62話 『皆の力』
硬くなっていた体を少しほぐし、頬を叩いてから、焔ちゃんが注意を一点に引き付けてくれている間に私は水の中へと飛び込む。
ヒュドラは巨体な為、死角は多いが、それでも地上からこっそりと進むのはリスクが高い。
だからこそ、私は水中から進み、背後を取る事に決めた。
ただ、問題があるとすれば、ヒュドラが私が居ない事に気付いた時と、焔ちゃんから標的が桜達に変わった場合だ。
冬の大盾ならばある程度は防ぐことは出来るかもしれないが、全ての首が狙ってくれば長くは持たないだろう。
「ぷはぁ! ふぅ……」
桜の銃声に合わせて陸へと上がり、屈んで歩く事で水が滴る音すら聞かれないように気配を消していく。
完全に背後を取れた今、この状況はチャンスでしかなく、ここで首の一本でも切り落とさないと注意を引いてくれている焔ちゃんに申し訳が立たない。
だから、今は焦らずゆっくりと……。
「っ! まずい!」
一向に焔ちゃんへとブレスが当たらないことに嫌気が差したのか、突然方向性を変え、桜達を狙いはじめている。
ただ、そのことに気付いた冬が真っ先に前に出て守ろうとしており、桜も射撃で軌道をズラそうとしているのが目に映った。
ここで私が出るべきか……?
いや、まだ駄目だ。気付かれちゃいけない。
仲間達が危険に侵されている中、耐えることは厳しいが、それでも血が滲むくらい拳を握りしめ、ひたすらにチャンスを待った。
しかし、その機会が訪れる事はなかった。
それよりも早く私が飛び出さないといけなくなったのだ。
「っ! この体勢じゃ受け身が取れーーガハッ!」
ヒュドラを止める為に焦った焔ちゃんが動くのを待っていたのか、ブレスを途中で止めた一本の首による薙ぎ払いを避けることは叶わなかった。
その結果、ゴロゴロと玉のように転がり、なんとか生きてはいるものの血を吐き出し、立つ事すら出来ていない。
追撃はさせられない。
今ヒュドラの攻撃が焔ちゃんに迫ったら、死んでしまう!
……だったら私が止めないと。
チャンスを待ってる暇なんて、ない!
「ーーあぁぁぁあ!!! もう誰も、傷付けさせない!」
焔ちゃんへと向けブレスを放とうとしている、膨れ上がった首へと強襲を仕掛ける。
結果ブレスは放たれる事なく、その場で破裂し、首は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「!? 冬! 二人を守って!」
爆風により吹き飛んだものの、かろうじて体を動かし、銃弾を撃ち放つ。
しかし、それでももう一つの首から放たれたブレスを止めることは出来ず、吐き出されてしまった。
目の前を通り過ぎる爆炎。
衝撃と熱波によりチリチリと体が焼けていく。
が、私には特に被害はない。
あるのは冬達だ。
無慈悲にも冬たちを飲み込んでいく炎に、止められなかったという無念が込み上げてくる。
なんて無力なんだ……私は。
ゆっくりと落ちていく中で視線を向ける。
無事であることを願って。
「……!」
凄い。凄すぎる。
思わず驚愕し、目を見開くほどの光景が目に映っていた。
それはーー冬が完全に防いでいる姿だった。
「冬! もう少し踏ん張って!」
私の声が届いたかは分からない。
けれど、ブレスが終わるまで耐え切った冬は、最後こそ完璧には防ぎきれずに転倒してしまったものの、致命傷は負っていない。
無論、紅葉と桜も無事だ。
「良かった……これで後はーー」
私が仕留める。
っと、そう言おうとしてヒュドラへと向き直した時、注意が逸れている私を狙って、大きな口が迫っていた。
「雫さん!」
「ーー冬、ナイスです。後は私が!」
冬が大盾を投げたことでヒュドラは弾かれ、そこを突いた桜が目を撃ち抜く。
間一髪助けられたことで、感謝を告げるよりも早く体勢を立て直そうとした時、眼前を凄まじい速さで駆け抜けた紅葉が首を切り落とした。
「ご迷惑をお掛けしてすいません! ウチが下手に攻撃を受けてしまったばっかりに……」
「心配しないで。迷惑だなんて誰も思ってないからさ。ってか、もう体は大丈夫なの? そんなに動いちゃって」
「はい! 大丈夫っす! 今からバンバン戦うっすよ!」
「あー、話してる所悪いんだけど、隙をついて殆ど終わらせてきたからさ、止めをお願いして良い? 私はもう疲れ過ぎたからさ……」
紅葉の力で首を切り落とし、私が一本、そして、動けないと思っていた焔ちゃんによって、ヒュドラの首は全て無くなっていた。
とはいえ、まだ死んではいない。
こっちの姿すら見えていないのに、ヒュドラは近づかさせないとばかりに暴れ回っている。
「うん、焔ちゃんは冬達と一緒にゆっくり休んでて。後は私たちでやるから。ーー紅葉、やれるよね?」
「はい! 任せてください!」
今までずっと守り続けてきた冬も、最後に渾身の力で大盾を投げたことで、もう体力を使い果たしたのか地に伏している。
依然として桜は射撃を続けてくれているが、精度は下がりきっているし休ませた方が良いだろう。
勿論、焔ちゃんもこれ以上戦いには参加させられない。
だから、私は紅葉以外を離れさせ、二人で終わらせる事にした。
「雫、弱っているとはいえ、気を付けてね」
私にも傷や疲労がないわけじゃない。
それを理解しているからこそ、焔ちゃんは心配そうな顔をしている。
「大丈夫、見てて安心出来る戦いをするからさ」
「そっか。それなら問題ないね。じゃ、後は任せたよ!」
「うん!」
私の返答に、焔ちゃんは微笑んで返し、背中を押してくれた。
想いを背負った以上、ここで無様な姿は見せられない。
皆の頑張りを無駄にしない為にも。




