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第33話 やっと一息

「ふう……」


 自室のベッドに腰掛けてヒストリカが大きく息をつくと、身体の強張りが抜けていく。


「お疲れ様でした、ヒストリカ様!」

 

 ソフィの明るい声を聞くと、いっそう緊張感が解れた。


「熱いおしぼりをどうぞ」

「ありがとう、ソフィ」


 熱々のおしぼりをソフィから受け取った後、ヒストリカはそれを自分の両目に当てて、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 今日一日酷使した両眼にじんわりと熱が灯って、パサパサになっていた血流が巡り始める感覚。

 目だけでなく、頭もふわふわするような気持ちよさがあった。


「ヒストリカ様、それ好きですよね」


 真っ暗な視界のなか、ソフィの微笑ましそうな声が聞こえる。


「シンプルな方法だけど、疲れ目にとても効くのよ。肩凝りとかにも効果覿面だし。あと、単純に気持ち良い……」


 いつもの硬い声色よりも幾分か緩んだ調子でヒストリカは言う。

 読書や勉強など、視力を酷使した日は決まってヒストリカは目を温めていた。


 これをやるとやらないとでは全然違う。


 書類仕事で目を使いがちなエリクに、明日にでも教えようと思った。


「ヒストリカ様も、今日は本をたくさん読みましたからねー」

「本というか、レシピがメインだったけどね」


 大した事はしていないとばかりに、ヒストリカは答える。


 エリクが書類仕事をしていた一方で、ヒストリカは実家から持ってきた本を読み込んでいた。


 読んでいたのは娯楽小説ではなく、食や料理に関する本。


 今までヒストリカが得た知識は、高祖父が持ってきた資料を除いて勉強に関係のないものは皆無だった。


 それゆえに、今回嫁ぐにあたってエリクをサポートをすると決めた時、料理に関する知識はあった方が良いだろうと数々の関連書籍を購入していた。


 男性が好きそうなガッツリ系の料理のレシピはそこそこ頭に入れておいたのだが、まさかあそこまでエリクが弱っているとは思っておらず、あっさり控えめな料理の知識がすっぽりと抜け落ちていた状態だった。


 というわけで今日、胃腸が弱っているであろうエリクに何を食べさせるのが最適か、高祖父の資料にあった食の知識と照らし合わせ、黙々と勉強し、朝、昼、夜とメニューを考えた次第である。


「裏でヒストリカ様がこんな努力をしていたのを知ったら、きっとエリク様もお喜びになられますね」

「言わないわよ。別に、大した事はしてないし」


 妻として当然のことをしただけだ。

 いちいちそれを言って誉めてもらおうだなんて気は、ヒストリカにはなかった。


 そんなヒストリカの胸襟を察したソフィは「相変わらずですねぇ」と苦笑を浮かべた。


「何はともあれ、とりあえずひと段落って感じですか?」

「そうね。今日はもう、ゆっくりするだけよ」


 結局、今日はこれ以上仕事をするなというヒストリカの提案をエリクは受け入れてくれた。

 今頃お風呂にでも入って、今日一日の疲れを癒してくれていることだろう。


「ソフィも、色々ありがとう」

「私、何かしましたっけ?」

「私が屋敷内で色々動く事に関して、使用人やシェフたちへの説明とか、理解を求めてくれたりとか……ソフィがいなかったら、ここまで円滑に事を運ぶ事ができなかったわ」

「いえいえ! 私は自分の得意な事をしただけですよ」


 ソフィが言うと、ヒストリカはむくりと起き上がる。

 ぺちりとおしぼりが落ちて、ジト目の双眸が姿を現した。


「それ、暗に私がコミュニケーションが不得意って言ってる?」

「え? 今更ですか?」


 きょとんとした表情で答えるソフィに、ヒストリカは言う。


「それなりに交渉事は得意だし、やりとりに必要な語彙も人並み以上にはあると思うのだけど」

「んんー、それはそうなんですけど……」


 眉をへの字にして、ソフィは言う。


「なんというか、ヒストリカ様は情緒的なやりとりが苦手じゃないですか。結構、ズバズバとそのまま正論を言ってしまって、相手の気を損ねると言うか」

「……それは、否定出来ないわね」


 ハリーとの一件や、昨日今日のエリクとのやりとりを思い出して、ヒストリカは悪戯がばれた子供みたいに目を逸らす。


「相手の気持ちに立って言い回しに気を遣う、伝え方を柔らかくする、みたいなのもコミュニケーションの力だと思うんです」

「…………正しいわ」


 現にそれが出来なくて、人間関係が拗れた事も多い。

 幸いなところに今の所、エリクは全て受け入れてくれているが、それは単に彼の心が広いだけだ。


 自分でも、もう少しどうにかならないのかと悩みの種ではあったが、どうすればいいのかわからない。

 

 勉強ばかりに時間を使ってずっと一人だったから、人との関係に関する知識や経験値がヒストリカからはすっぽりと抜け落ちていた。


「ソフィが羨ましいわ」

「えへへへへへ〜、誉められました〜」


 花がぱあっと咲くような笑顔を浮かべて、ソフィが頭を掻く。


「でも、私はこのくらいしか取り柄がないですよ。逆に私はヒストリカ様のような聡明さも、知識の量もないので、羨ましいなって思ってます」

「お互い、ないものねだりって事ね」

「そういう事です。出来ない事は出来ない、出来る事をする。それでいいと思いますが……」


 ふと思いついたように、ソフィは言う。


「エリク様と一緒に過ごしていたら、ヒストリカ様も少しずつ出来るようになっていくと思いますよ」

「どういう意味?」

「そのうちわかるんじゃないですかねー」


 にこにこ、ではなくニマニマ、といった笑顔を浮かべるソフィに、ヒストリカは訝しげに首を傾げるのであった。

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