一番の友人
まだ夏の暑さも残る日、先生から明日は友人が来ると言われた。
「了解。じゃ、お茶出したら2階に上がる。それとも俺、いない方がいい?だったら出てるけど。」
「いえ、いてください。と言うか久瀬はあなたに会いたいそうなので。」
「俺に?なんで?」
とは言ったが想像がつかないわけじゃない。どこの馬の骨だかわからない奴が友人と一緒に住んでるって聞いたら心配してもおかしくない。案の定、先生は言いにくそうに口ごもった。
「ええ、まあちょっと…昔から一本気な奴で…言い出したら聞かなくて。すみませんがお願いします。」
「俺が金目当てに先生を体でたらしこんだって思ってんのかな。」
「念のために言っておきますが、そういう冗談が通じない男なので絶対に言わないでくださいね。投げ飛ばされても知りませんよ。」
と、先生は眉間に皺を寄せて俺に念押しした。
***
訪れたのは少しくたびれたスーツを着た目つきの悪い男だった。自分の家のようにリビングに行き、どっかりとソファに腰を下ろす。その後ろから先生が紙袋の中をのぞき込みながらついてきて、同じようにソファに座った。
「みやげか?旅行に行ったのか?珍しいな。」
先生は紙袋から中身をテーブルに出した。お土産品のような箱、漬物、パッケージが違う何種類ものもみじまんじゅう。その様子を見ながら久瀬は目の前で手を振った。
「ないない。銀座のアンテナショップだ。」
「今は何でもあるなぁ。広島菜は嬉しい。ありがとう。で、牡蠣は?」
「季節じゃないだろ。売ってたって生もの持ってこれるか。魚屋で買え。」
笑いあう先生と久瀬の前に麦茶のグラスを置く。久瀬は笑いを引っ込め値踏みするような目で俺を見た。いかつい顔で、体つきもがっちりしている。鍛えている体だ。ムキムキになりたいわけではないが男としては本能的に反感を感じる。こいつが先生の友人?ずいぶんタイプが違う。
気に入らないと顔に出ていたかも知れない。それは向こうも同じだったようで『俺もお前が気に入らない』と言わんばかりの顔をして俺を指さした。
「こいつか?」
「こいつじゃない。古賀さんだ。古賀さん座ってください。悪友の久瀬です。」
「違うだろ?高校時代からの大親友だ。」
「自分で言うかー?あ、すみません古賀さんこれだけ冷蔵庫に入れてください。終わったらいっしょにいただきましょう。」
そう言って先生は漬け物を俺に差し出した。受け取って冷蔵庫にしまい、俺もソファに座る。先生も久瀬も、もうもみじまんじゅうを口に入れていた。俺も食べる様に進められて1つ手に取る。
「このね、白あんと黒あんの混じったあんこが美味しいんですよ。」
先生は嬉しそうに餡子のうまさを力説したが、残念ながら俺が食ったのはクリームだった。これはこれでうまいけど、うさんくさそうに睨み付けられながら食うと味が落ちる。会って早々好きも嫌いもないが、あからさまに敵意を向けられていい気はしない。
先生はその様子をちょっと困ったような顔で見ていた。視線に気づいた久瀬は顔を上げ、先生と目を合わせる。仕方ない奴だな、とでも言わんばかりに先生は苦笑した。その目がとても優しくて嬉しそうで…俺はわかってしまった。先生はこいつが好きなんだ。
「どこで知り合ったんだ?」
「バーの常連でね。勤め先が倒産して困ってるって聞いてうちに来てもらった。」
「ふん…そうか。いつまでだ?」
「期限は決めてない。古賀さんの都合もあるけど、できるだけ長くかな。」
久瀬は納得してない顔をしていたがそれ以上追求はしなかった。
「こいつがメシ作ってんのか?」
「料理は交替。作るの好きだし、気晴らしにもなるし。」
「そうか。誠司の料理うまいしな。」
「それはどうも。晩飯食ってくか?作るぞ。」
「食いたい…が、そこまで時間はない。」
「相変わらず忙しいな。おにぎりならすぐ作れる。持って行くか?」
「いいのか?助かる。」
「世のため人のため頑張ってるんだし。それくらいは。」
そう言うと先生は台所に行った。久瀬も後ろからついていく。それをなんとなく見送って、キッチンの前に並んでいる二人の後ろ姿をリビングから眺める。久瀬は先生の後ろにぴったりと立ち、肩越しに手元をのぞき込んでいた。今にも腰に手を当てて抱き寄せそうだ。
「これから炊くのか?時間かかるだろ。」
「まかせなさい。1時間かからない。具は何がいい?梅干し?鮭?おかか?」
「鮭と梅干し」
「わかった」
鼻歌交じりに米をとぐ先生の後ろ姿を見ているとなんだかイライラする。邪魔者だと言われているような気になってきて、我慢できず俺は声を上げた。
「先生、もういいかな。買い物に行きたいんだけど。」
そう声をかけると先生は振り返った。どうする?と問いかけるように久瀬を仰ぎ見る。久瀬は振り返ると俺を見て渋い顔でうなずいた。お前に許可を出してもらいたいわけじゃない。だが出て行っていいというならいますぐ出て行く。むかむかしながら勝手口のスニーカーを引っかけ、ドアを叩きつけるように閉めてスーパーに向かった。