52話 『幻惑……?』
「この! 逃げ続けるのも大概にしなさい!」
「雫さん! 一人で行っちゃダメ!」
霧の中微かにしか見えないモンスターへと照準を合わせるのは難しく、ようやく見えた影を追って私は冬の制止を振り切って飛び出した。
勿論、これが悪い行動だと分かっているし、冬を一瞬でも一人にするのは危険なのも分かっている。
しかし、それでも一刻も早く倒して焔ちゃんたちの元に戻らなきゃいけないのも事実。
それに、何があっても私なら何とかなるはずだし、冬が襲われても声さえ聞こえれば助けられるぁら問題ない筈だ。
……いや、問題はない筈だった。
「はぁあああ! これで終わりだぁああ!」
無事にモンスターを倒し、すぐに踵を返して冬の元へと走り出す。
とは言え、方向なんて分かるはずもなく、影も姿も見えない。
視界にはただただ真っ白な景色が広がるだけだ。
「きゃっ! だ、誰ですか!? まさかこの霧の中にモンスターがまだいるの!?」
当然聞こえた冬の焦りと恐怖が混じったような声を聞いた時、私の体からはどっと冷汗が流れ始めた。
自分のしてきた行動、そして慢心していた事。どうして普段ならしないような事をしてしまったり、猪突猛進に攻めてしまったのかは分からない。
不思議とそれが正しいような気がしたからなのかもしれないが、現状を鑑みればここに来るまでに今まで取ってきた行動の全てが間違っている事に気付いたのだ。
「私、私の所為で……冬が……」
冬が殺されてしまうかもしれない。そんな一瞬思い浮かんだ情景に私の体は震え始め、固まってしまった。
頭の中を巡るのは焔ちゃんと冬による制止の言葉。
過去を振り返ったって現状は変わらないのに、あの時こうしておけば良かっただなんて思ってしまう。
「ダメだ、こんな事考えたって何も変わらない。私の所為で危険な目に合ってるなら私が助けないでどうするんだ!」
現実逃避する自分を止める為に頬を叩き、今為すべきことを声に出して体を動かすことにした。
冬を助ける為に今は全力を注ぐ為に。
「冬ー! どこに居るの!? 無事なら返事して!」
冬が襲われているのは間違いない。
それはあの悲鳴を聞いたからに他ならないが、そうは言ってもあれ以降声の一つも聞こえないのはあまりにも不自然に思えてしまった。
冷静になって頭が冴えたからなのかもしれないが、どこか違和感を感じてしまうのだ。
けれど、普通に考えれば……。
「……襲われた時に殺された……があり得るよね」
戦闘音も聞こえないし、声も聞こえない。
そうなれば既に死んでいるのが一番あり得る事だ。
とは言え、悲鳴も出させずに殺すなんて芸当をモンスターが出来るものなのだろうか。
プレイヤーならいざ知らず、道中戦ってきたモンスターじゃ不可能なのは間違いないが。
「雫さん! はぁはぁ、やっと追いつきました。もう、1人でどんどん行っちゃうなんて酷いですよ!」
「えっ……ふ、冬? 何を言って……」
確かに私は冬が襲われている声を聞いた。間違いなく冬本人の声色だったし、間違えようがない。
でも、今こうして出会えた冬はどうだろうか。
息は切らしているが、傷一つ見当たらないし、焦っている様子もない。
本当にただただ私を追いかけてきたように見えるのだ。
だからこそ、急に現れた冬が本物なのか、私は何を信じれば良いのか分からなくなってしまい、混乱してしまっている。
「雫さん? どうしたんですか? 私はもう怒ってませんよ。確かに置いてかれたのはちょっとムッとしちゃいましたけど、なんだか様子がおかしく見えましたし、そんなに取り乱してるってことはここでも何かあったんですよね?」
「あ、え、えっと、その、ごめんなさい。ごめん、ごめんね。私どうかしてたみたいで、今はおかしい行動を取ってたのが分かるんだけど、その……」
「良いですよ、ゆっくりで大丈夫です。幸いにも霧が濃いだけでモンスターは居ないみたいですから」
混乱している私はとりあえず謝ろうと考え、声に出してみたが、思った以上に動揺しているのかたどたどしくしか話すことが出来なかった。
しかし、それでも冬が優しく微笑みながら聞いてくれたお陰もあって、数分経つ頃には落ち着いて話すことが出来るようになった。
そうして、さっきまで起きていた出来事を話した後、私は冬と共に以降の対策を考え始めた。
 




