとでも思ってんのかよ。先生は俺に『なんでも盗んで逃げていい』って言ったんだぜ?信用されてんだよ。」

「あいつは優しいからな。困った奴を放っておけなくて、すぐつけこまれるんだよ。」

「はあぁ?つけこむぅっ?あんたにそんなこと言われる筋合いはないね。何の権利があってそんなこと言うんだよ。あんた、先生の何なんだよ。」

「俺は誠司の一番の友人だ」

「友人、ね。ふーん…で、寝たの?」


人前で手を出させてやろうかと思ったが、残念ながら安い挑発にそう簡単には乗ってくれなかった。久瀬は腐った生ゴミでも見るような目をして吐き捨てるように言った。


「薄汚い冗談を言うな」

「セックスが汚いって…女子中学生かよ。」


むかついてはいるが手を出すまいとしている様子に、嘲笑うように言葉を続ける。


「一番の友人が汚らしいホモだったら嫌なわけ?」


一瞬目が泳いだのを俺は見逃さなかった。動揺してる。こいつ、ちゃんとわかってるんだ。手も出してないのに先生を誰かに渡したくない。友人づらして独占したい。薄汚いのはどっちだよ。追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「あんた、先生があんたのこと好きだってわかってるから手放したくないんだろ?でも何もしてないし、何もする気がない。だったら俺が先生と寝たからって何か言う権利ある?」

「どうやってとりいったか知らないがな。欺しやすかったろ?」

「あんた勘違いしてるよ。俺がじゃない。先生が一緒に住んでくれって言ってきたんだ。嘘だと思うなら聞いてみればいい。」


怒ったゴリラみたいな顔をして久瀬は俺を睨み付けた。先生から話を聞いたかどうかわからないが、少なくともいますぐ嘘だと断定できないようでそれが余計むかついているようだった。


「誠司が悲しむような真似をしてみろ。絶対に潰すからな。」


最後に捨て台詞をはくと久世は背を向けた。


「さっきも聞いた。あんたみたいに年寄りじゃないから一回聞けば覚える。」


その背中に俺も言い返す。もしこいつが警察だとしたら、俺のことを調べているかもしれない。だとしたらまともな人間じゃないって思って当然だろう。わかってるさ。俺はあんたたちみたいに綺麗な、明るい場所を歩いてきた人間じゃない。でもそれが俺の責任かよ。俺が悪いのかよ。


だけどいい。他の人間に何と思われてもかまわない。家に帰れば先生が俺を待っていてくれる。そう思いながら、明るい日差しの中を駅に向かって歩いて行く久瀬を日陰から見送った。


  ***


「おかえりなさい。」


リビングでTVを見ていた先生は振り返ってそう言った。うなずいて勝手口から上がり、レジ袋から冷蔵庫に食品を入れながら話をする。


「駅前で久瀬に会った。俺、あいつにすっげー嫌われてるね。」

「嫌な思いをさせてすみません。でも根はいい奴なんですよ。」


いい奴ね…付き合いが長い先生があいつのことをかばうのはわかる。でも友達づらして俺に牽制してくるやつのどこがいい奴なんだよ。先生もあんな目であいつのことを見てたくせに。しらじらしい。


久瀬に対するむかつきが、あいつをかばう先生に対するイライラに変わる。冷蔵庫を閉じてリビングに行き、座っている先生の後ろから覆い被さるように抱きつく。先生は逃げもせず面白がっているような口調で話した。


「どうしました?」

「先生、あいつのこと好きなの?」

「好きですよ。友人ですし。」

「そういう意味で言ってるんじゃないってわかってるだろ?」


先生はなだめるように軽く俺の腕を叩いて言った。


「ただの友人ですよ。」

「嘘だね。先生、あいつのことどんな目で見てたか自分じゃわからないだろ?俺はわかったよ。あいつだって気づいてるよ。」


そう言うと先生の肩に力が入った。だが俺の言葉を馬鹿げたことだと笑ったり、怒って席を立とうとはしなかった。


「気づいてるけど何もする気はない。そのくせ手放したくない。あんなずるい奴のどこがいいんだよ。先生、俺のものになりなよ。俺なら先生のこと大事にするから。」


先生は黙ったままだった。それにかまわず口を先生の耳元に寄せ、秘密の話をするように小声でささやく。


「先生が俺に手を出さないのはなんでかってずっと思ってた。わかったよ。先生さ、男に抱かれたいんだろ?」

「違います!私はそんなこと考えてません!」


いままで聞いたことがないほど強い口調だった。全力で俺を拒否するように体がこわばる。嘘だ。先生は嘘を言ってる。久瀬のことはあんな目で見てたくせに。


「ふん…そうなんだ。」


抱きついていた腕を離す。先生は背中を向けたまま動かなかった。嘘だとわかっているけど、先生がそう言うならこれ以上俺にできることは何もない。


「先生。俺、家政婦やめる。」


どんな顔をしているか表情を見ることは出来ない。しばらく先生は黙っていたが、固い口調であっさりと言った。


「わかりました。ありがとうございます。」


そう言いかえされると思ってもいなかった。先生は俺をひきとめない。ひきとめてくれると思ったのに。自分で言い出したくせに、どうしていいかわからなくなった。ひっこみがつかなくなって、ここにいることすら辛くてゆっくりとリビングから勝手口に向かう。


スニーカーをはいて外に出る。いま閉めたドアが開かないか、先生が追いかけてくれないか。淡い期待を抱いてぐずぐずと歩く。もちろんそんなことは起きない。こんなにすぐ終わる関係だったんだな。先生が俺に優しくしてくれたのは家政婦だったから。俺が思い上がってただけだ。


でももう終わった。さて、今夜からどこで寝ようか。そんなことを考えながら日差しがまだ強い道を駅に向かって歩き出した。

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