63話 『討伐完了!』
首を失い、暴れ回るヒュドラの元へと駆け出した私達。
しかし、近づけば近づくほどに強まる地響きにより、バランスは不安定となっていた。
空中に飛ぶ、という考えが頭によぎるが、距離がある以上無闇に飛んだところで無意味。
となれば、紅葉に協力してもらう他ないだろう。
「紅葉は足を止めて! 私が仕留める!」
「了解っす! でも、期待はしないでくださいよ!」
足場が不安定な中で、ヒュドラの動きを止めるには、切り落とした方が良い。
けれど、そうもいかないのが現実だ。
首とは違い、そう易々と切り落とせる訳もなく、紅葉は苦戦している。
「……いい加減に、するっすよ!」
一本の足を攻撃し続けても無駄だと感じたのか、紅葉は動く足の間を器用に通りながら全ての足を斬りつけた。
何度も、何度も。
その間私はチャンスを窺い、紅葉の息が上がった頃、ようやくその時は訪れた。
ーー今しかない!
限界を越えろ、終わらせる為に!
「はぁぁぁぁ!!」
紅葉の活躍により、足が機能しなくなったのか、ヒュドラは地に伏せようとしている。
が、その前に私は股下へと潜り込んだ。
一歩間違えれば押し潰される危険性はあるが、柔らかい部分を狙うにはこれが効果的だ。
「っ! 腕が痺れてーーだったら!」
真上へと何度も貫通弾を放った結果、今までの戦いでの疲労も相まってか私の左腕は痺れてしまい上手く動かせなくなっていた。
だから、私は銃を投げ捨てる。
今は必要ない、こっから先は短剣一本で充分だ。
「雫さん! いっちゃって下さい!」
「……!! うん!」
右腕一本と短剣で仕留めきれるか分からない。
その不安が顔に出ていたのだろう。
リーダーがメンバーを不安にさせてどうする!
今ここで倒すのがリーダーの務めだろうが!
「うぁぁぁぁぁあ!」
ヒュドラの巨大な体を螺旋を描くように回転しながら斬りつけ、空中へと大きく飛び上がる。
焔ちゃん、桜、紅葉、冬。
皆んなの期待の篭った目が私へと向けられるのを感じた。
そんな皆の期待を裏切るわけにはいかない。
ーー大丈夫、任せといて。
「これでーー終わりだぁぁぁあ!!!」
残った全ての力を一撃に注ぎ、地に伏しているヒュドラの心臓へと突き刺し、捻る。
直後、ジタバタと暴れたかと思えば、すぐに動かなくなり目を覆う程の光を放たながら粒子となって消えていった。
「いたた……」
ヒュドラが居なくなったことで、そのまま地面に落下した私はお尻をさすりながら、立ち上がる。
降り注ぐ光の粒子は勝利を祝福しているように感じた。
「さっすが雫さんです!! 皆が待ってますよ!」
「……うん! あっ、でも血塗れだからあんまり手を握らない方が……って、もう遅いか」
「こんなの気にしないっす!」
嫌がられたら嫌がられたでショックだったが、紅葉はおろか、遠くから私が来るのを待っている皆も嫌な顔一つしていない。
全身血塗れにも関わらず、だ。
「雫さん! 冬、頑張りました。褒めてください、撫でてください!」
紅葉に手を引かれ、皆の元に帰った私へと、真っ先に近付いて話しかけてきたのは冬だった。
むふーっと褒められ待ちしながら、私の手を握っている。
とはいえ、どうしたものか。
撫でてあげたのは山々だが、これでは髪に血がついてしまう。
「ごめんね、綺麗な髪を汚したくないから、今は褒め言葉だけで良い?」
「は、はい! 大丈夫です……」
ちょっとショックを受けちゃったか。
なら、それを払拭するくらい褒めてあげないと。
凄く頑張ってたしね。
「冬には助けられた場面も沢山あったよ、ありがとね。必死に守ってくれてたし、冬が居たから安心して戦えた。だから、頑張ってくれて、守ってくれて本当にありがとう」
冬の目をちゃんと見て言えるように、屈んで告げる。
心から思った素直な感謝を、褒め言葉を。
「ひ、ひぇ、まさかそんな、目を見ないで下さい! 恥ずかしいです!」
照れてしまった冬は小動物のように素早い動きで桜の背中に隠れてしまった。
まぁでも嫌がってはないみたいだし、ちゃんと伝わった筈だ。
あとは……皆に向けての感謝を示そう。
「勿論! 皆頑張ってくれてたし、倒せたのは皆のお陰だよ! 助けられた場面も何回かあったし、本当にありがとう」
思わず言いたいことを全て言ってしまった。
しんみりした空気にはしたくなかったが、どうしても本気で感謝を伝えたかった為に、頭を下げている。
リーダーとして正しい行動なのかは分からない。
けれど、誰か一人の力じゃなく、皆が居たから倒せたっていうのをどうしても伝えたかったのだ。
「こちらこそありがとうございました。私達もずっと助けられてきて、ようやく少しでも恩返しが出来てとても嬉しいです」
礼節を弁え、桜はそう言いながら頭を下げる。
それに続くように今度は紅葉が口を開いた。
「それにパーティーじゃないですか、助け合うのが当たり前っすよ! って、最初に気絶した私が言うことじゃないですけどと……」
えへへ。っと、頬を掻きながら視線を逸らす紅葉。
けれど、誰も気絶したことを責めることはない。
むしろ、桜の後ろにいた冬が紅葉の頭を撫でたことで、感極まったのか泣き出してしまった。
「ちょ、紅葉姉! 泣かないでよ!」
「だっでぇ、分かんないけど出てくるんだもん!」
「分かった、分かったから。紅葉姉は凄く頑張ってたよ。だから、泣き止んで」
「ゔぅ。ごめんねぇ、不甲斐ないお姉ちゃんで」
「もう、そういうの良いから! 紅葉姉の事そんな風に思った事ないし! あー、もう! 桜姉! どうにかして!」
「ふふっ。全く、仕方ない妹ですね」
こうして三姉妹の関係性を外から見ていると、冬の方が紅葉よりも大人びて見える。
いや、元々そうなんだけど、こうして泣き止ませようとしているのを見ると、余計にそうだ。
「にしても、あの空間には入れないなぁ」
焔ちゃんも遠慮しているのか、眺めながら小さく呟く。
「ね。まぁでも、家族水入らずの時間を邪魔するわけにもいかないし……」
時間はまだまだ沢山ある。
急かす必要はないのだから、割って入るという不粋な真似はするべきじゃない。
それに、こうして焔ちゃんと二人で話すのも久しぶりな気がするし、こっちはこっちで楽しみたい所だ。
「あ、そうだ。雫、ごめんね。今回の戦いさ、皆は結構役割を全うしてたのに、私だけ自由に行動しちゃって」
「ううん。そういう所も含めて焔ちゃんだと思ってるから気にしなくて大丈夫だよ。むしろ最前線を背負わせちゃってごめんね」
モンスターと戦う時、一番火力があって、強いのは焔ちゃんに間違いない。
だからこそいつも前線を任せているが、もしかしたらそれが負担になっているかもしれない。
もし、負担になっているのなら……私が代わるべきだろう。
「それこそ気にしないでよ。私の性格とか分かってるでしょ? ほら、私は特攻するのが好きなの」
「そりゃ大体は分かるけど……危ない事はあんまりしないでよね」
「えへへ〜。大丈夫、なにかあっても雫が後ろに居ればなんとかしてくれるでしょ?」
そう言って、笑いながら寝転ぶ焔ちゃん。
信頼してくれているからこそ、私からはこれ以上なにも言える事はなく、小さく溜め息をついてから隣に寝転んで手を握り、それを焔ちゃんへの返答にするのだった。




