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異世界でも凡骨は希う  作者: 日暮キルハ


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凡骨は達観する

 なんとなく、カーマスさんの指導方針は見えてきた。

 それで何が楽になるわけでもないのでバタバタといい加減耳が慣れてきた罵声を受けながら訓練場を駆け回る。


 罵声以外の名前を呼ぶ声が耳に届いた。


「……あの、やっぱり白鷺君にも誰かがつくべきなのではないでしょうか。なんなら僕と一緒でも」


「はじめ、さっきも言ったが彼には彼に必要な指導を与える。だから、君は自分が強くなることを考えなさい」


「……っ。ですが、あれではまるで――」


「まるで?」


「…………いえ、なんでもありません」


「そうか。分かってくれたならいい。私達は彼と違って君には期待しているんだ。その期待にぜひ応えてくれ」


「……っ」


 満足げにそう言うと、カーマスさんは紅帝君の背中を叩いて発破をかける。


 それに紅帝君らしくもない複雑そうな表情で答えるとチラリと紅帝君の視線がこちらに向いた。


 ――まるで、見せしめみたいじゃありませんか。


 紅帝君はそう言いたかったのかもしれない。

 ただ、俺に聞こえるところでそれを言うのはきっと憚られた。優しさがその言葉を飲み込ませた。


 全くもっていい人だ。

 でもね、紅帝君。


 分かりやすい差別や嘲笑よりも、君みたいな優しい人間の憐れむような視線の方が効いてしまうひねくれた人間も世の中には居るんだよ。


 さっきまで何でもなかったはずなのに、なぜか胸がじわりと痛んだ。


◇◆◇◆◇


 まるで見せしめのような体制。それが実はこちらの一方的な被害妄想に過ぎず、カーマスさんはしっかり俺のような弱者を鍛えるための方策を示してくれていた。


 そんな可能性はないだろうか。

 その方が都合がいいので模索したみたが、どう楽観的に捉えてもそれはない。


 訓練用の木刀や杖。

 とくに自分で使った覚えのないそれを指定された保管場所へと戻しながら今日一日を振り返りそう結論付けた。


「……手入れもしておけと言われましたっけ。今日中に終わるかな……」


 ほとんど丸一日パシりに励んだのち初日の指導は終わりとなった。色々と磨耗したのでゆっくり体を休めるために帰ろうとしたところ、カーマスさんに呼び止められて後片付けまでしっかりとやるように言われてしまった。それから、手入れの行き届いていないものを訓練で使うと怪我の危険性があるので片付けが終わったら手入れもやっておくようにとも。


 一応、これは俺に対しての指導という名目であるらしい。それを理由に、手伝いを申し出てくれた紅帝君をはじめとした数名のクラスメイトたちがカーマスさんに手伝うことの禁止を言い渡されていた。

 しかし、管理方法について記された冊子を読むに、どう考えてもこの作業量は一人でやるべき量ではない。


「まぁ、泣きごと言っても仕方ないですか」


 喜んでいいのかは微妙だが、何事もうまくいかないことには慣れている。

 愚痴の一つくらいは言いたくもなるが、それをやって得られるものがないこともよくよく知っている。

 ゆえに愚痴はそこそこに手と頭を動かす。


「この手順はまとめた方が効率が良さそうですね。……こっちはむしろ手順自体分割した方がいいか」


 量こそ多いものの、よくよく見れば結局は単純作業の連続に過ぎない。

 であれば自分に思いつく限りの工夫でもって効率化を図りあとは手を動かすのみ。


「…………」


 黙々と手を動かしながら、思考を再度今日の振り返りに戻す。


 カーマスさんは、おそらく徹底的に俺を見せしめとして使い潰すつもりだ。この無茶な雑用の押し付けもおそらくはその一環と思われる。


 なぜ、そんなことをするのか。別にカーマスさんが俺を嫌いだからとかそういうことではない。悲しいことに敵意や悪意を向けられることには慣れているので彼の振る舞いがそれとは違うことには確信が持ててしまう。

 きっと、もっと合理的な話で、おそらくはこのやり方がカーマスさんの指導方針であり、結果を出してきたメソッドなのだ。


 ──不平等と差別がもたらす恐怖と愉悦。そこから生じる多数側の優越感こそが人を最も効率よく育て団結させる。


 中学の社会科の先生はそんなことを言って、まるで差別を容認するようなその発言が問題になって別の学校に行くことになった。

 いつも無表情で何を考えているか分からない先生だったけど、できの悪い生徒が何度質問に行っても嫌な顔一つせず教えてくれる好きな先生だった。

 異動が決まって、もう最後になると思って会いに行くと「不平等も差別も許されないそうだ。でも、彼らは現存する差別と不平等の代名詞であるいじめを止めない。なぜだろうね?」と珍しく笑いながら言っていたのをよく覚えている。


 きっと、カーマスさんも同じなのだろう。

 不平等で差別のある環境こそが人を育てるに望ましいと思った。だからその環境を意図的に作った。


 優秀なごく一部の人間を過剰なまでに優遇し、それ以外との明確な「差」を作る。

 そうやって優秀なごく一部に愉悦を与える一方、それ以外のなかですら劣るごく一部の劣等種を殊更に差別し冷遇することで、優秀なごく一部になれなかったそれ以外の傷ついた自尊心を癒し、また愉悦を与え、優越感を植え付ける。

 冷遇される劣等種の扱いが酷いものであればあるほどに自分がそうでないことへの安堵と愉悦は膨らみ、同時に自身が劣等種に落ちぶれた先にある恐怖が彼らに怠慢を許さず絶え間ない成長を促す。


 ああなりたくなければ自分の価値を証明し続けなければならない、と。


 そのための衆人環視の下での自己紹介であり、騎士団員の割り振りであり、訓練内容の差であり、与えられた場所であり、必要のない罵声であった。

 結果的に一人二人精神を病もうが大怪我をしようが最悪死んだとしても、それ以外がその損失に見合うだけの成長をしているのであれば十分な成果は出たと言える。

 カーマスさんにとって最も避けないとならないのは訓練とは名ばかりの仲良しこよしの集まりで最終目標である魔王討伐に到底届かない程度の実力にしかならないこと。それを避けるという意味でも差別を誘導してクラスメイトたちが手を取り合えないようにして自分に逆らわせないやり方は決して悪い手ではないと思う。


「……とはいえ、あくまでそれは自分が冷遇をされる側にいないという条件ありきでの話ですけどね」


「白鷺君、君の勝手だけどあんまり独り言が多いのはモテないよ?」

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