55話 『真実』
真っ暗な視界。激痛が走る体。
一瞬だけ落ちた意識も、今や誰かに体を揺らされることで目覚めていた。
しかし、それでも起き上がる事は叶わず、瞼を開く事も出来やしない。
体がどうしても言う事を聞かないのだ。
「……雫……さん! ……起きてください!」
「冬! こんなとこで寝てたら駄目っすよ!」
体が幾度となく揺らされ、その度に襲う痛みが私の意識をどんどん明瞭にしていく。
でも、瞼を開くことを体が拒否するのだ。
「……ポーション、誰か居るなら取ってくれないかな……」
揺らされているという事も、微かに聞こえた声も、全てが幻聴だとしたら無意味なお願いかもしれないが、それでも藁に縋る思いで私は言葉を紡いだ。
その結果、私の口は自分の意思とは関係なく開かれ、そこからポーションが流し込まれた。
少しずつ、少しずつだが、ポーションは体を巡っていき、痛みは引いていく。
……けど、視界が完全に回復するには時間が掛かるようで、体はギリギリ動かせるものの、瞼を開いた所で待っていたのは歪み、朦朧としている視界だけだった。
「っ! 早く、戦わないといけないのに……」
「――! ――――!!」
私を止めるように聞こえる声も鮮明ではなく、上手く聞き取れない。
だからこそ、私はガンガンと痛む頭を無理矢理叩き、更にポーションを飲んでなんとか回復を図り、子鹿のようにフラフラとする足でなんとか立ち上がる。
いつ襲われても冬を守れるように。
――しかし、ここまで隙だらけなのにも関わらずモンスターが私たちを襲う気配は一向になかった。
それがどうしてなのか、未だ視界は治らず、姿は見えないけど、攻撃を防いでくれている甲高い音と今まで聞こえてきた声と呼び掛けで理解出来る。
――そう、焔ちゃん達が助けに来てくれたのだ。
さっきまで私を襲っていた幻覚も幻聴も、吐き気も頭痛も、何もかもが、少しずつ良くなっていく中で、私の耳には今も心配して近くで呼び掛けてくれている桜と紅葉の声が聞こえている。
つまり、ここで二人が私たちに付きっきりということは、焔ちゃんは一人で戦っているという事だ。
霧の深い中、複数体のモンスターと一人で戦うのはあまりにも無謀すぎる。
ここは一刻も早く手助けするべきだろう。それこそ、今すぐにでも。
「焔ちゃん、今行くから! ――えっ? あれ? なに、これ……」
「雫さん! 聞こえますか!? 私の声、届いてますか!?」
「さ、桜……? これ、どういう事なの?」
ポーションにより視界が回復した時、私の視界にはおかしな事に霧なんてなかった。
周囲に見えるのは幾つもの木々であり、それに加えてなによりも驚きなのが、私にも、未だ意識を取り戻していない冬にも、傷なんて一切ない事だ。
「雫さん! 意識をしっかり保って下さい! 今までのは全部モンスターによる幻覚です!」
「そ、そうなの? でもこっちが幻覚の可能性も……」
「先に謝ります! ごめんなさい!」
どっちが幻覚でどっちが現実なのか、頭が混乱してあやふやになったその時、桜が謝ったとかと思えば次の瞬間には脳震盪が起こるんじゃないかと思うくらいの衝撃が私を襲った。
それは桜によるしっかりしろというメッセージのこもったビンタに違いなく、それを受けても変わらない視界を見て、私はようやく今見えている景色こそが現実だと理解した。
「――痛っ!? あれ? ……あぁ、そっか。桜、ありがとね」
「い、いえ! 私こそ叩いてしまって本当にすいません!」
「そんなに謝らないで大丈夫だよ。混乱してたし、良い覚ましになったからね。というか、それよりも早く冬を起こさないと!」
痛みが全てまやかしだと気付いても、未だ完全には抜け出せていないのか痛みが走るが、それでもさっきよりはずっとマシだった。
だからこそ、冬も早く幻覚から解放してあげる為に、必死に起こしている紅葉と変わり、無理やりにでも意識を取り戻させようと考えた。
「ウ、ウチはどうしたら良いっすか? 起こすの手伝った方が良いっすか!?」
「ううん、紅葉は焔ちゃんの援護をお願い。こっちは私と桜だけで大丈夫だから!」
「りょ、了解っす! 雫さん、冬をお願いします!」
一人で懸命に戦っている焔ちゃんの援護へと、紅葉を行かせ、桜を手招きして呼び寄せる。
「桜、冬をここから移動させるから手伝ってもらえる?」
「はい! 任せて下さい!」
私たちとモンスターの位置がある程度離れているとはいえ、倒れている人にとっては安全ではない。
戦闘の余波に巻き込まれてしまう可能性があるし、いつ起きるか分からない以上は移動させた方が良い筈だが。
冬を二人掛かりで持ち上げようとしたその瞬間、完全には覚醒していないものの、冬は意識を取り戻した。




