60話 『飲み込まれ、引きずり込まれる』
桜は私の指示通り、ひたすらに撃ち続け、射撃音が断続的に響き渡っている。
冬は焔ちゃんの前に陣取り、回復中を狙ってきた首からの攻撃を防いでいる。
私へと向けられる攻撃はなく、注意すら向けられていない。
だからこそ、そう思っていたからこそ、私が助けなければいけなかったのだ。
「……えっ? ーーぁぁぁあ。あぁぁぁ! 紅葉! 紅葉を返せ!」
一瞬事態を飲み込めず、私は呆然とし固まってしまった。
けど、すぐさま状況を理解し、叫び声をあげながら何度も何度も短剣を振るい、銃弾を撃ち放つ。
「皆、ごめん! 助けられなかった、本当にごめんなさい!!」
あと一歩だった。
焔ちゃんに駆け寄らなければ、もっと早く動けば届く距離だった。
後悔だけが頭を巡る。
でも、もう遅いのだ。
目の前で抵抗すら出来ないままに飲み込まれていった紅葉の姿を見た以上、私は自責の念に駆られて謝りながらも、攻撃を続けるしかない。
なんとか吐き出させる為に。
「……雫、大丈夫だよ。まだ間に合うから」
「焔さん、その傷で動いたら!」
モンスターの防御は硬く、私では吐き出させることは難しい。
短剣一本では首を切り落とす事だって出来ないし、どうしようもない。
絶望が心を支配する。私が間に合わなかった所為で起きた事実に冷や汗は止まらない。
「ーー焔ちゃん!?」
「雫、私に任せといて!」
回復は終わってなく、未だ血を流している。
血痕は進んできた道に続いていて、顔色は悪い。
冬が制止するのも無理ないくらいの体。
なのに、私へと向けられる顔を見た瞬間に心を覆っていた暗闇は消えていった。
今にも水に潜っていこうとしているのを止めるのは難しいのに、ボロボロの体でどうにか出来るとは思えないのに、どうしてか焔ちゃんならきっとどうにかしてくれると思ってしまったのだ。
「雫! 受け取る準備を宜しくね!」
「えっ!? ちょ、えっ!?」
地面を蹴り、飛び上がった焔ちゃんは私へと一度振り向き、笑顔で言葉を掛ける。
そして、私が驚いた次の瞬間に剣を鞘へと収め、連撃する様に何度も何度も炎の斬撃を放ち始めた。
それも、狙いは正確無比であり、私が貫通弾や短剣で付けた傷を目掛けており、徐々にだがモンスターの首は切れてきている。
「これで仕上げだぁぁぁぁ!」
水に潜り込められない程の連撃により、よろめいているモンスター。
その隙を見逃さず、焔ちゃんは叫びと共に渾身の一撃を放ち、首を切り落とした。
血が噴き出し、水の中へと切り落とされた首は沈んでいく。
そして、それと同時にまだ飲み込まれる前だったのか、ピクリとも動かない紅葉も水へと落ちていくが、寸前に焔ちゃんが掴み、私へと無理矢理投げることでなんとか救出する事に成功した。
「ごめん、もう体力が……。後は任せたよ」
「――桜! 紅葉をお願い!」
「わ、分かりました!」
無理して力を使い過ぎた影響からか、空中で気絶してしまった焔ちゃん。
目の前で落ちていくのを見過ごすことなど出来ず、すぐさま紅葉を桜へと任せた後、私は水の中へと落ちた焔ちゃんを救うべく、水の中へと飛び込もうと構える。
モンスターの主戦場が水の中である関係上、危険であることに間違いはなく、ましてや動けない焔ちゃんを助けながらではまともに戦う事は出来ないだろう。
底の見えない水、そして泳いでいるモンスター。
恐怖を感じているのか、私の心は激しく脈打っている。
「雫さん、冬も手伝いますか?」
「――ううん。大丈夫、冬は皆を守ってて。焔ちゃんは私が絶対に助けるから!」
本音を言えば冬にも手伝ってもらいたい。
けど、それじゃあもし桜達が襲われた場合に困るのだ。
だから、私が一人で助けるのが最善だ。
パーティーリーダーとしても、親友としても。
「ふぅ……。良し。焔ちゃん、今助けるよ」
短剣を手に持ち、大きく息を吸ってから水の中へと飛び込む。
「……!!」
水中という事もあり、動きが大幅に制限されている中で、私は必死に下へと潜っていき、徐々に辺りが暗くなっていく中でようやく沈んでいる焔ちゃんを見つけることが出来た。
目は閉じており、息はしていない。
焔ちゃん、まだ死んじゃダメ。お願い、生きて――!
抱きかかえ、上へとゆっくり上がりながら、人工呼吸によって酸素を分けていく。
死なないで欲しいと必死に願いながら。
「……ごほっ! ごほっ!」
「……!!」
私の中に残っていた酸素が無くなるより前に、なんとか息を吹き返した焔ちゃんは、私へと小さく笑いかける。
そんな焔ちゃんへと、私も目を合わせて笑顔を返し、早く浮上しようとジェスチャーをした瞬間、下からモンスターが猛スピードで追いかけてきた。
「――雫! 早く!」
ずっと気配がなかったにも関わらず、突如として現れたモンスターに驚きつつも、私たちは必死に泳ぎ、どうにか追いつかれる前に焔ちゃんだけは水中から出ることが出来た。
そうして、すぐさま水中へと残された私へと、焔ちゃんは手を伸ばす。
が、既に眼前へと迫っているモンスターに背を向けることは出来ず、私は焔ちゃんの手を取るのではなく、短剣を構えて水中でモンスターと戦う事を選択した。




