54話 『死の覚悟』
ゆらゆらと霧の中を蠢く影を目で追い、出来るだけ逃さないように、反応出来るように構えていたが、相手もこちらの様子を伺っているのか一向に攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
緊迫した空気と、次第に感じてくる圧。
その両方が私たちの精神をすり減らしていき、睨み合いが続けば続くほど消耗は膨れ上がっていく。
この状況になるのを狙うほどの頭を敵が持っているのか分からないが、狙ってようといまいと、こちらからは攻められないのだから私たちはただ待つことしかできない。
「雫さん。これ、もしかして複数のモンスターに囲まれていませんか?」
「そうかも……。ってことはこいつは仲間来るまで待ってたって事ね。冬、よく聞いて。多分ここから先次々と攻撃されるから、死角からの攻撃だけは気を付けてね」
「了解です。出来る限り善処してみます……」
私たちを囲んでいたはずの影はいつの間にか見えなくなっており、その代わりに霧の中でもくっきりと分かる赤い目が六つ。
数だけを考えれば、冬の言う通り複数のモンスターに囲まれていると思った方が良いだろう。
そして、囲まれてしまったが最後、ここから猛攻を仕掛けられる可能性が高いのは想像に容易い。
「……留まるべきじゃなかったか」
「そう、みたいですね」
もしも相手が最初は一体だけだったら、ここに留まるべきではなかっただろう。
しかし、それはあくまでも結果論であり、今更考えても仕方ない事。
とにかく今はこれ以上増えないことを祈るしかなく、このまま様子を見てくれているだけなのを願うしかない。
「――っ! 来るっ!」
「どっちですか!?」
「右と左! 両方から!」
しかし、この世界はそんな優しい世界なんかじゃなく、様子見する事をやめたモンスター達は左右両方から一斉に攻めたててきた。
霧で反応が遅れる関係上、私が叫ぶと同時に届いた一撃を完全に防ぐ事はできず、冬は防げたものの体勢を崩してしまい、私は逸らせたもののかすり傷を負ってしまった。
「ーーっ!」
「雫さん、大丈夫ですか!?」
「これくらいなら大丈夫だから! 冬は早く立て直して!」
冬が私を心配している隙を狙われる可能性があるという事を危惧した私は、自分を心配しないように言い、そのまま霧の中を見据える。
血が頬を伝ろうと、若干の痛みを受けようとも全てを無視してただただ反応出来る様に。
……でも、そこまでしても私達が完全に防ぐことは出来なかった。
相手がこちらの場所を把握している関係上、カウンターを出来る隙間はなく、一撃の威力もそれなりに高い為、私ですら防ぐので精一杯なのだ。
「……もっと防御の仕方を練習しとけば良かったか」
今まで攻める事の方が多い為に、多少防ぐ事はしてきても、全てが反射神経に任せたものだった。
それに、視界を確保している状況下が多かったからこそ、今こうした状況を予測すらしていなかったのだ。
だからこそ、私は自分が何も出来ない不甲斐なさでイラついてしまい、ボソッと呟いてしまう。
「うっ、頭が割れそうです……。雫さん、この霧、あんまり吸い込みすぎたらダメかもです……」
「冬!? ーーっ! マジか……。つまり、この霧は毒ってことね……」
こっちから上手く攻めることが出来ない中、傷はどんどん増えていき、やがて耳鳴りや頭痛までもが私を襲ってくる。
それに加えて、幻覚や幻聴がまたも聞こえてきて、私の視界はぐにゃりと曲がり、立っているのも難しいくらい回ってきてしまった。
まるで酔っているときのように。
しかし、私はまだこの程度の症状で済んでいるからマシな方だ。
冬に関して言えば、もう既に倒れてしまっているのだから。
「冬! 冬の事は絶対に守るから!」
フラフラとした千鳥足で倒れている冬へと駆け寄り、四方八方から襲い掛かってくる攻撃をひたすら防ぎ続ける。
どれだけ体に痛みが走ろうとも、絶対に守るという固い意思だけを胸に、一心不乱になって。
……でも、そんな事は長い間出来るわけがなかった。
既に体を毒に侵され、傷だらけの私がずっと耐えきれるなんてことはなく、次第に体は勝手に倒れようとしているのだ。
「はぁ、はぁ。ダメ、ここで倒れたら二人とも殺されちゃう……!」
なんとか視界を安定させようと、頬を叩き、目を一瞬だけ閉じてから開いたその瞬間だった。
私の事を無視した冬を殺す一撃、巨大な爪が振り下ろされたのだ。
「やめてぇぇぇ!」
一瞬の判断だった。
もう一度死んだら私が終わるということも理解している中で、それでも私の体は冬を守ろうと動いたのだ。
それが無意味な行動だとしても、少しでも致命傷を避けるための盾となる為に。
「――雫! 助けに来たよ! もう大丈夫だから!」
運命を受け入れ、死すらも覚悟していたが、その巨大な爪が私たちに振り下ろされることはなく、代わりに甲高い音が辺りに響き渡った。
そして、それと同時に焔ちゃんの声が聞こえた時、プツリと糸が切れた様に私の視界もブラックアウトした。




