第6話 屋敷に到着
夜もとっぷり更けた頃。
ヒストリカとソフィを乗せた馬車は、王都を少し外れたテルセロナ家の屋敷に着いた。
「流石は公爵様のお屋敷……と言ったところでしょうか」
屋敷というよりもはや城に近い立派な建造物を見上げてヒストリカが呟く。
夜だと言うのにはっきりと煌めきがわかる純白の屋敷は、何部屋あるのかわからないくらい左右に伸びている。
庭園には立派な花園に、大きな噴水。
「こ、これは……お掃除も一苦労ですね」
隣でソフィが使用人らしいコメントを溢す。
子爵家の屋敷もそれなりに大きかったが、公爵家のお住まいとなるとこんなにも桁違いな規模になるのかとヒストリカは感嘆の息を漏らした。
「お待ちしておりました、ヒストリカ様」
ふと声がかけられ振り向くと、何人かの使用人を従えた初老の女性が深々とお辞儀をしていた。
「私、家政婦長をしております、コリンヌと申します。本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ヒストリカ・エルランドよ。よろしくお願いね」
メイド長コリンヌの挨拶に、ヒストリカは短く返した。
続けてソフィが軽い自己紹介を済ますと、ヒストリカはそのままテルセロナ卿と顔合わせする運びとなった。
「荷物はどうすれば良いかしら?」
「そのままでご心配なく、私どもが部屋に運びますので」
コリンヌの合図で、後ろに控えていた使用人たちが馬車から荷物を運び出してくれる。
力仕事要員として招集されたのか、使用人の中には男性も交じっていた。
(まだ若い……)
明らかにヒストリカよりも年齢が同じか少し下くらいの青年。
(慣れていない感じがするわね)
まだ使用人として日が浅いのか、手つきや身のこなしに未熟さが窺える。
その少年が大きめのトランクを持ち上げた途端、思った以上の重量があったのかぐらりと重心がずれた。
「あっ……」
後ろに倒れそうになった青年を、ソフィが素早く支える。
「大丈夫ですか?」
「はい、なんとか……」
(流石ソフィ、周りがよく見えているわね)
ヒストリカが心の中で感心する。
一安心する少年に、ヒストリカが続けて言った。
「それ、重いでしょう? 少し腰を落として両腕で胸に抱えるようにした方が、持ちやすいと思うわ」
「あ……も、申し訳ございません!」
青年はどこか恥ずかしそうに顔を赤らめペコペコと頭を下げた後、ヒストリカが言ったように胸に荷物を抱えて屋敷の中に去っていった。
(はっ、いけない、つい……)
己の発言を反省するヒストリカ。
おそらく、青年のプライドを傷つけてしまった。
先ほど、自分は男性の一歩二歩後ろに下がってサポート役に徹すると心に決めたばかりなのに。
流石に使用人が相手だからというのもあったが、男性に対する姿勢を改めなければハリーの件と同じ事を繰り返してしまう。
そう自らに戒めを込めるヒストリカに、コリンヌが申し訳なさそうに頭を下げる。
「うちの使用人が粗相を、申し訳ございません」
「お気になさらず。荷物には本がたくさん入っているから、見かけよりもずっと重いでしょうし」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
再びコリンヌは深く頭を下げた。