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第22話 うちの妻、優秀では? エリク視点

 カリカリカリカリと、羽ペンが走る音が執務室に響き渡る。

 ヒストリカとコーヒータイムを堪能した後、エリクはようやく昨晩ぶりとなる仕事に取り掛かった。


 普段は寝不足の頭で碌に栄養も摂らず、ガタガタな体に鞭打って仕事をしているエリク。


 しかし今日はヒストリカのおかげでしっかり睡眠時間を確保できた上に、寝起きに白湯、軽い散歩にバランスの良い朝食と、明らかに身体に良い行動を取った。

 

 効果は覿面てきめんだった。


 明らかに、身体の調子が良い。

 特に頭が非常にすっきりしていた。


 普段なら一時間かかる書類の処理を、今日は半分ほどの速度でこなす事が出来ている。

 初歩的なミスや誤字脱字も減っているし、集中力の持続時間も段違いだった。


 ヒストリカが施してくれた数々の行動が仕事に良い影響をもたらしている事は、一目瞭然である。


 ぴたりと羽ペンを止めて、エリクは呟く。


「うちの妻、ひょっとして優秀では?」


 ひょっとしなくても、とんでもなく優秀な事は明白だった。

 

 会話の端々から知性が滲み出てしまっているし、両親が医者というわけでもないのに、昨日と今日の時点で医療に絡んだ知識が出るわ出るわ。


 おそらく、さまざまな分野に関して満遍なく知識があるのだろう。


 エリクとて、元々は貴族学校を首席で卒業するほどの頭脳の持ち主なので、ヒストリカの聡明さを十二分に感じ取っていた。


 確かヒストリカも貴族学校を首席で卒業していた。

 しかしどう見ても、ヒストリカの方がずっと優秀だという体感がエリクにはあった。


 同じ首席でも、能力は個々の差が出る。

 九十九点は九十九点だが、百点はそれ以上の可能性を秘めているのと同じだ。


「とんでもない逸材を娶ってしまったかもしれない……」


 思わず、エリクは笑みを溢す。


 妻として迎え入れてまだ一日も経っていないが、すでに彼女の優秀さに惹かれている自分に気づいた。


 惹かれているのはヒストリカの頭脳だけにではない。

 彼女の気遣い深さや優しさにも、エリクは魅了されていた。

 

「男を言い負かして悦に浸る加虐趣味者、女のくせに出しゃばりたがり……誰がそんなことを言ったのかな……」


 少なくとも、エリクはそうは思わない。


 昨日から今日にかけてヒストリカが自分にしてくれた行動は、他者を思いやる心がないと出てこない事ばかりだった。


 とはいえまだ、ヒストリカと過ごした時間は短いし、その人となりの表面上の部分しか見えていない。

 今ヒストリカが自分に優しいのは、彼女なりに役割に徹しているだけかもしれない、今度は婚約を破棄されまいと演じているだけかもしれない。


 だが、一番初めの出会いで見ず知らずの自分を必死に助けようとしてくれた事。

 そして今朝の散歩中、白猫と戯れながら慈愛を纏った表情を浮かべたヒストリカを思い起こすと、そうは思えない直感があった。


「はっ……いけない、いけない」


 ヒストリカのことを考えていたらかなり時間を使ってしまっていた。

 昨日遅れた分を取り返さないといけないと、再びペンを走らせる。


 しかし、不思議と焦りはなかった。

 

 普段の何倍ものスピードで仕事を捌けているので、じきに今日の分のノルマは終わるだろう。


 膨大な書類の束がみるみる減っていく実感があると、楽しさすら感じてきた。

 頭脳とペンが直接繋がっているかのような感覚で、エリクは仕事を進めていく。


 眠気と闘いつつ、ぼんやりとした思考で仕事をしていたここ最近の効率の悪さが浮き彫りになる。

 確かにこれなら、無理に徹夜せずにちゃんと寝て、万全のコンディションで仕事をした方がよっぽど効率的だと身に染みて思い知った。


「いつからだろう……」


 身を粉にして働くようになったのは。

 エリクとて最初から仕事中毒だったわけではない。


 王城に勤めていた頃は人並みの労働時間で、さほど苦しい思いもせず仕事をしていたように思える。

 頭脳明晰で要領も良いエリクは本来、大量の書類に埋もれ死にそうになりながら働くタイプではない。


 それが、小さな綻びがきっかけで少しずつ歪んだ方向に進んでいき、見るも悲惨な労働地獄に転落していった気がする。


 その過程はどこか、記憶が朧げだ。

 辛過ぎて、あまりにもストレスがかかって、頭が記憶を封印したのかもしれない。


 そんなことを考えながら羽ペンを走らせていたその時。


 コンコンと、ノックの音。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのはヒストリカ。

 エリクが口を開くより前に、ヒストリカは言った。


「エリク様、ストレッチの時間です」

「すとれっち……?」


 ペンを止めて、エリクは呆けた顔をした。


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