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嘘つきな恋人 (He is a lier.)  作者: 烏籠武文
6/15

安全な場所

「せんせー、明日台風来るって。」


家の中から声をかけると、庭の木の前にいた先生は振り返った。手には何かのスプレー缶を持っている。


「なにしてんの?」

「カミキリムシ退治です。」

「カミキリムシ?」

「ほらここ、木くずがあるでしょ?」


そう言って先生が指さした先にはゴミのような物がついていた。


「カミキリムシの幼虫がね、木を食い荒らして穴を開けるんですよ。生きものを殺すのは可哀相なんですけどボロボロになって折れるかもしれませんし。で、台風ですか?」

「あ、そうそう。明日台風だって。今日中に2日分買い物してくる。明日は食事作るけど掃除洗濯はお休み、でいいかな?」

「いいですよ。台風なら明日はコロッケですか。」

「コロッケ?食べたい?」

「ジョークです。気にしないでください。」


先生のジョークは意味がわからなかったが、なんとなくスーパーの総菜コーナーでコロッケを買い物カゴに入れてしまった。明日のお昼はコロッケサンドにするか。


夕食も風呂も早めに終え、夜はソファで並んでTVの台風情報を見た。嵐の中レポーターが斜めになりながら中継をしている。台風の進路図を見て先生が唸った。


「うーん、こっちも影響出そうですねぇ。」

「だね」


窓ガラスにざっと雨が当たる音がする。台風本体は遠いが急に雨足が強くなった。天気が不安定なんだな。雷の音まで聞こえはじめた。雷が怖いわけじゃないが、突然大きな音がするのは嫌いだ。こんな日はさっさと寝てしまうに限る。


「先生、おれ先に寝」


る、まで言えなかった。カリカリカリっという音がしたかと思うと、ドーンという腹に響く大きな音がした。


「近くに落ちましたね。停電しないといいんですが。」


落ち着いた様子で先生が言う。俺は飛び上がりそうなのを必死に押さえていた。大きな音がするのは嫌いだ。特に夜は嫌だ。怒鳴り声は暴力の始まりだ。薄い布団の中で眠っていても引きずり出される。誰も助けてくれない。


先生はいつもの穏やかな目で俺を見た。どう見ても俺が雷を怖がっているようにしか見えないだろう。だが雷が怖いのかとは聞かなかった。その代わり、たったいま思いついたような言葉を口にした。


「今晩は1階で…できれば同じ部屋で寝てもらえませんか?何かあったら困るので。」


嘘だ。浸水が心配で2階で寝るならまだわかる。だがまだ台風は来ていない。何があったらなんて何もあるはずがない。俺のためにそう言っている。わかっているから俺は精一杯の虚勢を張った。


「それ、セックスしようって言ってる?」

「違います」


少し食い気味に否定された。それを受け流し、むっとした先生に言わなくてもわかってるって顔でにやっと笑ってみせる。


「じゃ、ちょっと早いけど寝ようか」


そう言うと先生は失敗した、とでも言いたげな顔で首を振った。


1階の和室で布団を押し入れから出して畳に敷く。両手で『どうぞ』と先生に示すと疑うような顔をして布団に入った。それに続いて横に入ろうとしたら先生はきっぱりと俺を止めた。


「隣に!布団を敷いてください。」

「なに?しないの?しようよ。」

「いい加減にしないと怒りますよ。」


からかうのをやめて押し入れから布団を取り出し、先生の布団にぴったり並べて敷く。電気を消し、できるだけ先生の布団にくっついて横になる。先生もまだ起きているだろうが何も言わない。本当に何もする気はないのか。しなくていいのか。手を出してくるかどうか確かめるため少し先生の布団に入る。


肩に額を押し当ててみたが先生は動かなかった。お互いにどう出るか気配を探るような緊張感がある。先生は大きく息を吐くと、ふっと鼻で笑っておかしそうに言った。


「仕方ないですね。言い出したのは私ですから。おやすみなさい。」


それだけ言うと先生の体から力が抜けた。本当に寝るつもりらしい。布団の間にいると寝心地が悪いので、もう少し先生の布団に入ったが何も反応はなかった。男同士だぜ?一緒に寝ようなんておかしいだろ。そんな都合のいい話があるわけない。


一ヶ月前の俺が今の俺を見たら馬鹿すぎると腹を抱えて笑うだろう。他人を信用するな。弱みを見せるのは間違いだ。どんな風に利用されるかわかったもんじゃない。どれだけ酷い目に遭えば覚えるんだ、馬鹿かと。


そんな風に考える自分とそうじゃないと思う自分がいる。少なくとも今の俺は、俺より10センチは背が低くて、10キロ…もしかしたらもっと体重が少ないこの人にすがりつくように寝る自分を恥ずかしいとは思わなかった。


風雨はますます強くなってきた。だが台風が来てもここは安全だ。そう確信して俺は安心して目を閉じることができた。

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