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異世界でも凡骨は希う  作者: 日暮キルハ


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凡骨は悔いている

 普段、わりと饒舌な先生にしては珍しくそれきり何か話しかけられることはなく書庫へとたどり着いた。

 一度は片付けたギフトについての書物を机まで運び、メモをとったクラスメイトたちのギフトとその詳細を書物を用いて頭に詰めていく。

 わりと単純な作業ではあるが、こういうことをやっているときの時間の経つ早さというのは異常なもので先生に声をかけられて時計を見上げるとすでに日をまたぐ寸前というところまできていた。


「さすがにそろそろ休んだ方がいいと思うけど」


「……そうですね。これから何があるかも分かりませんし」


 正直、あまり眠たくはないが、体はかなり疲れているはずだ。自覚こそないものの興奮状態で眠気が吹き飛んでいるだけだろう。

 やりたいこと、やらなければならないことは山のようにあるけれど、それにしても絶対に今日しなければいけないようなことではない。


 ギフトについての書物を戻し、代わりにスキルについての書物を引っ張り出して脇に抱える。

 チラリと先生が目を向けたが、それについて何かを言うことはない。


 がしかし、目は「寝ろよ?」と饒舌に語っていた。

 

◇◆◇◆◇


 周囲を見渡して、すぐにそれが夢であることに気づいた。

 よく知った、小さな俺がいた。

 どこかで見た公園があって、よく知っている、けれどもう会えるはずのない人たちがそこには居た。


 ――これは、過去の記憶だ。


 昔から「入れて」の三文字が言えない子供だった。

 だから、近所の同年代の子供たちが公園で遊んでいるのを何も言えずに傍から眺めてばかりいた。本当は仲間に入れて欲しいのに。一緒に遊びたいのに。簡単なたった三文字の言葉が言えなくてずっとそうやってただ見ていた。


『ねぇ、何やってるの?』


 そんな俺に声をかけてくれたのが奈々ちゃんだった。

 腰まで伸びた長く綺麗な黒髪と宝石みたいにキラキラ輝いて力の籠った大きな瞳が印象的な隣の家の女の子。入れても言えない俺と違って、凄く活発で勇敢でかっこよくて、それからとても可愛い女の子。

 彼女は持ち前の明るさで引っ越してきてすぐに近所の子達と仲良くなった。そして、いつものように公園のブランコから遊んでいる近所の子達の様子を眺めている俺に声をかけたのだった。


『あんた隣の家の子でしょ? そんなところに一人で居ないで私達と一緒に遊ばない?』


 ものすごくみっともないことに、俺はそんな彼女の言葉に「うん」の二文字も返すことができず、ただ壊れた人形みたいに何度も首を縦に振っていた。そんな俺に一瞬きょとんと驚いたような顔をして、それから「あんた変な奴ね」って笑いながら彼女は手を差しのべてくれた。

 そうして、俺はおよそ三年もの無駄な時間を費やして、ようやく近所の子供たちと公園で一緒に遊ぶことに成功したのだ。


 奈々ちゃんは凄い子だ。


 傍から眺めていた時から知っていたことではあったけど、話すようになって少しずつ知らなかった彼女の事を知るたびにそう思った。

 俺と違って勇気があって頭も良くて運動神経も良くて、それから少し乱暴な言葉遣いをすることもあるけれどとても優しくて。外見だけでなくて中身も優しくて繊細で綺麗な人だった。

 奈々ちゃんは俺にとっての憧れで、きっとそれは彼女を知っている人全員にとってそうで、彼女の友達でいられることは俺にとって何よりの誇りだった。彼女が俺に向けてくれる表情が、言葉が、態度が、全てが嬉しかった。彼女と一緒に居る時だけは自分の弱さが気にならなかった。


 ――瞬きをすると、場面は切り替わる。


 近所の小学校と小さな俺、それと奈々ちゃんが隣にいた。


 小学生なっても奈々ちゃんは優しい憧れだった。

 勉強で分からないことがあったら何も言わなくても「しょうがないわね」なんて言いながらも教えてくれて、体育の跳び箱がとべなくて困っていたらコツを教えてくれて、何かしら困ったことがあるたびに奈々ちゃんは助けてくれた。

 彼女は皆の人気者で、それは六年間ずっと変わらなかった。


 変わったのは、俺の置かれた状況だった。

 少し分からないところがあった勉強は、どんどん分からないところが増えていった。

 ちょっと苦手だった運動は、クラスでも下から数えた方がよっぽど早いほどに苦手で怖いものになっていった。

 低学年の時はまだはっきりと見えていなかった周囲と自分の違いがはっきりと見えるようになった。自分は人より数段劣っていて、奈々ちゃんはどこをとってもとても優れた人だった。


 人間は比較したがる生き物で、子供は残酷なほどに正直だ。

 そんな子供の集まる小学校で、他者より目に見えて劣った人間がどういう扱いを受けるかは想像に難くない。見下され、馬鹿にされ、玩具のように弄ばれる。

 それだけなら良かった。それだけであれば何者にも劣る自分の弱さを嘆くだけで済んだ。

 それだけで済まなかったのは、人間には嫉妬心があり、自分達より劣った凡愚が自分達が愛してやまない人気者からの庇護を受けることを許せないというのが人気者を愛する人達の総意だったから。

 

 鉛筆が一本消え、筆箱が消え、教科書が消え、上履きが消え、鞄が消える。

 そして、それら全てが尽くゴミ箱から見つかる。

 執拗に肩がぶつかり、足元がおぼつかず、服に土汚れが付着する。

 たまに階段から落ちて、周りにいたクラスメイト達は口を揃えてそれが不注意であることを知っている。


 一つ何かが消えるごとに、その惨めさに心に一つ穴が開く。

 慌てて探していると耳に届く微かな嘲笑に肺が焼かれて呼吸が苦しくなる。

 頼れる人は絶対に頼れなくて、この期に及んで自力で問題に向き合えない自身の弱さに気づいた脳が情けなさに悲鳴をあげる。


 クラス全体で一丸となって身の程を弁えない愚者への制裁を下す彼らの正義の鉄槌はしかし突然終わった。


『奈々に悪いって思わないの? あんたごときに奈々の隣にいる資格があるなんて本気で思ってるの? はっきり言うけどさ、奈々も本当は迷惑だと思ってるよ。あんたみたいな釣り合わない奴が友達面してきてウザいって』


 その日、奈々ちゃんは生徒会の仕事で教室にいないはずだった。

 だから、奈々ちゃんとクラスの中でも一際仲良くしていて休み時間をいつも一緒に過ごしている少女達は断罪を決行した。

 彼女達は決して暴力は振るわない。血気盛んな男子達にも怪我の残る暴力を振るうことは決して許さない。言葉による存在の否定が彼女達の正義であり、それはその日も変わらなかった。

 変わらず劣っているという現実を突きつけられるはずだった。


『……へぇ、そういうことだったんだ。おかしいと思った』


『お前ら全員グルになって、私のこと騙してこんなことやってたんだ』


『誰が、誰に、何を思ってるって?』


『答えろよ。なぁ、おい』


 普段から語気が強いところはあった。

 けれども決して怒ったところを見たことはなかった。

 ゆえに、このとき初めて俺は奈々ちゃんは怒るとどこまでも声の温度が下がっていくのだと知った。

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