引っ越しは疲労とともに
「本気で言ってるんですか・・・?」
「ええ、というかもう着きました」
夢見町。次の小説の舞台とすべく俺はこの地にやって来た。
海岸沿いに広がる街には、和風建築が立ち並んでおり、風情溢れる景観となっている。
温泉もわき出ており、万病に効果があるようで、観光地としても有名だ。とはいっても観光地として知られ始めたのはかなり最近の話だ。
というのも夢見町に行くにはかあり交通の便が悪く、海を背に三方向を山に囲まれているため、山を越えねばならなかったのだ。
最近になってようやくロープウェイができ、ある程度気軽にこれるようになったため、一気に観光地としての人気が高まったというわけだ。
「打合せなんかはリモートでもできますけど・・・学校なんかはどうされるつもりなんでしょう」
「転校することにしました。前の学校はただ行ってるだけみたいなもんだったんでやめてもいいかなって」
「はぁ・・・もちろん親御さんの許可は得てるんですよね?」
「もちろんです」
「ならもういいです。わたしにどうこうできることではないですから」
「すみませんね、いつも迷惑かけて」
「いえ、担当の先生のわがままを聞くのも私の仕事ですから」
「いつもありがとうございます。愛してます」
「なっ、じょ、冗談はやめてください!」
「はは、でもほんとに感謝してますよ」
「こほん、ところで上笠さん」
「はい」
「そろそろ連載の方の執筆進度が気になるのですが」
「うぐっ」
新しい小説を書くために夢見町に来たのは間違いないが、俺は今、連載小説を一作品書いている。連載自体はネットでしているのだが、それを文庫本化して販売しているため、俺の収入に直結する。
というかそれが収入のメインだから、疎かにするわけにはいかない。
「で、どうなんですか?進み具合は」
「ま、まぁぼちぼちやってます・・・」
「そうですか。わかってるとは思いますが、文庫本的にも締め切りの目安はありますから、のんびりしていいわけではないですからね?」
「存じております」
「期待しています。それではまた何かあれば連絡してください」
「分かりました。失礼します」
自分の担当編集である、尾身さんとの通話を終える。
あの人結構冗談に弱いんだよなぁ。いじりがいがある。
ただ、先程のように、編集者の鏡でもある・・・。
怖いけど、正直尾身さんのお陰でいい作品が作れている面もあるから感謝している。
「っと、ここか」
スマホをポケットにしまい、目の前の建物を見上げる。
『和泉荘』俺の新たな生活の拠点である。二階建ての一般的なアパートではあるが、思っていたより外装はきれいで、内装にも期待できるだろう。
少し問題があるとすれば立地だろうか、栄えている通りからは少し離れており、買い物に行くには15分ほど歩かなければならない。
「・・・あのー」
突然後ろから声を掛けられ、振り返ると、そこには制服に身をまとった女子高生がいた。
「あー、すみません。邪魔でしたね」
アパートの前から退き、道を開ける。
「あ、いえ、そうではなくてですね。あなた、もしかして上笠宗さんですか?」
「ええ、そうですけど・・・なんで俺の名前を?」
「ああ、自己紹介が遅れましたね。私、和泉寧々と申します。いやぁちょうど会えてよかったです。」
「和泉・・・?もしかして・・」
「ええそうです。私が・・」
「大家さんのお子さん?」
「違います!私が大家本人です!」
大家・・・女子高生が?
「なんですかその目は・・ほんとですよ。私が嘘つく理由ないじゃないですか」
確かにそうか・・。
「信じるよ。別に疑ってたわけじゃない。ただ珍しいなぁって思っただけだ」
「そうですか・・ならいいですけど」
「ああ。知ってると思うけど、上笠宗だ。これからよろしく」
「よろしくお願いします。泉さんの部屋は202号室になります。いろいろ手続きをしますので、一度管理人室へ来てください」
「お疲れ様です。こちらが鍵になります」
手続きを終え、鍵を受け取る。ようやくこれからを過ごす部屋とご対面だ。
ワクワクを抑えつつ、階段を上る。
「あれ、和泉さんも来るんだ」
「ええ、私201号室に住んでますので」
え、隣の部屋なの?じょ、女子高生が隣の部屋に・・・
っていかん。何を考えているんだ俺は・・・。アパートなんだから隣人がいるのは当たり前だろ・・・。
「そ、そうなんですか。よろしくお願いします・・・」
「なんで急に敬語になるんですか・・」
ナンデモナイデスヨ
「じゃあ私はこの部屋なので、また何かあれば」
201号室に入っていく和泉さんを見届け、俺は『202』と書かれた部屋の前に立ち鍵を差し込み、ドアを開く。
「おぉ」
普通の部屋だ。
なんの言い表しようもない普通の部屋。
いいね。広さも一人暮らしをする分には問題ない。
先についていたらしい数個の段ボールに入った荷物をあけ、パソコンや衣類が入ってるを確認する。
問題なさそうだな。
ピンポーン
ドアのほうからチャイムが鳴る。
「はいー」
ドアを開けると和泉さんが立っていた。
こんな早く再開するとは、何か問題でもあったのだろうか。
「すみません言い忘れてたんですけど、休んでからでいいですから、後で篝火神社のほうへ行ってください」
夢見町には離れの島があり、そこに神社がある。それが篝火神社だ。時間によっては潮の満ち引きの影響で島まで歩いて渡れるらしい。
が、
「いいですけど、なんでですか?」
「あー、なんかこの町の風習?みたいな感じでして、この町に長く滞在する人は最初に神社に行かなきゃいけないんですよね。なんか儀式?みたいのをやるらしくて、私は赤ちゃんの時にやったので覚えてないんですけど」
へぇ、そんな面白そうなイベントがあるんだ。
「わかりました。ちょっと休んだら行きます」
かなり時間をかけて移動してきたため、どっと疲れが押し寄せる。
少しは新幹線で休めたが、それでもなかなかの距離を歩いた。そのうえその間は暑い夏の日差しに照らされていたわけだからな。
お茶でも飲んでから神社に行こうかな。
持ってきたティーパックを取り出し、備え付けの電気ケトルに水を注ぐ。
そう。このアパートは家具付きなのだ。わざわざ家具を買わなくてよいのはありがたい。どれだけの間この町に住むのかもわからないしね。
湯が沸いたのを確認し、カップにそそぐ。
「ふぅ」
ソファにどっかりと腰を下ろし、お茶をすする。
あったかいお茶はどの季節でもうまいな
うーむ、なんだかこうしてると眠気g・・・