50話 『こんな世界だからこそ』
疲れ切った焔ちゃんが私に抱き着いてきてから、そのまま少しだけ話をし、私が何気なく紅葉とはどうだったのかを聞こうとした直後、焔ちゃんはハッと驚いたようにして私から離れてしまった。
「ど、どうしたの? 急に立ち上がったりして、何かあった?」
「う、ううん。別に何でもないよ! ちょっと体勢に疲れちゃってさ!」
「そ、そっかぁ……何か嫌な事でもあったの?」
私から離れた焔ちゃんがジッと私を見つめながら何かを考えているからか、私の声は聞こえていないようで返事が戻ってくることはなかった。
そうしてそのままほんの少しの時間二人で見つめ合っているだけで時間は過ぎていき、段々と寂しさが募っていく中でようやく焔ちゃんは私の近くに戻ってきた。
「あ、あのさ、雫たちはこの一週間は特に問題なかったの?」
まるで意を決したかのように聞いてくる焔ちゃん。
今までにないくらい緊張しているっていうか、どこか不安そうな表情をしているようにも見えるし、やっぱりこの一週間で紅葉と何かあったのだろう。
まぁでも、それがどんな出来事かどうかは後で聞けば良いとして、今はとにかく焔ちゃんに返答をするのが先だ。
「うん、最初はちょっと揉めたりっていうか、上手く戦えなかったけど、それ以外は普通に楽しく過ごせたかな。ボスだって倒せたしね。それで、焔ちゃんはどうだったの?」
「うっ! わ、私もほら! 仲良くはなったよ! ……戦闘は壊滅的だけど」
目を逸らし、ボソッと呟いた焔ちゃんの言葉を見逃さず、私は追撃するように何があったのかを訊ねることにした。
その結果、あまり話したくなさそうな焔ちゃんも観念したのか話し始め、紅葉に師匠と呼ばれた事や、殆ど連携なんて出来なかった事、そして私にとって自分が必要無い存在になっていくんじゃないかと考えてしまったという事を教えてくれた。
ただ、焔ちゃんからこういう事を聞くのは殆ど無い事もあって、聞いた当初は驚いてしまったが、本当に不安そうな顔をしている焔ちゃんを見て茶化すという選択肢は私からなくなった。
こういう時はちゃんと安心させられるように本心から答えるべきなのだから。
「そうなんだね。でも、焔ちゃんが不安がる必要はないよ。私にとっていつまでも焔ちゃんは大切な親友だし、なによりかけがえのない存在だからね……。えへへ、ちょっとこういう事を言うのは照れ臭いなぁ……」
「うぅ、雫~! 私も雫が大好きだよ! ずっと一緒だからね!」
うるうるとした目をしている焔ちゃんの言葉が一瞬プロポーズのようにも思えて、ドキッとしてしまったが、多分私と焔ちゃんでは認識の違いがあるだろうし、友達としてずっと一緒という意味なのだろう。
正直、それ以上の関係を求めてはいるが、無理強いするものでもないし、万が一にも軽蔑されたらと思うと踏み出すことは出来ない。
だから、今はまだこのぬるま湯のような関係で良いのだ。
――それが例え沼のようにズブズブと沈んでいく関係だとしても。
「ふふっ、こんなに泣くなんて意外と焔ちゃんって寂しがり屋なんだね」
「うー、仕方ないじゃん! 寂しかったんだもん!」
「そっかそっか、そういう所も凄く可愛いよ」
「っ! そういう事は言わないで! 恥ずかしくなるから!」
暗い雰囲気になるよりも明るい方が良い。そう思った私は泣き止ませようと茶化し、結果それは上手くいった。
「師匠~! ウチお腹空いたっす!」
「ちょ、師匠って呼ばない約束でしょ!?」
「あはは! 良いじゃん、カッコいいよ!」
「雫! 絶対そんな事思ってないでしょ!」
唐突な紅葉の乱入により、一気に場は明るくなり、いつの間にか焔ちゃんの中で渦巻いていた暗い気持ちはなくなったのか、紅葉に怒りつつも笑っている。
桜も冬も、私だって紅葉を追い回している焔ちゃんを見て笑っているし、こんな関係はこの世界じゃなきゃ作れなかったものだ。
だからまぁ――。
「……こんな世界だけど来て良かったな」
「ん? 雫さん、何か言いました?」
「ううん。私もお腹空いたな~って! 桜達もでしょ?」
「はい! もうペコペコです!」
「冬も早くご飯食べたい。だから、ちょっと紅葉姉のこと止めてくるね」
未だ逃げ回っている紅葉の事を、焔ちゃんと一緒にはさみ討ちするように冬が止め、ようやく私たちはご飯を食べに向かう事が出来た。
夜も更け、街の光が辺りを照らす中、すっかり仲良くなった私たちは明日の事を話しながら歩き出す。
まるで友達と遊びに行く約束をするかのように。
 




