凡骨は外道を学ぶ
ぐるぐると思考が回る。
ニトロさんの怪我は大丈夫なのか。
ドールさんの顔のアザは誰がどういう経緯でつけたのか。
何があったのか。
何をされたのか。
どうやって、こいつらを殺してやろうか。
……いや、違う。優先順位を間違えるな。
まず何よりも優先すべきはニトロさんとドールさんを無事この迷宮から脱出させて安全を確保すること。
それ以外の全てはいったん頭の片隅にでも置いておけ。
手段を目的にしてはいけない。
考えろ。
目的を達成するために、足りていないものは何だ。
俺は何を持っていて、何を持っていなくて、何が必要だ。
明らかに足りない時間で足りない頭を必死に回して一歩前に踏み出した。
「あの……何やってるんですか……?」
緊張で震える声を絞り出す。それはいい塩梅に不安と不理解を演出した。
不意打ちによる先制攻撃は捨てた。うまくいけばいいが、失敗した場合せっかく半裸で武器すら手放している隙だらけのセマカという状況を失ってしまう。俺程度の実力で不意打ち一つで確実にセマカを殺せる自信はなかった。
だから、あえて正面から堂々と声をかける。
状況をまるで理解できていない隙だらけの鉄級冒険者なんてセマカ達が警戒するわけもない。
「……あー、なんだ。お前生きてたんだ」
事実、明らかに見られても良い訳のないこの状況を見られてなお、セマカはそんな言葉を半笑いの表情で呟くだけで武器をとることも服を着ることもしなかった。
「……レイ君。……逃げて」
セマカの下からか細い声が聞こえた。
視線を向けるとドールさんが口を強く結んで涙がこぼれ落ちるところだった。
「あの……二人に何をしたんですか……?」
背景は分からずとも、セマカ達が二人を傷つけたことは確信している。
それでもなお、全く何も状況を理解できていない間抜けを演出するために媚びた笑みとする意味のない質問を絞り出して見せる。
演技の才能なんてあるはずもないのだけど、セマカ達を騙すにはこの程度の大根芝居で十分だったようで先ほどまで退屈そうに爪を眺めていたコドエナがニヤニヤと笑みを浮かべて口を開いた。
「ほら、私達って新進気鋭の実力派ルーキーで売ってるからさ。それがこんなところで依頼に失敗したあげく逃げるために他の冒険者を囮にしようとしたことがバレると困るんだよね。だから、あんた達には死んでもらうことにしたってわけ」
「むしろお前らが俺達を囮にしようとしたってことにした方が体面もいいしな。ちょうどグラフが死んじまったから、あいつの犠牲のおかげでなんとかなったってことにすりゃ説得力もある」
「だから、さっさと殺して帰りたいんだけど……」
「しゃーねーだろ。このおばさんがどうしてもおっさんを殺さないでくれってせがんで来るんだからさ。俺だって鬼じゃねえさ。おばさんでも女の頼みは聞いてやりてえ。……条件次第でな」
「はぁ……。こんなおばさんの何がいいのか全然分かんない。……ま、そういうわけだからさ、雑魚君。頑張って逃げてきたところ悪いんだけど死んでくれる?」
そう言ってコドエナは気だるげに立ち上がった。
その様子を見てもセマカが戦闘準備に入るようなことはない。変わらずドールさんに手を伸ばそうとしている。俺程度、コドエナ一人で十分ということだろう。
まったくもって正しい判断だ。
そして、どうやらこいつらは本当に死んだ方がましな虫けららしい。
こんなこと、思うべきではないと分かっている。
たとえどんな非道な行いをした下種であってもその命には価値があって、殺してもいいなんてことには絶対にならない。
きっと、紅帝君や黒崎さんだったら彼らを前にして怒りを抱くことはあっても、こんなクズだから死んだ方がいいなんて酷いことは思わない。彼らに正しく罪を償わせようとするだろう。
それを分かってなお、目の前にいる虫けら共は死んだ方がましだと心の底から思ってしまうから、俺はどこまでいっても凡骨なのだ。
自分の弱さが嫌になる。
「……なるほど。状況は分かりました。では、こうしましょう。もし、これ以上ほんの少しでもニトロさんやドールさんを傷つけようとしたら俺はここで俺の使える最大威力のスキルを放ちます」
「……はぁ? だからなんなの? そんなことしたところであんた程度じゃ私には──」
「先ほど、この近くをミノタウロスがうろついているのを見ました。その状態で派手に音を出せばどうなるか、それすら分からない程バカではありませんよね? ……心中、しますか?」
「……っ。あんた……っ」
用意していた相手の動きを封じる言葉。セマカ達から教えてもらった外道の手法。
それは正しくその効力を発揮して余裕綽々の様子だったコドエナを黙らせた。
そして、ミノタウロスという言葉にその脅威を思い出したのかセマカはドールさんから手を放し、その手を武器に伸ばす。
「──動くな。もし指一本でも武器に触れてみろ。全部終わりにしてやる」
指先が柄に触れるよりも早く、俺の言葉がセマカに届く。
ぎりっと歯ぎしりをしながら鬼の形相でセマカがこちらを睨みつける。
「てめぇ……誰に口きいてやがる……っ」
さて、これで動きは封じた。
ついでにセマカ達のヘイトもこちらに向けた。
だからといって意識の外れたドールさんが何か行動を起こしてくれることなんて不確定要素すぎるので作戦には組み込んでいなかったのだけど、やはり経験豊富な冒険者は頼りになる。
「──痛ッ。……てめぇっ!!」
意識の外れた一瞬。
それをドールさんは見逃さなかった。
指先から放たれた光線が的確に馬乗りになるセマカの足の腱を潰す。
「フリーズ、ウォーム、ファイア、ウィンド」
120点の結果。苦痛に呻きながらも拳を振り上げるセマカ。
そんな隙を見逃すわけもなく、俺の使える最大威力のスキル、なんちゃってフレイムがセマカの全身を包み込む。
「──ッッ!?!? がぁああっっ!?」
「セマカ!!」
コドエナの構えた杖から水が噴き出しセマカを燃やし尽くさんと燃え盛る炎を消し去る。
それでも受けたダメージが消えるわけではなく、ぷすぷすと煙を上げるセマカは明らかに弱っていた。
「……っっ。──コドエナっ!! 殺せっ!!!」
「分かってる!!」
殺意が、こちらに向いた。
真正面から戦うなんてとんでもない。
踵を返して来た道を走って引き返す。
「……っ。待てっ!! 逃げんな!!」
背後から響く罵声。
そんなもので止まるわけもなく、コドエナがこちらを追ってきていることを足音から確認して予定していた場所まで駆け抜ける。
そして、その部屋を前にして盛大にこけた。
「雑魚の癖に、面倒なことさせやがって……っ」
尻もちをついた状態で振り返ると、すでに眼前には杖を構えたコドエナが嗜虐的な笑みを浮かべて立っていた。
追い詰めた。絶対に逃がさない。
そんな意志が読み取れる瞳から目を逸らして俺はコドエナのほんの少し背後に視線を向ける。
そして、ぽつりと言葉をこぼす。
「……ぁ」
「は? ……っ!?!?」
自分から目を逸らして呆けたような言葉をこぼす俺にコドエナはその意味を考えただろう。
そして、すぐに思い至ったはずだ。俺がついさっき言った言葉に。
近くにミノタウロスが来ていたという言葉に。
「まぁ、ブラフなんですけどね」
振り向くコドエナ。その視線の先には何もいない。
慌ててこちらを向き直すが、その隙があれば十分だった。
コドエナの体を掴んで押し出す。
彼女の軽い体は簡単に押し出されて部屋の中へと吸い込まれていった。
尻もちをついて、何が起きたのか理解できずにこちらを見上げるコドエナ。
そんな彼女を置き去りにボス部屋の扉はひとりでに閉じていく。
扉の閉まる直前、すべてを理解して彼女は青ざめ手を伸ばした。
──まずは一人。




